第12話 ケリオス視点 奥の手


 倒す、とは言ったもののどうする。初手は何にする。

 行動力は俺に分があるし先手は取れるはずだ。でも慎重になれ、もしステータスが2倍になったゴマの魔法でも受けてみろ、1発で瀕死レベルまで生命力が持っていかれるぞ……!

 いや恐れるな! 俺に出来ることは1つしかないだろ!


「クリスタ、ブレスしながら突撃だ!」


「ほっほっほ、懲りませんねえ。〈キルウィング〉」


 口から吐き出された大量の水晶と、三日月状の緑の刃がぶつかり合う。

 先程も行われた攻防なので結果は見えている。奴の魔法は水晶を粉砕しながら迫って来る。もし喰らえば致命傷になることは確実なので、俺はクリスタへ「か、躱せ!」と焦って指示を出す。


 避ける方向を任せた結果クリスタは上昇して魔法を避けた。……が、まるで予知していたかのようにゴマが目前まで急接近して指を向けてきた。


「上に避けるのは読めていましたよ。では、さようなら。〈デスフレア〉」


 奴の人差し指に黒い火が灯り、あっという間に俺の視界はどす黒い火炎で埋め尽くされた。まともに喰らっていたら瀕死どころか即死だよこんなの。死体も残らないだろうし、クリスタも火傷じゃ済まない。そう、まともに喰らえばの話だけど。


「ほっほっほ、残念なことに焼死体が1つ完成してしまったようです。まあクリスタルドラゴンの方は腐ってもドラゴンですし生きているでしょうが……おや?」


 視界いっぱいに広がっていた黒炎が霧散する。

 丸まった目で意外そうに見てくるゴマに対して、俺は不敵に笑う。


「油断、大敵だぞ。うおおおおおおおおお! 〈八連無双〉!」


 さっきゴングやジミーへ使用したのと同じスキルを発動する。

 効率的にダメージを多く与えられるのでゲームでは使い勝手が良かった。判断に困った時はつい使用してしまうのは悪い癖だ。ここは現実、8連攻撃も回避されては活かしきれない。実戦で鍛えてきただろうゴマは全て回避することも可能だったんだろうが、俺が死んだと思い込んでいた奴は多少でも動きが鈍るはず。消費魔法力が割に合わないけど2発は当ててみせる!


 俺は至近距離にいるゴマへと剣を振るう。

 力強く、尚且つ素早く、全身全霊で攻撃した。


「ぐうっ! があっ! がふっじゃばっ!? ……4発、貰ってしまいましたね。しかしこの程度では私の生命力消費は微々たるもの。ステータス差による暴力というものを見せてあげましょう! 最強の雷魔法〈デンジボルト〉!」


 上空から落下して来る無数の雷。

 空を飛ぶ者にとって自然の力ほど脅威なものはない。雷なんて喰らったら俺もクリスタも大ダメージだ。


「〈物魔防壁〉!」


 透き通った青色の壁を真上に展開し、連続して降り注ぐ雷を防ぐ。

 アークメイジが習得可能なスキル、少し前にゴマも使っていたやつだ。物理、魔法など、特定の攻撃以外は完全防御出来る便利技。上級職を全て極めた俺ならそれすらも使える。


「なるほど……先程の〈デスフレア〉を生き延びたのはそれですか。ですが、魔法力が決して多くないあなたが使用出来るのは精々あと2回でしょう。攻撃にスキルを使うことも考えると1回が限度。万が一の勝利すらあなたは掴めません」


 ゴマの言う通り、あの黒い火炎も〈物魔防壁〉で無効化した。

 便利な一方で消費魔法力は100とそこそこ高い。ちなみに〈ウルトラアップ〉も100で、その他色々なスキルや魔法を使用した俺の魔法力はもう200程度。優秀な攻撃スキルも使うことを考えると本当にあと1度が限度か。

 もう、時間はかけていられない。早期決着を心掛けないといけない。


「スキル……〈デスクリティカル〉!」


 俺はクリスタの背を駆けて、悪いと思いつつ頭を踏み台にしてゴマへと一直線に跳ぶ。

 空中でドラゴンから離れるなど自殺行為。愕然とするゴマへと心臓を穿つ勢いで突きを放った。

 このスキル〈デスクリティカル〉は良くも悪くも運勝負。直撃した相手の生命力を確率で0にすることが出来る。もう俺に残された勝ち目は神頼みしかない……なかったのに――その賭けに俺は負けた。


 カキイイイイィンという音が響き、剣が弾かれる。

 ゴマが嗤い、俺の後ろに回り込んでから、クリスタと逆方向へ蹴り落とした。この高度と勢いなら谷底じゃなくても地面に落ちただけで即死だろう。慌てたクリスタが猛スピードで拾ってくれなきゃマジで死んでた。口で咥えられるのは怖いけど命には代えられない。


「〈キルウィング〉」

「〈物魔防壁〉!」


 薄緑の刃を、透き通った青い壁で防御する。

 これでもうダメージ無効化を使えない。ついさっき蹴られたダメージも実は相当なものだし、この状態で魔法を喰らえば即死確定コース。勝機はもうないに等しい。


「ほーほっほ! これでもう〈物魔防壁〉は使えない。アイテムで回復したところで同じ展開の繰り返しでしょう。先程の〈デスクリティカル〉が効くまでやってみますか? 確率で対象を殺せるあのスキルなら勝てるかもしれませんが……もう私は喰らってあげません」


「もう……無理か……」


「おや? もしや、今さら敗北を悟ったのですか? ほっほっほ、諦めるならもっと早い方がよかったですねえ」


「ああ、諦めたよ。悔しいけどお前は強い、俺よりも、たぶんこの世界で最強を名乗れるくらいに。だからもう……正攻法で勝つのは諦めた」


 このままでは死ぬ。アレを使うしか生き残る術はない。

 俺はずっとアレを使うことを避けてきた。単純な話、アレは俺の中で卑怯な手段として位置付けられている。俺一人だけが出来るわけじゃないけど、使えるプレイヤーは極少数なはずだ。


「正攻法で勝つのは諦める? それではまるで、卑怯な手を使えば勝てるような言い方ですねえ。断言してあげましょうか? あなたが私に勝つことなど不可能です、早々に、惨めに、敗北を認めなさい」


「不可能だって言うんならそうなんだろうさ、お前の中ではな。生憎だけど俺にはまだ奥の手があるんだよ」


 奥の手……そう、アレのことだ。

 俺は「ステータス」と呟いてウィンドウを目前に出現させる。そしてアイテムボックスという欄を指で押し、大量のリストとなって出てきた所持アイテムからアレを探してタッチする。


「ステータス? いえ、まさかアイテムを? しかし回復アイテムなど使ったところで焼け石に水。私も同じことが出来る以上状況は何も変わらないはず」


 回復アイテムじゃない。確かにポーションを使えば生命力を、エーテルを使えば魔法力を全快させられる。でもゴマの言った通り同じことが奴自身も出来る。せっかく生命力を回復しても、向こうだって回復するので振り出しに戻るだけ。かといって攻撃アイテムで与えられるダメージなどたかが知れている。


 ならば俺が使うのは1つ、召喚アイテム。

 ドラゴロアにおいてたった1つ、しかもたった1回しか得られる機会がなかったアイテムがある。それこそがこれから使うものだ。


 ――黄金の鐘。


 リストから見つけた名前にほくそ笑む。

 俺はすぐさまタップしてアイテムを使用した。俺の頭上に何やら馬鹿でかい金の鐘が出現する。


「ま、まさか……それは! それは、黄金の鐘!?」


 ゴマが目を見開いて驚愕する様子は本当に見ていて気持ちいいな。

 あいつが驚く気持ちは分かる。俺だって敵がこれを使い出したら発狂しそうさ。


 黄金の鐘。これは――課金アイテムだ。


 ドラゴロア10周年を記念して1度だけ、500000円でショップに並んだことがある。

高価格、そして購入出来る期間が1日のみだったため所持しているプレイヤーはかなり少ない。俺が知っているだけでも動画を上げていた3人くらいなものだ。なんせ高いからな、運営も買う奴がいると思っていなかったとコメントするくらいだ。でもそれだけに効果は素晴らしいの一言に尽きる。


 頭上にある馬鹿でかい金の鐘が音を鳴らす。

 これが鳴り響いた時、空中に異空間と繋がる金色の渦が出来上がる。そこからあのドラゴンが姿を現す。


 ――財宝竜ガネシア。


 鐘の音と共に現れたそいつは眩い黄金の体を持ち、頭には立派な王冠が乗り、翼には大量のカラフルな宝石が埋め込まれている。


「汝が我を呼んだのか?」


「ああ、頼む。力を貸してくれ」


「汝がそう言うなら我はそうせざるをえないな」


 ガネシアが現れたのは召喚アイテムによるもの。出現してすぐに仮契約状態となり、味方として共に戦ってくれる。しかも経験値と獲得金を100倍にするというふざけた効果もある。

 ……普通にスルーしてたけど喋るのか。


「ま、まさかそんな奥の手があったとは……。私や課金厨でさえ入手を躊躇った高額アイテム、黄金の鐘。……しかし、財宝竜ガネシアの特性は経験値と獲得金増加。まあ多少厄介ですが、呼び出したところで必勝とはなりません。あなたの敗北はもはや決定事項なのです」


「……は、はは、ははははっ! そうさ、ガネシアの加勢があってもお前には勝てない。でも、俺の目的が味方を増やすことだけじゃないとしたら?」


 黄金の鐘を使用するメリットは、味方の数を増やして有利になる面が主だ。でも俺はライダー、そして熟練度最大のライダーは契約して味方になったドラゴンの数だけステータスを倍化させる。

 やったことはないけど……たぶん出来るはずだ。


「何を……ま、まさか!? いえ、しかしそんなことがありえるとでも!? ライダーの特性に適用されるのは本来の持ちドラだけのはず!」


「誰が決めた、運営か? でもここはもうゲームの世界じゃないんだろ。それに俺が知る限り試した奴はいない。気になるなら見てみろよ、俺の今のステータスを」



 【名 前】 ケリオス

 【レベル】 99

 【ジョブ】 ライダー

 【熟練度】 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 【生命力】 538/720

 【魔法力】 50/435

 【攻撃力】 3528

 【守備力】 3320

 【聡明力】 2160

 【抵抗力】 3120

 【行動力】 4672

 【ラック】 2100



 どうやら減った生命力や魔法力はもう戻らないらしい。まあ他のステータスが軒並みゴマに匹敵、もしくは超越しているし問題ない。素早さを意味する行動力に関しては他の追随を許さないレべルで圧倒的だ。これなら通常攻撃だけでも勝てるはず。


「ば、バカな……何ですその馬鹿げたステータスは!?」


「お前にだけは言われたくないな、それ」


 以前は俺が最強だと思っていたが、ゴマの強さを見てその自信が少しの間吹き飛んだ。馬鹿げたステータスなんてお前も一緒だろ。

 まあ何にせよ、これで準備は整った。


「そんじゃ、逆転勝利といきますか!」


「な、舐めるなよこの私を! 最強はこの私――」


 空を駆けたクリスタがゴマを通り過ぎる瞬間、認識すら出来なかったであろう奴へと俺は固く握った拳を顔面へ叩き込んだ。

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