誓いのロック(2)
ロビーの窓から見える空が赤みを帯び始めた頃、練習は終了した。
「それじゃあ、また明日」
出入口の扉を開けた石川の挨拶に対し、ロビーのソファに腰をかける圭一が手を上げて応える。その向かい側には悠人も座っていた。リズム隊である二人だけで演奏について少し話をして帰るらしい。
スタジオの外へ出ると、町には未だ淡い熱気が漂っていた。立っているだけで汗が滲む昼間の気温に比べれば随分マシだが、冷房が効いたスタジオで一日を過ごした体にとっては十分な酷暑だ。
僕たちは玖賀野駅に向かって歩き始めた。普段はどちらからともなく会話が始まるが、今日はいつもより長く口を閉ざしたまま歩を進めていた。遠くで鳴くヒグラシの音や傍を通る車のエンジン音が強く耳に伝ってくる。
「篠宮くん、なんか体の調子良くなかったりする?」
歩きながら石川が表情を窺ってくるのが視界の端に映った。僕はそれに視線を返すことなく答える。
「別に……特に問題無いけど」
「……そっか」と、彼女は顔を正面に戻す。
「最近元気が無いような気がしたからさ。夏バテとか夏風邪とかで、体調を崩してたらいけないなと思ってね。無理は禁物だよ」
夏バテや夏風邪の方がよっぽど良い。
僕は心の中で弱く呟いた。体中を蝕むこの懊悩は対処方法が見つからない分、そんなものよりも厄介だ。
「分かってる。大丈夫だよ」
僕は平然を装うように努める。
「それなら良いんだけど」と、彼女はポツリと言った後で「そういえば」と、いつも通りの調子で話を始めた。昨晩見たテレビ番組のことや、先日ラジオで知った若手インディーズバンドについてなど、そんな他愛もない話を。
しかし彼女の口から流れ出るそれらを、僕はただの音としてしか耳にすることができず、言葉の内容は一切捉えることができなかった。頭に憂鬱な霞がかかり、思考が纏まらなかったからだ。
意思の薄い生返事を繰り返しながら足を動かしていく。間も無く駅に到着して、僕たちは別れた。
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