第24話 トラウマ、なのかも
どうしてこうなったんだろう……。
「決闘ですわ! 私といざ尋常に勝負ですわ!」
宿屋『小さな栄光』から出ようとしたら急に女の人3人が寄って来て、その中の1人、長い金髪の女の子が唐突にそんなことを言い出した。
身長が同じくらいの彼女はたぶん同年代。ヒューマンかと思ったけど、長く尖った耳と綺麗すぎる顔はエルフの特徴そのもの。ただ面識はないし、決闘をしろと言われる心当たりもない。つまり私が彼女に返す言葉は1つしかない。
「誰?」
「ミレイユです!」
「あ、はい。どうもバニアです」
やっぱり知らない。どこかで会ったのかな。
「あはは、ごめんねバニアちゃん。私はマヤ、チーム『薔薇乙女』のリーダーをしているの。この2人は私の仲間」
「あ、あの、バンライです」
ミヤマさんみたいに猫耳と尻尾が生えていて、細い髭が頬から3対6本伸びている女の人がマヤさん。そして薄緑色の肌の女の子は……ドラゴニュートのバンライさん。
ドラゴニュート、か。……正直、今はあんまり好きになれない種族なんだよね。どうしてもゴマやその配下を思い出しちゃうから。
嫌い……じゃないんだけど、苦手、かな。
角とか鱗とか、尖ってるギザギザの口とかカッコいいけどね……。今の私の表情、ちょっとぎこちないかも。
「それで決闘、でしたっけ? 私、何かしちゃいましたか?」
「大丈夫大丈夫、バニアちゃんは何もしてないよー。ただウチのミレイユがねえ。バニアちゃんの人気に嫉妬してるみたいでさ」
ミレイユさんが「マヤさん!」と怒鳴る。
人気……あれかあ。ギルドメンバーみたいだし、人気って言われて思い当たる節はあれしかないよ。怖いくらいの人気ですよねー。
受付嬢さんに聞いたところ、新人が入る度にあんならしい。ギルドに入る人は最近少なくなってて、少しでも逃さないようにとか、貴重な人材だから褒めて伸ばそうとか、そういう暗黙の了解があるみたい。理由を聞けばああなるほどと思えた。
「とにかく! バニアさん、決闘のルールを説明します!」
「え、まだやるなんて言ってないよ」
「なんですって? まさか逃げるおつもり?」
いきないなんだもん。心の準備とか出来てないし、今日も依頼受けてお金を貯めようと思っていたんだけど。
ごめんなさい、断ります。そう言おうとしたらマヤさんがささっと顔を近付けて来た。
「この子は諦め悪いよ。断ったら毎日来るから」
ええ……。それじゃあどうしようもない。
「う、受けます」
「ふっ、さすがは我がライバル。逃げるつもりだと思ってしまった私が恥ずかしいですわ。勝負を挑んだ相手から逃げるなどあなたがするはずないですものね」
何この信頼。え、私達って今日会ったんだよね。
すご、昔からの親友レベルで評価高いよ。初対面の人にここまで言えるのは尊敬しちゃうかも。
「ではルールですが、今日のお時間は空いていますか? なければ明日でも明後日でも構いませんが」
「今日はちょっと。依頼を受けようかなって」
「それなら心配ありませんね。私との勝負は依頼関係ですもの。コブリン10体の討伐依頼を『薔薇乙女』とあなたの2組で受けるのです。どちらが多く倒せるかでいざ勝負ですわ!」
え、さらっとこれ私不利なんじゃ……。
私は言わずもがな1人で、ミレイユさんはチームで受けるんでしょ? 今ここにいるメンバーが全員だとしても3対1だよ? これで受けるの無謀すぎないかな。
「あー大丈夫大丈夫、私とここにいないテリーヌ、バンライは参加しないから。そうじゃないと不平等だし。依頼は受けるけどさ、私達が倒したのはノーカウントってことで」
「そうですわね。決闘は公平でなければいけません」
よかったあ、じゃあ1対1なんだ。
それでも4人、いや5人か。5人で倒しに行ったら10体なんてあっという間に倒せちゃうと思うけど。これルールの欠点だよね、言った方がいいのかなあ。とりあえず言わなくていいや。
勝負はシンプル。ミレイユさんより私が多くモンスターを倒せばいいってこと。自信は全然ないけど、逃げられないならやるしかない。
「では2時間後にギルドでお会いしましょう。それだけ時間があれば新人でも準備くらい出来ますわよね? いいですこと、くれぐれも手加減などしないように。これは真剣勝負なのですからね」
「はい、真剣にやります」
逆にやらないと勝負にもならないだろうし。
ゴブリンってモンスターのことも知らないから情報も集めないと。私の短剣と軽弓で仕留められればいいんだけど。
「それと、敬語は結構。我々は対等の立場なのですから」
「え、いいの? じゃ、じゃあ、よろしくミレイユ」
「ええ、同じ新人としてよろしくお願いしますわバニア」
もしかして、お友達ってこんな風に作るのかな。
ケリオスさんは友達って感じじゃなかったし、クリスタは相棒だし、ミレイユって初めての友達なんじゃないかな。でも敬語はいらないって言った側が敬語を使うってどうなんだろう。
「そっちも敬語取ろうよ」
「これは癖なので無理ですわ」
「そうなんだ、じゃあしょうがないね」
「ええ、というわけでおさらばですわ!」
「ばいばーい」
身を翻して去っていくミレイユに手を振って挨拶する。
マヤさんも「じゃあねー、もしよければ私達のチームに入ってね」と言って帰っていった。チーム加入はもうちょっと考えてからでお願いします。
残ったのはバンライさん1人。
困った感じの顔をして「あの」と話しかけてくる。
「ミレイユちゃん、あれでも悪い人じゃないよ。悪く思わないであげてね。出来れば仲良くして、ほしいな」
「……うん、私は仲良くしたいな」
「私達と歳が近い人ってね、あんまりいないみたいなの。だから、その、私とも……仲良くしてくれる? あ、嫌だったら全然! 無理はしなくていいから! でもミレイユちゃんだけは、その、嫌わないであげて……ね?」
黄色の瞳がうるうるしている。
バンライさんとも仲良くしたい、したいけど……ドラゴニュートだ。ケリオスさんを殺したゴマ達と同じ種族。じっくり見ているとあいつらの姿が……幻覚だろうけど見えてくる。
分かっている。ドラゴニュートってだけでバンライさんが悪い人なわけじゃない、と思う。まだよく知らないけどそうであってほしい。ミレイユのお友達みたいだし。ドラゴニュート全員が悪い人なわけじゃないはずだもん。ヒューマンだって他の種族だって善人がいれば悪人もいるんだから。
ただ、重ねちゃう。ゴマ達とバンライさんを。
あの時の嘲笑、恐怖、怒り、嫌な記憶が思い起こされる。嫌だ、もうあんな風に奪われるだけなのは、私の大切なものが奪われるのだけは絶対に嫌だ。
胸が苦しい。
呼吸が、上手く出来ない。
どうしてだろう。何もされてないのに、悪い人じゃないはずなのに、バンライさんと2人きりになるのがこんなにも辛い。
「だ、大丈夫? 何だか苦しそうだけど」
心配してくれている。やっぱり良い人、だよね。
でも、ごめんね。本当にごめんなさい。私、やっぱりドラゴニュートの人と仲良くするのが怖い。ダメだって分かってるのに心が変わらない。どうしようもなく……怖いんだ……。
「うん、へい、き」
息が詰まる。これ以上2人でいたらまずい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
心の中で謝りながら私は自分の部屋へ走り出す。ご飯を食べようかと思っていたんだけど、しょうがない。少し休んで心を落ち着けてから食べに行こう。
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