第19話 装備の調達


 ギルドに入って初めての依頼、フォレスキノコ5本の納品。

 私はエルバニアの入口に向かって歩いていたんだけど、隣を同じペースで歩いてくれる青白いドラゴンがいきなり頬を擦りつけてきた。ひんやりして気持ちいい。


「ちょっ、クリスタあ。今はそんなことしてる場合じゃないってばあ」


 青白く丸みを帯びた体、背中には透き通った水晶が生えているメスのドラゴン。彼女、クリスタと私は意思疎通なんて出来ない。

 急に甘えたくなったのかな……。ギルドでは外で待ってもらっていたわけだし、放置したことを怒っているのかも。でもそれにしてはツルツルの肌を擦る力加減は絶妙で痛くないんだけど。


「んもう、どうしたの……?」


 問いかけてみるとクリスタは首を何度か右に振る。

 まるでそっちを見ろって言っているみたい。そう言っていると信じて首を右へ曲げると大通りに存在している店の数々、道を歩く多くの通行人とドラゴン。エルバニアは全ての種族が助け合って生きているらしいから珍しい光景じゃない。


 まだ分からないの? なんて視線で訴えられた気がした。

 クリスタは「クルルゥ」と鳴くと勝手に右へと走り出す。通行してる人達とかドラゴンがぶつかりそうになってびっくりしちゃってる。そりゃそうだ、ドラゴン同士ならともかく他種族がぶつかれば大怪我しちゃうもん。


 急いで追いかけてみると、クリスタはとある店の前で立ち止まる。

 2本の剣がバツ印のように重なっている看板。もしかして……。


「武器屋?」


 ドラゴン以外の種族が利用出来る武器を扱うお店。隣には鎧の絵が描かれている看板があるからこっちは防具屋かな。ちなみにコレクションとかのために作られたドラゴン専用武器屋防具屋なんてのも別の場所にあるらしい。


 それにしてもクリスタはたぶん、武器を買えって言っているんだよね。

 確かに、今の私の装備はそこらの一般人にしか見えない。普通モンスターとの戦いを想定しているなら武器防具がないと素人は死んじゃうかも……。私が受けたのは採取依頼だけどモンスターは外にいっぱいいるんだし遭遇しないわけがない。


 クリスタに倒してもらっても私自身は成長しない。

 今後、ギルドメンバーとして生きていくためにも戦えるようにならないと。先のことを考えたら絶対に装備品は必要だよね。

 私は意を決めて、クリスタと一緒に武器屋へと足を進ませる。


 武器屋の店内はやっぱり広い。今の時代、ドラゴンのことも考慮した広さになっていっているんだなあ。未だに他の種族だけが入れる店なんてあんまり見ないもん。


「わあ~武器がいっぱい」


 広さ以外のことを言うならやっぱり色々ある武器の数々かな。剣、槍、斧、弓、杖、鞭なんてものまである。今から私に合う武器選びが少し楽しみになっちゃうかな。


「どれがいいかなあ。クリスタはどう思う?」


「クルルルルウ」


 自分で決めろ、かな? そりゃそっか、自分の武器だもん。

 武器といえばジョブとも関係があるんだっけ。私は今ライダーのジョブになっているわけだけど、ジョブの種類によって得意に扱える武器があるらしい。あくまでも可能性の話だけど。


「いらっしゃい、お嬢ちゃん。困っているなら選ぶのを手伝おうか」


 壁に飾られている武器の数々を眺めていると男の人が声を掛けてきた。

 色黒な肌。筋肉質でごつい体には狼の耳と尻尾が付いている。顔は無愛想だけど目は優しく見える。見た目は微妙に怖い人寄りだけど私にはもう分かる、ギルドの人達と同じだ。顔がちょっと怖くても心は優しい。


「えっと、じゃあお願いしても大丈夫ですか?」


「任せておきな。おすすめを選んでやる」


 こういったことに1人で困ったなら専門家の意見を聞くべきだ。とっても参考になるに違いない。少なくとも素人の私が選ぶよりは最適な武器を選んでくれると思う。


「まずお嬢ちゃん、どういった目的で武器が欲しい?」


「モンスターと戦うためです。ギルドに入ったので、自衛は出来るようにならないと。いざとなったらクリスタがいるので死んだりしないとは思うんですけど」


 クリスタの戦力は本当に凄まじい。どんなモンスターもワンパンで倒せる。


「ギルド? その年でか……何か事情があるんだろうが大変だな。だがその自衛の心構えはいいぞ。隣のドラゴンだけが強くても自分が狙われたら終わり。そうならないためにもある程度強くなっておかないとギルドの人員ってのはあっさり死んじまう。……おっと、今のは忘れてくれ」


 私がギルドに入っているという話をしたらオジサンの表情が曇る。

 そっか、普通は私みたいな歳でギルドに入らないんだ。ミヤマさんや受付嬢さんにも言われたけど危険が多い仕事なんだもんね。でも、いくら危険でも、私は私の目的を達成するまで絶対に死んだりしない。


「あの、私にぴったりな武器って何だと思いますか?」


「こういうのは感覚か努力だからな。逆に嬢ちゃんにはないのか? 自分が使いたいと思える武器が。案外自分が使いたいものを使った方が上達するもんだぞ」


 自分が使いたい武器。考えてみると、やっぱり浮かんだのはケリオスさん。

 ライダーになったのもあの人の影響だし、私はあの人が大好きだ。もし使っていいなら同じ武器を私も使ってみたい。


「……剣、かな。長いやつ」


「長剣か、嬢ちゃんにはちょっと重いかもな。持ってみるか?」


 優しい店主のオジサンは壁に飾ってある長い剣を持って来てくれた。

 光沢のあるつるつるとした金属の剣身。よく見る普通の剣だけど私にはキラキラ光って見える。売り物に手入れが行き届いている証拠だよね。


 早速持ってみよう。もしぶんぶん振り回せたらちょっとカッコいいよね。

 柄を持って、持ち上げ……上げ……あれ、上がんない。ちょっと重すぎないかなこれ。振り回してる人達ってこんな重いもの持ってるの!? あ、でもちょっと浮かんだかも!


「ふぎ、ぎぎぎぎ……!」


 気のせいだった、浮かんだのは気のせいだった。

 本当の本当に全力で持ち上げようと力を込めているけどぜんっぜん上がらない。腕がプルプル震えているだけだし、疲れてきた……。もう、諦めよう。


「……はぁ、はぁ、持てないや」


「まだ嬢ちゃんには早いってこった。そんなに剣がいいなら短剣でも持って来るぜ。短ければ嬢ちゃんでも持てるだろうからな」


 そう言って店主のオジサンは長剣を軽々と持ち、元の場所へ戻す。

 羨ましいなあ。やっぱり筋肉を付けないといけないのかな、私もいつかオジサンみたいにマッチョな体に……あんまりなりたくない。ギルドで仕事を続けていたらああなるのかもしれないけど。


 オジサンが今度は剣身が短めの剣を持って来る。

 刃の方を持って渡してくるのは安全面を考慮してのこと。気を遣ってもらって申し訳なく思いながら私は短剣の柄を握る。


 刃渡り30センチメートルってところかな。

 念のため両手で柄を握っていたけど、オジサンが放したらちょっと重くなったけど問題ない。何とか片手でも持てるくらいの重量だ。


 剣技なんて今の私は何も知らないけど少し振ってみる。

 ブンブンと振れたことから私でも充分扱える武器みたいだ。さっきの長剣はダメだったけどこれなら装備して戦えるはず。今の私に最適なのはたぶんこの、装飾がない普通の短剣だと思う。


「私、これにします!」


 笑顔で告げたつもりだけどオジサンの表情は明るくない。


「そうか、だが短剣1本ってのもな。よし、ちょっと待ってな」


 オジサンは店内で弓が置いてある壁側へと向かい、豊富な種類の弓の中から1つだけを持ってこっちに戻って来る。これもまた装飾や特徴がない弓だ。強いて特徴を上げるならどこにでもありそうな茶色の弓柄、つまり普通ってことくらい。


「こいつは筋力がない奴等でも扱える軽い弓、軽弓けいきゅうだ。短剣だけじゃ対応出来ないこともあるだろうしこいつも持って行ってくれ。ちゃんと矢もセットだから安心しな」


「え、でも私あんまりお金に余裕が……」


 元々、私に金銭的余裕はない。

 基本的に森の中で食料を見つけて、ママが残してくれたお金でたまに王都で買い物をする生活。稼ぐ手段がないため私の所持金はかなり少ない。正直短剣1本でも枯渇寸前って感じなんだよね。オジサンには悪いけど弓は諦めよう。ここで買ってしまったら今日の宿や食事すら危うい。


「大丈夫、金は要らねえさ」


 一瞬何を言っているのか理解出来なかった。

 商売なのにお金が要らないっていうのはおかしい。裏があるとも思えない、たぶん私を心配してくれているだけなんだと思うけど、そうやって武器をくれた分だけオジサンのお店が損をすることになる。


「タダってことですか? それはお店に悪いです」


「いいんだよ。これは投資とでも思っとけばいい。準備不足で死んじまったら元も子もないし、こっちとしても客が1人減るのは避けたい。なーに、嬢ちゃんがまた武器が欲しいと思った時にウチを利用してくれればいいさ」


「……そういう、死んじゃった人がいるんですね」


 分かっていたつもりだけど、やっぱりギルドの仕事って危険なんだ。


「ギルドの人間が死ぬのは珍しくないからな。まあ悪い方向に考えるなよ嬢ちゃん、ギルドに所属している奴等のおかげで日々の生活が守られている。簡単じゃないが偉い仕事だ、嬢ちゃんが無事に仕事をこなしてくれるだけで俺や他の奴が助かる」


 そっか、危ないけどみんなに尊敬される仕事なんだ。

 誰かを助けることが出来て、私もお金を貰って助かる。ギルドで働くことについて深く考えてなかったけど誇らしいことなのかも。

 これは気合いを入れないとね。立派に仕事を果たして誰かを助けてあげよう。


「はい、私……頑張ります!」


 オジサンが私の腰に、短剣の鞘が後ろに付いている革のベルトを巻いて短剣を収める。軽弓と、矢が沢山入った筒を背負う。これで準備万端、ギルドメンバーバニアの新装備だ。

 いつかお金に余裕が出来たら服も買ってみよう。今着ているのは前から着ている白い花柄ワンピースだし、もっとギルドメンバーらしいカッコいい服とか着てみたい。


「それじゃ、行ってきます!」


 気合いを入れて意気揚々と入口へ歩き出す。

 始まるんだ、私の初依頼がついに。絶対に達成して帰って来よう。


「あー待て待て、軽弓はタダだが短剣は200ゴラド。こっちは商売だぞ」


 肩を掴まれて歩みが止まる。

 ……うん、まあ、そりゃそうか。さすがにタダでくれるわけないですよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る