第13話 最期
本当は傍にいたかったけど、ケリオスさんがクリスタから下ろしてくれた。きっと心のどこかで怖いって思っていたのを感じ取ってくれたんだ。
私も強ければ一緒に戦えたのにな……。
戦いが始まったのは音で分かった。でも私の目には何にも見えなかった。
きっと今、とんでもなく激しい戦いをしている。ケリオスさんが強いのは知ってるけど心配だよ。やっぱり戦ってほしくないなあ。ケリオスさんが傷付くところなんて見たくないもん。
「今、どうなっているんだろう」
呟いた瞬間、私から1キロメートルくらい離れたところへ何かが落ちていった。反対側の崖だ。遠すぎて何が落ちたのかは分からないけど……。
それからはしばらく空中で音が鳴っていた。
すっごく綺麗な鐘がクリスタの上に出てきて、ゴーンゴーンと鳴ったらすっごく綺麗なドラゴンがクリスタの横に並ぶ。ここからじゃよく見えないけど、金色のピカピカしたドラゴンで羽は石が付いてるっぽい。
綺麗だなーなんて思っていたら全員の姿が掻き消える。また戦いが始まったんだ。さっきよりも大きな音が聞こえてきてだいたい20秒後、100メートルくらい離れたところで凄い音がした。
ドカーン! と、たぶん何かが落ちてきたんだ。慌てて顔を向けてみるけど砂煙でよく見えない。
上からケリオスさんを乗せているクリスタと、もう1体の綺麗なドラゴンが下りてくる。もしかして決着がついたのかな……。
「……中々、やってくれます。ええ強いですよあなたは、まさか財宝竜ガネシアを利用するとは予想外でした。……でもねえ、あなたには致命的な弱点があるのです。気付いていないのですか? あなたの抱える戦闘に邪魔なモノが近くにあることに」
これはあの悪そうな人の声だ。
ケリオスさんの弱点……それってもしかして。私は嫌な予感がして後退りする。
「ほっほっほ……おやおや、子供の方が賢いようで」
――気が付いた時にはもう手後れ。
私の首に、悪そうな人の鋭い指が突きつけられる。まるで刃物を向けられているみたい……怖くて動けない。
「バニア!」
「ケリオスさん……」
クリスタから降りたケリオスさんが慌てて駆け寄ってくる。でも「止まりなさい」という声で足を止めちゃった。
「あなたの弱点、それは弱者を見捨てられないこと。こんな子供、見捨てて私を襲えばいいでしょう」
「……そうしたら殺すんだろ」
「当然、あなたが動いた瞬間に首に穴を空けますとも」
やっぱり逃げようと思ったのは正解だった。結局逃げられなかったけど、私のせいでケリオスさんが負けちゃう……。
「何が望みだ」
「分かっているでしょう?」
「……ああ、分かってるよ」
私にも分かる。この人は、ケリオスさんを……。
「ジミー! ゴング! いつまで寝ているつもりですか! あなた達を痛めつけた男はもう動けません、さっさとダメージを返してあげなさい!」
悪そうな人が声を上げると反対側の崖から誰かが飛んで来る。
灰色の肌、紫髪。翼が生えているからたぶん後ろの人と同じでドラゴニュート。上は裸だけど、下は毛皮の腰巻きをしている男の人。
もう1人、棘がいっぱい付いた鎧を着ている男の人。こっちの人もたぶんドラゴニュート。持っている大剣はすごく重そうだから力が強そうだ。それと赤紫の肌で……豚さんみたいな鼻。
「申し訳ありませんゴマ様」
「へっへっへ、さっきはよくもやってくれたな」
ジミーとゴング……2人のドラゴニュートは傷だらけだ。ケリオスさんが頑張った証。頑張って頑張って戦って、満身創痍まで追い込んだはずの2人が悪そうに笑ってケリオスさんに向かっていく。
ケリオスさんは2人に攻撃された。剣で斬られて、拳で殴られて、足で蹴られる。されるがままなのは絶対私が捕まっているせいだよね……。無抵抗で、でも倒れないようにその場で踏ん張って耐え続けている。
一方的な戦い、いやこんなの戦いじゃないよ。決して少なくない血が地面に零れていくのを見ていると悲しくて泣けてきた。
クリスタともう1体のドラゴンも黙って見ているしかない。私が人質に取られているから、動いたら殺されるのを分かっているんだ。黙ってあの2人を睨んでいるから怒っているのが伝わる。
「……お嬢さん、ロールプレイで一番嬉しいことは何かご存知ですか?」
ゴマっていう悪そうな人……いや悪い人がよく分からないことを訊いてくる。そんなことよりもケリオスさんを見逃してよ。
勇気がなくて言えない私は黙って首を振る。
「おや失礼、あなたはNPCでしたね。あなたにも分かりやすく言うなら、憧れた者や有名な者の真似をすることをロールプレイ。さあ、知識を得たあなたは先程の問いの答えが分かりますか?」
「……分かんない」
「でしょうねえ。正解はね、その真似たい人物が実際に行ったことを自分もやれることですよ。今の私がまさにそれです、この状態は実に心を踊らせてくれます」
ついにケリオスさんが立っていられずに倒れちゃった。それでもまだ2人が虐める。酷いよ……涙でよく見えなくなってるけどこんなの見なくても酷いって言えるよ。
止めて……止めてよ。もう……やめ……て。
「おっとそろそろですかね、もう虫の息だ。ジミー、ゴング、もうそのあたりで止めてあげなさい。後は私がやります」
ようやく2人が攻撃を止めてこっちへ戻って来る。
その時、もう死んじゃいそうなくらい苦しそうなケリオスさんが顔を上げて、私の顔をしっかりと見てきた。
「はあっ、はあっ、バニア……」
「ケリオスさん、喋らないで! 死んじゃうよ!」
「……ごめん。こんなはずじゃ、なかった。ごぶっ!? 俺のことは……気にしないで……くれ。俺がいなくなっても……バニアは……」
嫌だ。死なないで、いなくならないでよ。
ママも私を置いていった、1人にした。ケリオスさんは最強なんでしょ……? 誰にも負けないはずなのに……私の傍にずっといてくれると思っていたのに。こんなの、こんなのってないよ。
「〈マグマボール〉――さようなら」
ゴマが魔法の名前を呟いた瞬間、私の前にでっかい火の玉が出てきた。
ぐつぐつと、鍋で煮たように沸騰している熱そうな玉。それが動けないケリオスさんへと真っ直ぐ向かっていって……。おっきな火柱が……。
いやあああああああああああああああああああああああ!
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