俺のセンパイは性的に二刀流らしい

はんぺん千代丸

本文

 俺ことタカシとミミコセンパイは、よくファミレスでダベる仲だ。

 二人とも大学生で、距離感は近しいが別に付き合ってはおらず、ただのダチだ。

 そんなセンパイがある日、いつものファミレスで俺に言った。


「タカちゃん、じつはあたし、性的に二刀流なの」

「げぽっ」


 飲みかけてたココアでむせた。


「きゃあっ、何、いきなり! きっちゃな~い……」


 そう言いつつも、センパイは咳き込む俺に紙ナプキンを渡してくれる。


「何々、風邪? それともオミのクのロン? そんな、裏ドラまで!?」


 この人は何を言っているのだろう。

 そして何で自分の発言に驚き、あまつさえ麻雀の点数計算を始めてるんだろう。


「……いや、あの。いきなりって、こっちのセリフでしょ」

「え、何で~?」


 自覚ないのか、本気で自覚ないのか、このセンパイ。

 口調こそ軽いが、小柄で清潔感あって童顔で、小動物的な可愛さに溢れている。


 だがそのクセにおっぱいは標準域を大幅に超過している。

 そんなミミコセンパイが、に、二刀流。――性的に、二刀流? 性的に!?


 何てこった、これは詳しく話を聞かなければならないだろう。

 別に俺にそっちに関する興味はないが、しかしセンパイは話したがっている様子。


 ならば俺は、ダチとして聞かねばなるまい。

 目の前の可愛いセンパイの性的な事情を、余すところなく。全力でッ!


「でね~」

「センパイ、ちょっと待ってください」


 話を続けようとするセンパイを、俺は一度手で制した。

 詳しい事情は聞かねばならないが、ただ聞くのではセンパイに対して失礼。


 そう思った俺は、ファミレスのシートの上に正座し、背筋を伸ばした。

 さらに幾度か深呼吸。目を閉じてこれまでの人生を振り返り、精神統一を図る。


「――――我が心、水面となれりッ」


 クワッ、と目を見開き、俺は真っ向からミミコセンパイと相対する。


「ミミコセンパイ、準備は整いにて候。いざ尋常に、トーク!」

「え~、タカちゃんって早漏だったんだ!?」

「違ェ!!?」


 整った精神は一瞬にして乱れてしまった。


「で、話の続き、いいかな~?」

「あ、はい」


 俺は大人しくうなずくしかなかった。


「だからね~、あたし、性的に二刀流なワケよ~」


 改めて聞くと、常軌を逸した破壊力があるな。

 小動物めいたマスコット系女子から聞く『性的に二刀流』というワード。

 もはや存在自体が、対戦車消滅大口径荷電粒子砲ですらある。


「それは、その、つまり男も、女も……?」


 俺は、薄皮一枚を隔てた向こうにある真実に到達すべく、慎重に踏み込んでみた。


「あ、そっちじゃないよ~」


 だがセンパイは、そう言ってケラケラ笑って軽く否定した。


「そっちじゃ、ない……!?」


 え、どういうことだ。

 性的に二刀流とは、つまりそういうことじゃないのか。男も女も、じゃないのか。


 俺はワケがわからなかった。

 性的に二刀流という言葉の意味が、俺の中で一気に神秘性を増す。


 いうなればそれはニーチェが現れる以前の、未だ人が神の走狗であった頃の如く。

 触れてはならない神聖不可侵。

 知ってはならないパンドラの箱の中の禁忌ッ! だが、だからこそ憧れる!


 誰か、このオカルトを暴いてくれ。

 目の前に聳え立つ『性的に二刀流』という言葉が示す意味を、教えてくれ。


 お願いだ、誰か。

 俺の代わりに神を殺してくれ!


 ――――はッ!?


 そのとき、俺に電撃奔るッ!

 まさに閃き。これぞ天啓。

 逆説、神の存在証明にもなりかねない、圧倒的な知の開闢。


 俺は、思い至ってしまったのだ、その可能性に。

 性的に二刀流という言葉が示している、あまりにも恐るべき、もう一つの意味に。


 思い至ってしまったが、だが、まさか本当に?

 そんな疑念が、次の瞬間には俺の中に激しく、そして強く渦巻いていた。


 俺の向かい側に座る、完全無欠愛され系女子のミミコセンパイが?

 まさかそんな。まさかそんな! まさかっ、そんなっ!? センパイがッッ!!?


「あの~、センパイ?」

「何かな~?」


「本当に、性的に二刀流なんですか?」

「だよ~。センパイは、性的に二刀流なんだゼ!」


 と、何故かそこでVサインではなく、ネコパンチしてくるセンパイ。

 何だ、あざとさの演出か。だとしたらすべってるぞ。でも一周回って可愛い。


 しかし、これで俺の中でほぼ確定してしまった。

 やはりセンパイは『そう』なのだ。俺が考えている通りの『性的に二刀流』。


 つまり――、前と後ッッ!!!!


 二刀流という言葉が男と女を指すのでないなら、考えられる可能性はそれだけだ。

 すなわち、前の穴と後の穴。その二つ。その、二つしか、考えられない。


 何ということだ。

 結構長い間、ダチとしてダベり続けてきた、ミミコセンパイが。

 実は、前も後もイケるだなんて、そんな、そんなコト……!


 ……しばらく、夜のオカズに困らずに済みそうだぜ。


「ちなみに前と後とかでもないからね~」

「え、違うの」


 こっちの結論を容易く覆したセンパイの一言に、俺は固まった。

 センパイの物言いは冗談っぽいものだったが、俺の反応に顔つきが一気に変わる。


「……タカちゃん?」


 眉間にいっぱいにしわを寄せ、そのまなざしはこっちを突き刺してくるよう。

 そのクセ、頬はほんのり染まって、胸を両腕で覆って体をねじって背を向ける。

 顏はこっちを向いたままで、センパイ体やらけーなと思っていたら――、


「えっち」


 頬を赤くしたまま告げられる、その一声。

 ガツーン、と、ハンマーで横ッ面を殴りつけられたかののような衝撃だったね。


「えっち、ばか、へんたい。やらしー、エロオヤジ、えっち、もー、ばかッ!」

「うごごごごごごご……」


 続くボキャブラリーを極端に欠いたその罵倒に、俺はテーブルに突っ伏した。

 それはもちろん、ダメージを受けているのではない。

 センパイから俺に贈られるご褒美に対する、心底からの感謝を示す平身低頭だ。


 ありがとうございます!

 ありがとうございます!


 これで、向こう一か月はオカズに困らずに夜の食卓(意味浅)を過ごせそうです。


「だが異議ありだァ!」


 俺は、弾けたような勢いで顔を上げた。

 センパイからのご褒美はありがたい。が、それと俺の尊厳の死守は別問題だ。


「ミミコセンパイよぉ~、俺を変態扱いするのはいいが、元々性的なんてデンジャラスなワードを出したのは、俺じゃなくてあんたのはずだぜェ~? 違うかい?」


 背景に『ゴゴゴゴゴゴゴゴドドドドドドドド』を背負いつつ、俺は言った。

 その指摘に、センパイは「うぎゅ」と変な鳴き声を出して口をつぐむ。


「……仕方ないなぁ。こうなったら『性的に二刀流』の意味を教えてあげるよ」

「最初からそうしろよ、って話ですけどね?」


「こういうのは、勿体ぶって勿体つけて、引いて引いて自壊に続くものでしょ!」

「壊れてんじゃねぇよ」


 自分からすすんで永遠の謎になろうとすんなッ!


「やれやれ注文が多いなぁ、タカちゃんわぁ~」


 そう言ってミミコセンパイはふぅと肩をすくめる。

 おかしい。これは俺が悪いんか? 今って、俺が諭されるべき場面だったんか?


「あたしが言ってる性的な二刀流って、つまりはアレよ。光と闇のこと」

「…………はぁ」


 何言ってんだ、こいつ。と、思ってしまった俺は、生返事をする。


 光と闇?

 性的な光と闇?


 ……何言ってんだ、こいつ。


「ほら、自分で言うのもアレだけど、あたしって純愛モノ大好きでしょ?」

「そっすね」


 サークル行くといつだって純愛モノかラブコメ読んでる程度にゃ、大好物らしい。


「でもね、実はあたし……」


 と、そこでセンパイ、また頬を軽く赤くしつつ、だが表情は半分ドヤって感じで、


「SMモノとかも、いけなくも、ないんだよね」

「…………はぁ」


 俺はまたしても、生ぬるい返事をしてしまった。

 え、それってそんなドヤ顔で、しかも溜めを作って告白するようなことなの?


「フフフ、驚きのあまり言葉を失ったようだね、タカちゃん」


 動きを止めた俺の前で、ミミコセンパイは十五割のドヤ顔で腕を組んだ。

 だが違うぞ、センパイ。俺の硬直は驚きによる愕然ではない。白けによる呆然だ。


「このミミコさんはね、ただの夢見る乙女じゃないのさ。何と、光の性癖と闇の性癖を極めた、性的に二刀流。い~や、性的に巌流島、性的に宮本武蔵なんだね!」


 だがそうとは知らず、ノリノリで語り続けるミミコセンパイ。

 そこで、俺はちょっと尋ねてみることにした。


「あの~、センパイ」

「フフ~ン、この性的に天下無双なミミコさんに、何か御用かな、タカちゃん」


「実際にやったりするんですか、SM」

「……え」


 センパイの顔が青ざめた。


「な、な、何を言ってるの、タカちゃん……。え、SMを、じ、じじ、実際にとか、そ、そんな怖い妄想、やめなよ……。あ、あ、あ、あれはマンガだけのもので……」


 声、ガッタガタに震わしてんじゃねぇよ! 性的に天下無双はどこ行った!?


「センパイ」


 そんなセンパイを真正面から見つめて、俺は真実を告げた。


「SMは、現実でもふつ~~~~に行われてます」

「――――ッ」


 ミミコセンパイの目が、カッ、と大きく見開かれた。

 何かもう『神は死んだ! 死んだったら死んだ!』という感じの顔になっている。


 そして、しばしの間を置いて、センパイはテーブルに両肘をつく。

 某特務機関の某マダオ指令を思わせる、いかにも意味深な顔つきを作って、


「――タカちゃん」

「何すか、センパイ」


 応じる俺に、ミミコセンパイは言った。


「人類って、爛れてるね」


 自称、性的に二刀流なセンパイのコメントは、どうあがいても性的に最弱だった。

 その後、センパイがヤケ食いしようとして食べきれずに頼んだ九割方を俺が食べ尽くす羽目になったのは、言うまでもないどころか特記事項だった。


 センパイさぁ……。

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