And to you(3)

 目が覚めて枕元のデジタル時計を確認する。五時半という時刻を見た瞬間、胸の片隅に仄かな光が差し込んだ気がした。


 文化祭のあの日から昨日に至るまでの出来事は全て長い夢で、今そこから目覚めたのだと。今日これから僕は、僕たちバンドメンバーは文化祭のステージに立つのだと。ほんの僅かな間だけそう思えた。


 しかしその喜びは、曇天の夜に数瞬だけ顔を覗かせた月のように、瞬く間に消え去る。デジタル時計には、あの歓喜に満ちたライブから一週間以上が過ぎた日付が移されていた。これが現実だと、無機質な数字の羅列が僕に囁きかけてくるようだった。


 不快な重さを感じて閉じた瞼を指で軽く押さえると、鈍い頭痛がした。深い擦り傷を負った時の脈動するような疼痛が頭の中で絶え間なく走る。それは体の節々にも伝わり、起き上がることが億劫になる。睡眠不足だ。


 昨日、病院から帰った僕は夕食も取らずに自室に戻った。そしてベッドに横たわり、目を瞑った。思考を纏めようと、自身の納得できる感情を得ようとした。しかし、何も変わらなかった。彩音を救う何かを見つけ出すことも、彩音がこの世界から失われるかもしれない現実を受け入れることもできなかった。目を閉じている間の時間の進み方は、驚くほど遅く感じられた。そしてその一歩一歩は、僕に対する確かな悪意を持っているようにも思えた。


 前日も心が強張り満足に睡眠を取れていなかったので体中に疲労が蓄積していた筈だが、眠ることさえ簡単にできなかった。自分の望む答えの出ない懊悩の堂々巡りで脳裏が燻っていた。そんな状況でも人間の体は生きるための機能を働かせるようで、気付けば僕は眠りに落ちていた。しかし容赦なく迫りくる恐怖や絶望は僕の頭を叩き、三時間もしないうちに直ぐに目覚めた。


 僕はベッドから体を起こし部屋を出る。顔を洗いリビングに向かうが食欲は無い。ソファに深く腰をかけ、一度深呼吸をしてみる。息を吸うことに使われた筋肉が淡く痛むだけで、自室で横たわっている時と何も変わらなかった。日曜日で仕事が休みの両親はまだ寝ているようで、一人きりのリビングには掛け時計の針が進む音だけが響いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る