第16話 初めてのギルド訪問


 エルバニア北東に聳え立つ大きな塔。

 太く長いそれはまるで高さのあるバームクーヘン……いい例えは思いつかないけどそんな感じかな。遠目でしか見たことないからこうして近くまで来ると、改めて高いな、大きいなーと凡庸な感想が出てくる。


 ここはギルド。みんなの困り事を解決する正義の味方みたいな人がいっぱいいる。

 きっと良い人がいっぱいいるんだろうなあ。初めての場所でワクワクするのは後回し、今はケリオスさんのことを伝えるためにいざ行かん!


 扉を勢いよく開けて中に1歩踏み出すと、中に居る人達が一斉に視線を向けてきた。

 その人達の種族は様々。

 獣人。エルフ。悪魔。天使。吸血鬼。デュラハン。ヒューマン。……そして、ドラゴニュートなどなど。


 種族は様々だけど一致している部分がある。

 それは――顔の怖さ。

 眉間にシワを寄せている人。目元に大きな傷がある人。筋肉モリモリで体の大きい人。目が尋常じゃないくらいに鋭い人。私が想像していた人達と180度違うよ……。


 緊張して固まっちゃったけどぎこちない動きでカウンターへ。木製カウンターにいる人はヒューマンの女の人で、優しそうな笑みを絶えず浮かべていた。この空間に居るとは思えないほど綺麗な人……この女の人になら伝えられるかもしれない。


「おいお嬢ちゃん、もしかして依頼人か?」

「へへへっ、危ねえなあ。たった一人でよお」

「パパとママのとこに帰りなお嬢ちゃん」


 そう思っていたら後ろに三人のごつい人達がやって来ていた。

 うわああああああああああ! 怖いよおおおおおおおおおお!

 何か言いたいけどそうだよ、声が出ないんだったよ! 喧嘩になったら勝てるわけないし、家に帰りたくなっちゃうよお。


「聞いてんのか嬢ちゃん、依頼人かっつってんだよ」


 あああああ! そうです、私が依頼人です!

 依頼内容はゴマを倒すこと! ナットウ君を見つけること!

 こくこく頷いて依頼人アピール。お願いだから伝わってえ……!


「何だ、やっぱり依頼人か。おい嬢ちゃん、依頼は左奥の受付嬢に話すんだよ。嬢ちゃんが今いるところは依頼を受ける専門の場所だ。分かったらほれ、とっとと行きな。困ってるんだろ? もし受けられそうな依頼なら俺達が解決してやるからよ」


 優しい! 想像の100倍は優しい!

 何だか見た目で怖がってバカみたいだなあ。見た目で人を判断するなんてダメだよね、やっぱり。ちゃんと話して判断しないと。

 こくりと頷いて、声は出せないけど「ありがとう」と口を動かした。伝わっているといいんだけど……みんな笑って見送ってくれているし大丈夫かな。心なしか怖くなくなった気がする、良い人達だ。


 左奥の木製カウンターに歩いて来たはいいけど……うん、どうしようか。声が出せないからどうやっても伝えられないし、何も言わないからヒューマンの受付嬢さんが首を傾げてる。ケリオスさんのこと、特にゴマっていうドラゴニュートのことはどうしても伝えなきゃいけないのにいい……そうだ筆談だ! 筆談なら声が出なくても伝えられる! でも紙とペンを持っていないよ! ダメだ!


「嬢ちゃん頑張れ!」

「焦るな、落ち着いて口を動かせ!」

「あの……何か、ご依頼ですよね? ゆっくりで大丈夫ですからね」


 みなさん応援してくれてありがとう、そして最初怖がってごめんなさい。

 受付嬢さんも心配してくれてありがとう、そして何も言えなくてごめんなさい。


「がーんばれ! がーんばれ! がーんばれ! がーんばれ!」


 いつの間にか多くの人達が応援してくれる事態に……本当に良い人達。


「がーんばれ! がーんばれ! がーんばれ! がーんばれ!」


 やるんだ、まずは紙……紙はない……紙……髪?


「がーんばれ! がーんばれ! がーんばれ! がーんばれ!」


 そうだ閃いた! 髪を抜いて文字を作ればいいんだ!

 私はまだ子供だし毛量も申し分ないはず。この白髪で文字を作って、受付嬢さんに伝えるんだ。ごめんねママ、髪の毛は女の子の命と同じって言ってたのに……将来ハゲちゃうの嫌だけど、やらないといけないんだもん。


 ぷるぷる震えながら白髪に手を持っていき、髪の毛の束をがっしり掴む。

 引っこ抜くんだ。怖がっちゃダメだ。痛いだろうけど泣くのは我慢我慢我慢我慢。


「――ちょっとちょっと、何の騒ぎにゃこれは!? 何この状況!?」


 髪を掴んだまま声の聞こえた方へ目を向ける。

 あっ獣人さん。黒い髪、頭から出てる猫耳、スカートの中から出て揺れている尻尾。紛れもなく猫の獣人さんだ。


「ぎ、ギルドマスターが来た! 救世主!」


 ギルドマスター!? それって一番偉い人!?

 つまりこの人に話せばいいってことかな、いいんだよね。よし今度こそ髪を抜いて伝えなくちゃ、みんなの応援に応えるために一気に抜く!

 髪を掴んだ手を思いっきり引っ張ろうとした瞬間、ギルドマスターって呼ばれている獣人さんが目の前に移動してて――どんどん視界が暗くなっていった。

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