9章 そして音楽は続く
そして音楽は続く(1)
彼女の存在が消えて無くなっても時間の流れは変わらない。
一時間は六十分で過ぎるし、二十四時間で一日が終わる。朝になれば昇り夜になれば沈むという太陽の動きも、毎日踏切を通り過ぎる電車のスピードも、何一つ変わらない。簡単に毎日は流れていき、年が明けて一ヶ月が過ぎた。
想像以上に世界は人の死に対して無関心であると、そしてどれだけ僕が悲しんでも、願っても、彼女は帰ってこないという当たり前の現実を、僕は日に日に理解してきていた。
僕があのCDを渡した日から一週間後、彩音の容態は急変した。それを知らされた時には既に面会謝絶となっていて、ただ彼女の快復を信じて待つことしかできなかった。だが、その願いも叶うことはなかった。
一月に入って一週間が経ち、町に漂う年始の浮ついた空気が薄れてきた頃に、彩音は息を引き取った。三学期の始業式を終えた放課後、笹崎に呼び出されて、その事実を聞かされた。後の会話はあまり記憶がない。重要な機能が取り除かれたかのように頭から熱が奪われて、喉の奥が締め付けられ、手足の感覚が急速に失われていったことだけは覚えている。
絶望という言葉を本当の意味で突き付けられた気がした。もう、何の施しようがないのだと。どれだけ努力しても、焦っても、願っても、彼女の溌剌とした声や、温かなギターの音を聞くことはできないのだと。あの鈴を張ったような瞳も、屈託の無い微笑みも、二度と見ることはできないのだと、見えない何かから教えられた気がした。
あれから一ヶ月。僕は無気力で毎日を生きている。
何かを見たり聞いたりして感情が動かされることもない。何かに対して楽しさや怒りを覚えることもない。大きな喪失に耐えられず、ずっと心が眠っているようだった。学校を終えて真っ直ぐに帰宅した今も、ベッドに横たわり、無為に時間を貪っている。多くの出来事は時間が解決してくれるが、そうじゃないこともあるのだと気付いた。
窓外は、二度と春が来ないのではないかと思うような寒さに浸されている。間違いなく窓は閉まっている筈なのに、その冷たい空気が僕の体にまで届いてくるような感覚がする。ふとした瞬間に頭が痛む。胃から何かが押し出されるような不快感が走る。全ての思考に靄がかかる。
このままではいけないと思いながらも、何をすればいいのかが分からない。毎日を過ごす目的が、生きていく理由が無くなった。死ぬ理由も無いから、呼吸と拍動を続けているだけだ。
――ただ、もしも今
と、僕は胸の中で呟く。
この現状を変えられるものがあるとすれば、それはきっと、あの存在だけだろう、と。
そう思いながら、僕は自室の机に目をやった。そこには一つ、白色の封筒が置かれている。
それは、彩音の通夜が行われた場で、彼女の母親から渡されたものだった。
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