And to you(6)

 一週間程度では景色に何の変化も無い。冬を待つ草木は色を薄くして風に揺れているし、病棟が放つ無機質な雰囲気もそのまま。頬を撫でる風がほんの少し冷たさを増しただけだ。


 当然、この病室の存在も、入口に掲げられた名札も変わっていない。その名前を見て少しの安堵が混じった胸の痛みを感じる。思わず肩に吊るした鞄の持ち手を強く握りしめた。


 ノックすると先日と同じように、か細い返事が聞こえた。扉を開けて病室へ入りベッドに近づく。


「あ、修志くん」


 僕の顔を認めた彼女は柔らかく相好を崩す。しかし、やはりそこに映る活気の色は薄い。ただ時間の流れに身を委ねることしかできず、日々の弾力というものが枯渇しているのだろう。そう思いながら僕は傍の椅子に座る。


 それからは、多くの言葉を交わした。脈絡も無く、他愛も無い会話だった。


 授業中に教師が語った世間話。病院食が美味しくないという彩音の愚痴。先日ラジオで流れていたインディーズバンドの新曲の話。病室で何気なく見ていたテレビ番組のVTRに少しだけソニアの曲が使われていたこと。購入を検討しているエフェクターについての相談。子供の時によく見ていた夢の話。文化祭の後からクラスメイトのとある男女が交際を始めたという話題を出すと、彩音は浮かれた空気で食いついてきて、やはり女子はこの手の話が好きだなと苦笑させられた。


 初めて彩音と話したあの日から文化祭までの思い出話にもなった。彼女の奔放さに呆れたこと。メンバー勧誘の苦悩。圭一のドラムプレイに驚愕したこと。悠人が最初に見せたつっけんどんな態度。みんなで音を交わす夏の毎日。レコーディングの日々。そして文化祭ライブの興奮と感動。


 また同じメンバーでライブしたいね。打ち上げとかもやりたいなあ。


 彩音は心の底からといった風にそんな望みを口にしていた。それが本当に叶うかどうかは分からないまま。


 気が付けば窓外の景色の色は変わり始めていた。空が一日の終わりを惜しむように赤く滲んでいる。しかし晩秋の空の動きは早く、目に見える早さで紺色が濃くなっていく。


 ちょうど話に区切りがついたタイミングで、ふと病室は沈黙に浸される。瞬きの音が聞こえそうな静寂の中、二人一緒に窓から差し込む夕日に目を向けて、互いにこの時間の終わりを感じながら呼吸をしていた。


「――そういえば」


 先に次の言葉を吐いたのは僕だった。


「持ってきたぞ、CDプレーヤー」


 あくまで今思い出したような口ぶりで鞄から取り出す。本当は病室に入ってからもずっと覚えてはいた。ただ、あまり早めに渡して「一緒に聴こう」と言われることを避けたかったのだ。さすがに同じ空間にいる時にそれを聴かれるのは、少し恥じらいを覚える。


「おお、ありがとう!」


 彩音は小さく声を華やがせて受け取る。所々表面の塗装が剥がれた年代物のCDプレーヤー。その中に入っているディスクは僕たちのアルバムだ。


「待ってたんだよー。スマホでネットが使えても、このCDだけは聴けないからねえ」


 大事なものを包むような柔らかい眼差しで彼女はその円盤を見つめ、嬉しそうに口元を緩める。


 その表情で僕の心は温かさに満たされる。彼女の喜びが、自分の喜びにも姿を変える。とても大切な輝きを放つ感情が胸に溢れていく。


 決してどんな未来が待っていようと、この想いだけは間違っていないと、そう思える。


 ○

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