第7話 ケリオス視点 現実


 俺はケリオス。もう、寒沢かんざわ拓斗たくとじゃない。

 そう、寒沢拓斗というのが以前までの名前だった。

 中二病を発症しているわけじゃない。断じてそういった類いではなく「だった」というのはその名前を「捨てた」という意味だ。


 何が起きたのか振り返ってみよう。自分でももう一度おさらいして現実を受け止めておきたい。


 あの日、俺はいつも通りゲームをプレイしていただけだった。

 ドラゴロアオンライン。約5年前に発売した、自由な冒険がテーマのVRMMORPGだ。そのテーマの通り、ドラゴンに乗って自由に仮想世界を見て回れる。RPGなので自分の育成も楽しい。


 発売から1か月ほどで購入して、それから約5年間もプレイし続けているお気に入りのゲーム。やり込むタイプの俺は今やレベルは上限の99であり、ジョブは基本職のライダーだが世界トップクラスの強さを持つと自負している。なんせ基本職でも最強になるために課金したしな。最弱のジョブで最強というのはロマンがある。


 そんなやり込み派の俺がある日プレイした時からか、もしくは途中からか異常が起きた。

 最初のスタート地点であるエルバニアから少し離れた森の上を、見た目重視で仲間にしたクリスタルドラゴンのクリスタの上に座って飛ぶ。


 優雅に飛んでいるとある光景が視界に映る。


 1体のモンスターが女の子を襲っている光景。

 モンスターの名前はワイドウルフ。ふさふさしている灰色の体毛、ぎらついた金色の瞳、長い四肢に鋭い牙が特徴的な狼型モンスター。ドラゴロアオンラインにおいては序盤で初心者が戦うようなモンスター。


 そんなワイドウルフが襲っているのは、水色の花柄ワンピースを着ている白髪の女の子。

 見るからに女性初期装備なのだが、今時そんなプレイヤーがいるとも考えづらい。この距離を歩いているなら装備を買い替えるのが至極当然なのだから。


 そこで1つの可能性に思い当たった。

 縛りプレイだ。特定のルールを自分に課すプレイ。その中でも初期装備のままやり続けるタイプなら納得がいく。

 俺はあまりそういったものをやらないので楽しさは分からない。だが一定人数が行っているのを知っている。


 仮に縛りプレイをしているプレイヤーだった場合、助けるのはルール違反になるのかならないのか。ひたすら最強になるためプレイしていたからそういったことには無頓着だった。まあ、最悪謝れば済むだろうと考えた俺は少女を助けに行ったわけだが。


 少女の名前はバニア。

 幸いなことに縛りプレイの邪魔をするなと怒られることもなく、拠点へ案内されて多少の時を共に過ごした。

 そして――あの異常が発覚した。


 結論から言えば俺は帰れない。

 ステータス画面の右下に普段ならあるはずの、現実への帰還に必要不可欠なログアウト欄が消失していた。

 頭が真っ白になってしまい、やっと考えられるようになっても何度も夢かと疑った。バグにしたって酷すぎるこの現実は変わらないのに。


 混乱していた俺にバニアは言葉を掛けてくれたらしいが、彼女が自らの意思なき作られた存在と知ったからか酷く乱暴に返してしまったと思う。


 戸惑い続けていた俺はその日、NPCであるバニアの家に泊まることになった。

 当時はNPCに意思がないと思っていたけど、バニアを見る限りそういうわけでもなかったらしい。もうこうなってはプレイヤーとなんら変わらない。


 部屋を貸してもらい、そこで状況を呑み込むため自問自答を繰り返す。ようやく現実を受け入れられた時にはもう朝になっていた。


 あの1日は確実に今までで1番最悪。今後更新されることはおそらくない。


 それから分かったことは、単純にこの世界がゲームのままではないということ。バニアと関わっていなければ知らないままだったろう。


 ジョブの変更不可、初めから上級職の者もいる。異端者と呼ばれる者達の存在。話していけばいくほど違いは見つかっていく。


 この世界はドラゴロアであっても仮想世界じゃない。ステータスやジョブがあっても、システムに支配されているゲームじゃない。間違いなく「現実」の異世界転移というものだし退路はない。


 今、俺はバニアと空を飛んでいる。

 正確には自分の契約した手持ちドラゴン、持ちドラのクリスタに乗ってだが高所にいる。

 飛行機で飛んだことがあるといっても、ドラゴンに乗って飛ぶのは段違いに自由度を感じた。


 改めて思う。この世界は広大だと。

 草木一本生えていない少し暗めの赤い大地が広がっていて、横幅500メートルくらいはありそうな亀裂がどこまでも伸びている谷。ここは絶景スポットに選ばれている終末の谷だ。


 広大な異世界でするべきことは何か。

 いつまでも家族に会えない現状を嘆いても仕方ない。これからは帰る方法を積極的に探していこう。そのためにも俺以外のプレイヤーを探し、情報共有して協力する必要がある。


 次に、これは個人的な問題。

 ここがドラゴロアのシステムをある程度引き継いでいるなら、子供育成イベントを行った俺には息子がいることになっている。


 アイテム目当てで行ったせいでろくに会話もしなかったし、友達にふざけてもいいなんて言われたせいで納豆なんて名前にしてしまった義理の息子が。……もしいるなら色々な件で謝りたい。


 目的を決めた後はバニアにも話した。

 彼女はいい子だ。結局独身のままだったけど、子供がいたら今のように過ごしていたのかな。


 ――そんなことを呑気に考えていた時。


「……ん、何だ――クリスタ避けろ!」


 スキル〈敵感知〉に反応。

 スキル〈攻撃感知〉に反応。


 4つの黒炎が後方から凄まじい速度で飛来してきた。スキルが備わっていなきゃ気付きもしなかっただろう。その場合、まあ、死なずとも大火傷を負っていただろうな。


 クリスタが旋回したことで黒炎を回避。

 今はバニアもいるからかクリスタはスピードを抑えている。まあ避けられれば問題ない。


「ふーむ避けますか。中々勘がいいですねえ」


 クリスタが停止してから敵を見やる。

 前方およそ30メートルは離れているところに誰かがいた。


 黒いローブを着ている痩せた男。黒い翼が背中から生えているから、というかあの見た目はおそらくドラゴニュート。ドラゴンとヒューマンの混合種。


 不気味で異質な雰囲気を纏う男は感心したように呟いていた。

 前に座っているバニアが心配だ。きっと怖い思いをしている。


「ふっふっふ、そこそこ楽しめそうではないですか。そちらの男の方、死ぬ前の神への祈りは捧げましたかねえ」


 敵意がビンビン感じ取れる。

 奴は敵だ。この世界で初めての、敵だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る