special thanks(11)

 翌日には彩音は病み上がりとは思えないほど快活に登校してきた。実際のところ病み上がりではないのだが、それを抜きにしても彼女の言動の節々には活気が満ち溢れていた。


 放課後、いつも通りスタジオに集まり、彩音は早速圭一と悠人にも昨夜完成した最終曲のフレーズを弾いてみせた。二人もまた僕と同じく、息を飲むようにその旋律に耳を傾けていた。隣に立つ僕も、耳にするのは二回目だというのに思わず聴き入ってしまった。時が経てば経つほど大切な過去が美しい形に磨かれていくように、その音色の輝きは聴けば聴くほど眩さを増していくような気がした。


 演奏が終わると、圭一と悠人は何も言葉を選ぶ素振りを見せずに肯く。そして悠人が一つ言葉を吐いた。


「良いフレーズだな」


 その瞬間、悠人以外の三人は同時に目を丸くした。彼がそれを素直に言葉にすることはとても珍しい、というよりも初めてだったような気がする。


 悠人は自分が良いと思った事は無言で肯定し、その逆となれば明け透けに口を開いて否定する。しかし、その否定や批判は真っ当な理由に依拠しているし、何より悠人は、強固な説得力を生むだけの技術を持っている。そんな人間が声にした賛辞。それは、この曲の価値を示すのに十分過ぎる一言だった。


 賞賛を受けた彩音はだらしなく相好を崩す。悠人は気恥ずかしくなったのか、決まりが悪そうな面持ちでベースのセッティングを始めた。その様子を涼やかな微笑みで眺めていた圭一がふと口を開く。


「そういえば、曲名は決まってるのかい?」


 すると彩音は「うん」と、声高に即答した。


「『special thanks』だよ!」

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