第74話 それぞれのプレゼント

 翌朝。


 「六花さん、本当にごめん、まだ痛む?」

 栞と六花が階段を降りて来た。


 「花岡さん、もう大丈夫です。ちゃんと石神先生が関節を戻してくれましたから」

 「ほんとうにゴメン!」


 昨夜、酔った栞がふざけて六花に関節技をしかけた。

 飲み足りなくて、栞は風呂上りに、こそっと、しこたま飲んだらしい。

 六花には恐らくスキンシップのつもりだったろうし、自分の実家のことを話したあとなので、安心して自分を出してもいいと酔った頭で思ったのだろう。

 加減はもちろん考えてはいたのだろうが、思わず肩を脱臼させてしまった。


 俺は最初はふざけて少々痛いだけのものだろうと思っていたが、「ボグゥッ」という音を聞いたので部屋に駆け込んだ。

 六花は床に倒れ、右肩を押さえていた。起き上がらせるとダランと垂れている。


 「……」


 俺は上腕を持ち、角度を固定して押し込んだ。ガクッという感覚があり、無事に肩は嵌った。

 酔いが醒めた栞は六花に必死で謝り、六花は全然大丈夫ですからと言った。

 まあ、しばらく痛みはあるだろうけど。

 俺は栞の頭に強めの拳骨を入れ、もう寝ろと言った。




 六花は、俺や亜紀ちゃん、栞が朝食の準備を始めたタイミングで、俺に断り響子を見に行った。

 準備ができて、俺は響子と六花を呼びに行く。

 部屋に入ると、二人はベッドにうつぶせになっていた。


 「響子、何やってるの?」

 「タカトラの匂いを吸ってるの」

 「おお!」

 「六花もやる?」

 「是非、お願いします!」


 そんな会話の後だったらしい。

 六花の超感覚コミュニケーションなのかどうだったのかは判断がつかない。

 朝食を食べに来いと伝え、部屋を出た。


 響子は意外とよく食べた。

 和食だったが、もの珍しさも手伝って、あちこちに箸を伸ばす。

 双子が納豆をかきまぜているのを不思議そうに見て、ちょっともらう。


 「クサイ」

 ダメだった。


 うちの納豆は有機農法の本格的なものだ。

 本物の納豆は臭いもあまりないのだが、外国人には独特の臭いは慣れないと無理だろう。

 子どもたちは好き好きに刻みネギやウズラの卵、七味などを自分なりにブレンドして食べている。

 栞や六花も子どもたちにならって、納豆を楽しむ。


 「これ、ほんとうに美味しい!」

 「大和魂のある農家ですね」


 ちなみに入院患者は基本的に同じ入院食になるが、中には特別メニューもある。

 例えば結核病棟の患者は豪華なものを食べている。

 リクエストに応じる場合もある。

 国費負担なので、結構いい。


 響子に関して言えば、本格的に特殊だ。

 洋食中心なのは当然で、近くのホテル・オークラの食事が主に運ばれている。

 もちろん、うちの専属栄養士がメニューを管理し、決めている。


 朝食を片付け、みんながそれぞれに好みのお茶を飲む。

 



 一段落したところで、俺はプレゼントを持ってきた。


 「じゃあ、プレゼントを配るからな」

 「ハァウッ!」

 「どうした六花」

 「も、申し訳ありません! 自分、クリスマスだっていうのに、プレゼントを用意していませんでした!」


 「え、ああ。今日は俺からみんなへってだけだよ。お前も受け取るだけだからな」

 「そうなんですか?」

 「事前にそう言っただろう、あ、響子、伝えてないのか?」

 「忘れちゃった!」


 カワイイ顔で笑うので許す。


 「ああ、悪かったな、六花。じゃあ順番に」


 俺はまず響子から渡す。

 「このヘッドフォンは本当に音がいいんだよ。俺も同じのを持ってるから、お揃いだな」

 「うれしい」


 次に栞だ。

 「これ、ずい分高かったんじゃないの?」

 「花岡さんは淡い青の服が好きなようだから、それに合わせました」

 「うれしい」


 亜紀ちゃんたちにせがまれて、サングラスをかける。

 似合う、似合うと言われ、照れていた。


 子どもたちにそれぞれプレゼントを渡す。


 亜紀ちゃんは

 「あったかい」

 と喜び、皇紀は

 「ホェー」

 とヘンな声を出した。


 双子は大喜びでどんな色があるのかを探している。

 俺はキッチンの小皿に水を入れ、一緒にプレゼントしたスケッチブックを拡げた。

 端に色鉛筆でちょっと色を塗り、水に濡らした筆でそれを撫でる。

 色が広がり、美しいグラデーションを描いた。


 「キャー!」「スゴイスゴイ!」

 「水彩ペンシルといってな。水彩画にもなるんだよ」

 双子は大興奮になった。


 最後に六花だ。

 俺はでかいジュラルミンの箱を六花の前のテーブルの上に置いた。

 プロのメイクが使う、本格的な化粧道具だった。

 緑子に頼んで、何がいいのかを選んでもらった。


 「お前は今後、メイクの勉強をしろ。折角の超絶美人なんだからなぁ」

 「いえ、自分、こんなもの使いこなせないですよ!」

 「お前、俺のためになんでもするんだろ?」

 「う、はい! 命にかえても!」

 みんなが笑って見ている。


 「ほんとうにねぇ。六花さんてすごい美人なのに、化粧をほとんどしないからもったいないと思ってた」

 栞が言った。 

 子どもたちがやってみせてと言うが

 「まあ、これから六花は勉強するからな。また今度な」


 響子、亜紀ちゃんと栞は双子と一緒に色鉛筆で遊んでいる。

 皇紀は神棚に上げてくる、と言って部屋へ行く。

 彼は何か独自の宗教を作り、俺の写真や何かを自分で決めた棚へ置いていた。



 俺は腕組みをしてメイク道具を見ていた六花に声をかける。


 「今はネットの動画もいろいろあるし、デパートに行けば化粧部員が実際に教えてくれる。また今度知り合いのメイキャップ・アーティストも紹介するからな」

 「いろいろとすいません」


 「それとな、一番底に、メスが一本ある」

 「は?」

 「響子を執刀した時に使った一本だ。お前にやるよ。他の奴には言うなよな」


 「!」


 「響子の命を繋いだものの、一本だ。お前も繋ぐ一人だからな。持っていろ」

 「……」


 六花は黒いケースに収められたメスを見つけた。

 六花の目から涙が毀れた。


 「あ、六花が泣いてる」

 響子がこちらに気付き、ゆっくりと歩き出した。


 六花はケースの蓋を閉じ、底へ仕舞う。


 「六花、どうしたの?」

 「いえ、すいません。自分なんかにこんな物をいただいてしまって」

 「そうなの、良かったね」

 「はい」


 響子は、小さな手で六花の背中をさすっている。







 「石神先生、自分の身も心も、石神先生と響子のために遣い潰します!」


 いや、それ重いよ。

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