A beautiful day(2)

 Sogna mortoは一九九八年に高校の同級生で結成されたロックバンドである。ジャンルを分類するならば、メロコアやオルタナティヴロックの色が強い。


 シンプルでメロディアスな旋律。情緒に満ち溢れながらも抽象的過ぎない歌詞。それらが織りなす楽曲は分かりやすく聴き手に届き心を掴む。自分たちの才能や感性を着飾らず、取り繕わず、ただひたすらに純度の高い『良い曲』を作り上げ、愚直に歌うバンドだ。


 カバーバンドとして活動していた頃から高い演奏技術を持ち、絶大な人気を誇っていたらしい。


 二〇〇〇年。彼らはインディーズレーベルからデビューシングル『朝、目が覚めて』をリリースする。デビュー前からの評判にも後押しされる形となり、インディーズバンドのデビューシングルとしては異例の五十万枚というセールスを記録した。


 メンバー全員が大学在学中だったということもあり、そこからは一年間に一枚という比較的長い間隔を空けて作品を発表することとなる。


 多くの期待を浴びながら発売した2ndシングル『Love song』。相変わらずの曲の完成度の高さ、そして大手飲料水メーカーのテレビCMのタイアップ曲として使用されたことで一躍話題となり、デビューシングルの売り上げを倍以上凌ぐミリオンセラーとなった。


 社会現象とも言える前作を越えられるか、という不安の声が絶たないまま発売された、両A面3rdシングル『星降る夜/wonderful life』。


 先の二作とは打って変わった落ち着いた印象の一曲目はソニアの新たな一面を見出し、二曲目はそれまでの彼ららしさを前面に押し出す曲調で仕上がった一作。二つの相反する旋律の上では、一層人の心の機微に寄り添った言葉が綴られる。当時のファンであった父曰く、三枚のシングルの中で最も衝撃を受けた一枚だったらしい。遥か高く作り上げられた期待の壁を難無く超え、前作に続いて百万枚のセールスを突破した。


 そしてそこから二年の時を経た、二〇〇四年、四月。メンバー全員が大学を卒業して一年が経過した後、彼らは満を持して1stアルバム『ordinary end』を発売した。全てのファンが待ち望んでいたそれは、期待通り、もとい期待以上の作品だった。


 日常に息づく数多の感情を鮮やかな音色と言葉に乗せて歌い上げる。全ての曲が、誰が聴いても『名曲』だと言わざるを得ないクオリティを誇っていた。このアルバムは人の生そのものだと、そんな大仰にも聞こえる評価を真剣に口にする音楽評論家もいたという。圧倒的なバンドアンサンブルにそれまでのファンは勿論、新たな聴衆にも強く支持され、売り上げは累計二百万枚を超える驚異的なヒットとなった。


 1stアルバムでありながら『ordinary end』という終わりを表すタイトルに、奇抜な発想だという声も多かった。しかし、そのタイトルは言葉遊びや深意を込めていたわけではなかった。世間がそれを知るのは年の暮れのこと。


 アルバム発売後の五月から全国を回るワンマンツアーが開催された。それまで地元近辺でしかライブを行っていなかった彼らにとって初の試みであり、全てのファンが待望していたものでもあった。


 ツアーは滞りなく進み十月に全行程を終えた。その後二ヶ月は何もない空白の時間が過ぎることとなる。


 その間、ファンの間では次の活動について様々な予想が言及された。新たな楽曲の発表や、年末に開催されるロックフェスへの参加。はたまた再びのワンマンライブや対バンの企画。日を追うことに多くの期待が膨れ上がっていった。


 しかし、十二月。公式ホームページや音楽雑誌で発表されたのは、そんな大衆の想望をにべもなく裏切るような結末だった。


 淡々と綴られた『解散』という文字。その結果に至る詳細は一切記載されていなかった。


 予想だにしていなかったファンは落胆し、失意の底に沈んだ。解散発表の直後から、所属レーベルにはその理由を問い質す電話が殺到し、活動継続を切望する手紙も多く寄せられたと聞く。全国紙の記事にも取り上げられたらしい。


 あまりにも唐突かつ不可解な解散のタイミングに、巷では様々な噂が広がった。本人たちの予想を遥かに超えるヒットによって精神的負担が重くのしかかり、うつ病を患ってしまったのではないか。メンバー間で音楽性の違いが生まれてしまったのではないか。初めから短期間で活動を終えると決めていたのではないか。


 根も葉も無い噂が無責任に湧き出ては消えていく。結局真相は明らかにならないまま十七年が過ぎ、今日に至る。


 そうして、残酷な時間の流れと新たな流行の往来によって、世界から少しずつSogna mortoの名は薄れていった。

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