First ensemble(3)

 翌日から早速、猛練習の日々が始まった。


 各々個人練習を進め、音を合わせることができるレベルに至ったと全員が判断すればバンド練習を行う。取り急ぎ、期日などは決めていない。完成度は高ければ高いほど良い。実際にCDを作成するためのレコーディング作業は、全ての曲を完璧に演奏できるようになってから。シンプルながらそれが当面の活動予定だった。


 起床して、朝食を食べ、登校し、下校し、夕食を食べて、風呂に入り、就寝する。それ以外の全ての時間を僕は練習に費やした。ギターだけでなくボーカルの技術も磨かなければならないという焦りもあった。


 石川から受け取ったバンドスコアと睨み合いながら、左右の手先から伝わる感覚と格闘する毎日。弦を押さえる左手の指は時折つりそうになるし、無駄な力が入っているせいか鋭い痛みと共にいくつも肉刺ができる。ピックを持ちストロークを繰り返す右手には日に日に疲労が蓄積していく。ミスが続く時にはストレスも溜まった。


 しかし同時に、体の内で充実感というものが膨らんでいく感覚もあった。平々凡々な日々を無為に過ごしていた僕にとって、やらなければならない事、やりたい事で満たされている日々はとても新鮮で心地良かったのだ。


 言うなれば、今までの僕は凪いだ海の上で動かす術のないボートに乗っていた状態だった。目的地も無く時々押し寄せる小波に流される日常を過ごしていた。そこにオールが与えられたのだ。エンジンのような大層なものではない。しかし、たしかな目標ができて、そこを目指す力を手に入れた。それは演奏技術ではない。何かを成し遂げようとする意志だ。


 そして、何か一つの事柄に没頭する時間というのは非常に早く流れていく。


 瞬く間に一ヶ月が過ぎ去り、僕たちは初めてのバンド練習の日を迎えた。

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