第23話 小さな栄光 +ミレイユ視点


 小さな栄光。それが宿の名前。

 そんなかっこいい名前の宿へやって来た私、バニアは部屋にいます。

 エルバニアには何度か来たことあるけど宿屋には行ったことがない。これが初めての宿屋、そう初宿屋。値段は1泊8ゴラド。


 良心的な値段だよねー。だって今は丸い机に置いてあるけど短剣は200ゴラドだったもん。武器屋のオジサンを悪く言うわけじゃないけど、短剣1本で25泊は出来る……冷静に考えるとすごい。


 今の所持金は742ゴラド。

 ギルドで引き受けたフォレスキノコ5本の採取依頼、運良く達成出来たワイドウルフの討伐依頼も合わせて報酬が650ゴラド。元々手元に残っていたお金と合わせて750ゴラド。そして【小さな栄光】で1泊分を差し引いたのが今の金額。もうちょっと余裕ができたら防具を買ってもいいかな。


「はあああ、今日は疲れたなあ」


 ベッドに飛び乗って転がる。

 柔らかい。ふっかふか。もっふもふ。

 お日さまの香りがほのかにして眠くなってくる。


 クリスタと一緒に転がりたかったけどいないんだよね……。この宿【小さな栄光】はドラゴンが入れなかった。クリスタは宿から少し離れた建物、ドラゴン預かり所に預けている。こういう宿に泊まる時はみんな持ちドラをそこへ預けておくみたい。因みに有料だから迎えに行った際にお金を払わなきゃいけない。


 ドラゴンと一緒に宿泊出来る宿に行ければよかったんだけど高いんだもん。一応行って確認してみたらなんと驚き1泊800ゴラド。ここと比べてまさかの100倍だよ。さすがにねえ、今じゃ高すぎて泊まる気になれないよねえ。そもそも今日はお金足りないし。


「チーム、か。どうしよう……」


 眠気に耐えながら頭を働かせる。

 ソロでもいいとは思ってる。けどチームを組むのは楽しそうだとも思う。

 明日ミヤマさんとか受付嬢さんにオススメチームを訊いてみようかな。1回お試しで入ってみるのもいいと思うし。


 ただ、何もかもが新鮮なギルド生活。少し楽しくなってきたのは確かだけど本来の目的は忘れていない。

 ゴマ、そしてケリオスさんの息子ナットウ君の情報収集。ミヤマさんにも受付嬢さんにも訊いてみたけど成果は得られなかった。一応引き続き情報は集めてくれるみたいだけど、私自身も集めないとね。


「ふぁああああああああ……」


 あぁ眠い。今日は頑張ったから当たり前か。

 大変な1日だった。1番疲れた日とも言える。もう寝たいって体が伝えてくるみたいで欠伸が止まらない。


「ダメだあ、今日は眠すぎるよお」


 寝ないと明日に響く。

 もう今日は寝よう。睡眠は大事だもん。




 * * *




 ミレイユ。それが私の高貴な名前。

 召使いだったドラゴニュート、バンライと共にギルドへ華麗なデビューを果たし、ベテランメンバーからも多くの注目を集めた期待の新人エルフ。それがこの私。


 誰よりも期待され、将来は最強のSランクメンバーになる女。……だったのに、許せない。今日いた新人のバニアとかいう女、私よりも注目を浴びるなんて。


「気に入りませんわね!」


「ミレイユちゃん、大きい声はダメだよお。隣の部屋の人に迷惑になっちゃうし。小さな栄光ここの部屋は壁が薄いんだから」


「……それもそうですわね」


 考えてみれば真っ当な注意をしてきたのは薄緑の肌をしたドラゴニュート。バンライ、貴族の実家がまだ没落していなかった時に我が家へ仕えていた女性。臆病そうな顔をしている、ドラゴニュートらしくない彼女は見た目通り優しい性格。私自慢の従者……まあ今は従者ではありませんが。


「そっかあ、ミレイユさえよければバニアちゃんをチームに入れようと思ったんだけどなあ……」


 口を尖らせて残念そうに呟いたのはベッドに座る女性。猫耳と尻尾、3対の細い髭が生えた獣人のマヤさんはBランクメンバー。私達が所属しているチーム『薔薇乙女』のリーダーでもあります。


 あともう1人。Cランクメンバー、ケンタウロスのテリーヌさんがおられますが今この部屋にはいません。彼女とマヤさんは素直に尊敬出来る方。聞けばテリーヌさんも、あのバニアとかいう女の加入に賛成らしいですが……申し訳なく思いつつ断る。


「ちなみに理由は? チームメンバーは5人までで、ウチは4人。特に人数的な問題はないはずだけど」


 確かにチームは5人編成まで。私達『薔薇乙女』は4人ですから当然加入させるのは問題ありません。でも、それでも、私の直感が告げているのです! あのバニアという女は我が生涯のライバルになると!

 理由を告げるとバンライが「あははは」と力なく笑う。あら、何かおかしなことを言ったかしら。


「ライバルって……まだ会ってもないのに?」


「たぶん違いますよ。ミレイユちゃんはただ……」


「あー分かった、嫉妬してるんでしょ? ミレイユとバンライの時も凄かったもんねギルドの連中」


 ほんと騷しい連中だわ、と続けるマヤさん。何かうんざりという様子ですがマヤさんもその中の1人だったと思うのですが……。当時『薔薇乙女』への勧誘でもおいでおいでと叫んでいた記憶が……。

 それはともかく今はあの新人についてです。


「私達は期待の大型新人。そうマヤさんも仰っていたではないですか。みんな私達に注目していたのに、テリーヌさんと依頼から帰ってみれば何なのですかあれは!? まるで私達が初めて依頼を達成した時のような騒ぎ様! 私達は特別だったんじゃありませんの!?」


「ウチのギルドは基本あんな感じなんだよ。新人なら誰彼構わず最初だけ盛り上がるの。大丈夫大丈夫、バニアちゃんもいつかは騒がれなくなるって」


 今、人気を盗られているのが気に入らないんです! なんてことは承認欲求を拗らせたみたいですから言いませんけど。

 ええ、はい、認めますとも。嫉妬、なのでしょうね。

 浴びていた注目を掻っ攫われるのがこんなに悔しいなんて思いもしませんでした。ゆえに私はバニアと戦うのです。どちらが人気の新人なのかはっきりさせないといけませんわ。


「ふん、収まるのなど待っていられませんわ。明日にでも人気は取り戻させてもらいます! そう、決闘ですわ!」


「あのー、ちなみにミレイユちゃんの人気が戻るってことは」

「ないね、基本盛り下がったらそのままだし」


 聞こえていますわよ2人とも。

 この際、人気云々は頭の隅に追いやるとして。最近入った新人とはいえ私は先輩、後輩に敗北するなどあってはならないのです。

 もうDランクへの昇格スピードは負けてしまいましたが重要なのは実力。Eランク依頼など所詮は初心者向け。ある程度の根気を持ち、努力をすれば才能のない人でも達成出来るようなもの。あれでは真の実力など測れません。


「それで決闘って何するのミレイユちゃん」


「ギルドメンバー同士のガチ戦闘はあんまりよく思われないよ。新人潰し狙う奴もいるけど嫌われてるもん。あー、あいつもう辞めればいいのに」


 確か、名前は忘れましたがそんな人もいたらしいですわね。私とバンライが入る前、凄い新人にぶちのめされて休養中のようですが。ふふ、もし私達を狙って来たとしても返り討ちにしてあげますがね。


「当然、ギルドメンバーらしい決闘です。チームに迷惑は一切掛けませんわ。何かありましたら責任は全て私とバンライが負います」


「えっ私も!?」


 何を驚いているのかしら。私達2人は一蓮托生、以心伝心、名コンビ。互いの問題に力を貸すのは当然だと思っています。バンライ、あなたも同じ気持ちでしょう。

 さあ、首を長くして待っていなさいバニアさん。私達とあなた、どちらが凄い新人メンバーか勝負ですわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る