And to you(5)

 学校を後にした僕は真っすぐに家路を歩いていた。


 倦怠感は全身に滲んだまま。けれど先ほどより足取りは軽くなっている。


 学校に来て、笹崎と言葉を交わしても、彩音が置かれた状況は変わらない。彼女を救う何かを見出せたわけでもない。


 しかし、そうだ。昨日あの病室で、彩音は自身の悲運を肯定した。


 事故に遭っても、病気を患っても、理不尽な不幸に見舞われても、音楽と共にあった日々を生きることができて幸せだったと、彼女は言った。


 ならばせめて、と僕は心を決めた。


 その運命を受け入れる彼女に対して、しなければならないことがある。例え自己満足と言われようとも、伝えなければならないことがある。


 音楽は世界を変えることも、人の命を救うこともできない。だけど、いつだって心に寄り添って胸に光を灯してくれる。様々な感情を動かしてくれる。それはとても幸福なことだと、彼女の音楽は教えてくれた。


 だから同じように、彼女にも伝えなければならない。

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