And to you(8)

 弾むようなドラムのリズムに、豊かな深みを帯びたベースの低音が重なり、その上で晴れやかなギターのリフが舞い踊る。


 それはとてもシンプルな音符の羅列で、垢抜けていない雰囲気を感じさせながらも、どこか温かみのある情調を纏ったメロディ。私が作った曲ではない。ソニアや他のバンドの曲でもない。


 けれど、私はこの旋律を知っていた。この愛おしい輝きを放つ音を知っていた。


 これは、あの奏原公園での夜に、修志くんが即興で奏でたフレーズ。


 あの時に弾いてくれた優しげな音色が綺麗なリフとなって、彩り豊かに旋律を形作っていた。


 そして、呆気に取られたままメロディに聴き入っていると、イントロが過ぎてボーカルが始まった。


『始まりのAのコードを鳴らす あとはただ君の返事を待つ


 息が止まるその日まで 鳴らし続ける自信はある


 ありきたりな世界の縁 奇跡のように出会う僕らも


 いつか終わってしまうだろう だから今だけはこの音を』


 麗らかなその音に乗せられるのは、大切な心の内を綴る手紙のような言葉。飾り気のない、誠実な想いが込められている。


『世界を救いたいわけじゃない 歴史を変えたいわけじゃない


 たった六本の弦を奏でて 胸の光を伝えるだけ


 例えば君が夢を見る時 僕はただ隣にいたい


 一番近くで歌を歌わせて 僕が願うのはそんなこと』


 修志くんはこの曲が誰に宛てたものかとは、一言も口にしていない。


 けれど、これが私へ送られている曲であることは瞬時に理解できた。まるで手のひらの上で綿雪が溶けていくように、体の内へ浸透してくる。胸の奥底まで辿り着いたその音色は、感情の束となって私の心に寄り添ってくれる。


『複雑に組み上げるメロディ 遠回しに伝える言葉


 そんな物持ち合わせてないけど 呆れるほど飽きもせず歌うよ』


 とても強く、それでいて優しく、修志くんの歌声が響く。


『終わらない不安の中に 笑う君が立っていたよ


 果てない暗闇の中にも その声が届いてたんだよ


 例えば僕が夢を見る時 君に傍にいて欲しい


 一番近くで微笑んでいて 僕が願うのはそんなこと』


『始まりのAのコードを鳴らす あとはただ君の返事を待つ


 息が止まるその日まで 鳴らし続ける自信はある』


 瞳に温かな雫が浮かんだ。それはゆっくりと頬を伝って、こぼれ落ちる。白色のシーツに私の感情が滲んでいく。押し寄せてくる心の波を落ち着かせようと目尻を拭うが、涙は止まらない。溢れて、行き場も無くて、肌を濡らす。


 その曲から修志くんの想いが全て伝わってきた。明確な台詞は無くとも、その音と言葉だけで伝わってきた。その旋律だけで、十分だった。


 本当に嬉しいと、私は心の底から思った。修志くんが放つ歌と同じ想いが、自分の胸にも秘められていたからだ。いつか私も伝えようとしていたが、先を越されてしまった。


「こんなの……ズルいよ」


 無意識のうちに漏れ出た私の声は、潤い、震えていて、そして温かな幸福に満たされていた。

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