第6話 初めてのドラゴンライド


 背中に透き通った水晶が生えている青いドラゴン、クリスタルドラゴンのクリスタ。

 彼、あるいは彼女の背に乗っているのは金髪の優しそうなお兄さんであるケリオスさんと、その前に乗って支えられているこの私。


「さあ、準備はいい?」


「いつでもいいです!」


 これから私は空を飛ぶ。正確には飛ぶのはクリスタなんだけど。

 ずっと前から羨ましいと思っていたドラゴンライド。ケリオスさんのおかげで夢が実現出来そう。


「それじゃあ行くよ……!」


 どこか緊張している。私もだけど、ケリオスさんも。

 こうも密着していると色々と伝わるものがある。私の速くなった鼓動も、ケリオスさんの鼓動も、全部全部分かる。


 クリスタが青白い翼を広げてはためかせた。

 翼を一度上下に動かすと、それだけで視界に映る景色が一変する。ビュオッと凄く強い風が吹いて、気が付いた時には青空や白雲により近く、私が住んでいた家が小さくなっていた。


「うわああ……!」


 自分でも目が輝いているのが分かる。

 それくらい凄いことだもん。人間が空を飛ぶなんて魔法でも出来やしない。こうしてドラゴンに乗ることで初めて空を飛べるんだ。


 きっと、いつかこれが当たり前になる。そうなればもっと私達の生活が変わる。もっともっと楽しくなる。


「こうして飛ぶのもいいな。現実だと認識してからは景色の良さが違う……飛行機とは違う、もっとこう、全てから解放されたかのような……」


「分かります。自由って感じがしますよね」


「ああ……本当に。クリスタ、終末の谷へ行ってくれ! 道は分かるな!」


 クリスタは一度頷いてもう一回羽ばたく。

 それだけで風を切ってグングンと空を進んでいく。強風に体全体が押されそうで、しっかりしがみついてないと吹き飛ばされそう。


 私の白い髪がぶわっと後ろにいっちゃった。ケリオスさんの「うわっぷ!」なんて声が聞こえたけど、たぶん髪が顔に当たっちゃったんだろうなあ。


 髪はどうしようもないけど吹き飛ばされそうなことはなんとかしよう。とりあえず掴むのは背中に生えている水晶の中で掴みやすいものにしようかな。

 二本の小さな水晶を掴んで準備完了。よく見たらケリオスさんも掴んでいた。


「うぅ、前後逆にするべきだったか? でも後ろに座られると何かあった時に気付かないしなあ」


「私はこのままでもいいでーす!」


「髪が顔にかかるし、俺はよくないんだけど……」


 私の髪をどかしてそう告げるケリオスさん。後ろに目がなくたって髪を触られればどかされたのは分かる。


 それはそうと終末の谷だ。

 私も噂くらいなら聞いたことがあったっけ。確か草木一本生えていない断崖絶壁に挟まれた場所。王都エルバニアから南東におよそ450キロメートルにあって、広大だから眺めはいいけど危険だから誰も近寄らないって噂を王都で聞いたことがある。


 450キロメートルなんて聞くと恐ろしく遠く感じるけど、ドラゴンからすれば散歩みたいなものなんだろうね。

 だって飛び始めて20分くらいで着いちゃったし。


 あっという間だった。始めての飛行、ドラゴンライドは流れていく景色を眺めているだけでも楽しかった。

 歩いていたら中々変わらない森の景色もグングン平地やら何やらに変わっていくから見ていて飽きない。これだけでも満足に近いかな。


「着いた、ここが終末の谷だよ」


「ふおおおっ、すっごおおおい!」


 圧巻だ。これは……凄い。

 草木一本生えていない少し暗めの赤い大地が広がっていて、横幅500メートルくらいはありそうな亀裂がどこまでも伸びている。クリスタは高い位置を飛んでいるのに終わりが見えない。


「ゲームじゃここから先には行けなかったっけ……。実際に見てみると、ちょっと怖いな……」


「ケリオスさんも一番奥までは行ったことないの?」


「ないなあ。どこまで続いているのかも分からないし、多分飛んでいるうちにクリスタが疲れちゃうかもしれない」


 そんなケリオスさんの言葉に、クリスタは大丈夫だよとでも言うようにグルルウと鳴き声を上げる。


「……ねえ、バニア」


 改まってケリオスさんが話しかけてきたので「なあに?」と返す。


「……もし俺が、違う世界からやって来たって言ったら……信じる?」


 違う世界。つまり異世界。

 それはきっとお伽噺のような世界なんだろうなあ。疑問があんまり出てこないってことは、自分でも驚くことにすんなりと信じてるらしい。


「信じます」


「そんなあっさり?」


「ケリオスさんが言うなら信じます。それで、その……どんな世界だったんですか? もっとすっごいドラゴンで溢れてるとか?」


 違う世界って言われてもピンとこない。私はまだこの世界すら満足に見て回れてないから、何かが違っても分からないかもしれない。

 苦笑したケリオスさんは語り出した。


「ドラゴンとか魔物はいないし、魔法とかもないんだ。でもその代わり鉄の塊が走ったり、空を飛んだり、城くらいに高い建物がいっぱい建ってたり、誰かが創った世界に入って冒険したり……今思えば、凄い場所だったんだろうな」


 想像の斜め上をいく、いやもう想像しようとしても出来ないくらい凄いと思う。

 鉄の塊が走る……足でも生えてるのかな。それに空を飛ぶってことは翼も生えてる? 何にせよドラゴンに乗らなくても空を飛べるっていうのは便利だ。


 魔法がないと不便そうだけど、私だって魔法が使えるわけじゃない。基本的な生活はあんまり変わらないのかもしれない。

 でもそんな凄い世界にはもう……。


「……帰れないんですよね。ケリオスさんは」


「うん、多分ね。友達は心配するだろうけど、家族はもういないからまだマシかな。まだ未練はあるけどさ」


「これからはこの世界で生きていくんですか」


「まあ、今はそうするしかないだろうね。一応考えてみてここでの目的は決めたし」


 強いな、ケリオスさんは。

 ママが死んじゃった時、私は立ち直るのに結構時間を掛けたと思う。もしもいきなり違う世界に行っちゃって帰れなくなったら立ち直れないかもしれない。


 私はお友達なんていないけど、それでも大切な人ってことは分かる。会えなくなったら悲しいはずなのに、ケリオスさんはもうこの世界でやることまで決めたんだから本当に凄い。尊敬しちゃうかも。


「目的っていうのは?」


「一つ目は俺みたいに別の世界から来てる人達、プレイヤーって人達を捜すんだ。今は帰れないけど、帰るのを諦めていない人もいるはず。その人と情報交換したいっていうのが主な理由」


 プレイヤー。そういえばケリオスさんはそんな単語を口に出していたっけ。別世界の言葉なら分からなくてもしょうがないよね。


「……やっぱり、帰りたいですよね」


「バニアには悪いけど。やっぱり自分が元々居た世界の方が過ごしやすいんだ。友達もいるし」


 それはそうだろう。私だって違う世界に行ったら帰りたいと思う。

 ずっと一緒にはいられないなんてこと分かってたのに。何だか悲しくなってくる。


「二つ目は……その……この世界には息子がいるはずなんだ。そいつを捜して色々話してみたいって感じかな」


「む……むす……息子!?」


 聞き間違いじゃなければ息子って聞こえた。いやたぶん聞き間違いじゃないけど、し、信じられない。

 ケリオスさんが子持ちだったなんて……。嘘だと信じたい。結婚して奥さんがいるんなら私の気持ちはどこへぶつければいいんだろう。好きなのに、既に相手が居たなんて……。でもこんなにカッコよくて素敵な人だから不思議じゃないけど……でも……ショック……。


「息子って言っても義理だよ、誰かと結婚もしてないし血も繋がってないから。話したことはほとんどないし、向こうは俺が義理の親だって分からないかもしれないけど」


 義理。血の繋がりがない子供。

 良かったあ、奥さんがいるわけじゃないんだ。それなら私がアタックしても問題ないよね。

 あれ、待って待って。もしかしてこのままいけば私の息子にもなるのかな。13歳にして一児の母かあ。ふふっ、想像してみると意外にいいかも。


「息子さんのお名前は?」


 将来の私の義理の、と前に入るけど。

 やっぱり名前くらい知っておかないとね。


「……納豆」


「ナットウさん、いい名前ですね!」


「くっ、名前くらいふざけてもいいじゃんとか言われたから……本当に謝りたい。俺だったら納豆なんて名前嫌だし親を恨む……」


 そこまで……? いい名前だと思うんだけど。

 ああ、会ってみたいなあ。とりあえず外堀から埋めていきたい。私の恋を協力してくれないかなあ。


「……ん、何だ――クリスタ避けろ!」


 突然叫んだケリオスさんの指示に従って、クリスタは急旋回して何かを避けた。

 すっごい速さに目を回しそうになりながら、私の目に見えたのはクリスタの横を通り過ぎていく複数の黒炎。避けろと言ったのはたぶんあれだよね。


「ふーむ避けますか。中々勘がいいですねえ」


 クリスタが停止したからホッとして思わずため息が出る。そんな私やケリオスさんの前、およそ30メートルは離れているところに誰かがいた。


 黒いローブを着ている痩せた男の人。黒い翼が背中から生えているからヒューマンじゃなくて、たぶんドラゴニュートっていうドラゴンとヒューマンを混ぜたような種族。

 何でだろう、あの人を見ていると気持ち悪い。……怖いって感じが強いかも。


「ふっふっふ、そこそこ楽しめそうではないですか。そちらの男の方、死ぬ前の神への祈りは捧げましたかねえ」

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