第4話 ジョブ、ステータス、チョロイン


 ケリオスさんが家に泊った次の日。

 彼が部屋から出て来て食事をとったのはお昼頃だった。


 目が覚めていたのはきっともっと早い。だって部屋の前を通った時、すすり泣くような声で「夢じゃなかったのか」だとか「早く夢なら覚めてくれ」などなど、帰れない現実を受け入れたくない気持ちから出る言葉が聞こえてきたから。


 私もママが死んじゃった時はそうだった。

 すごく悲しいことが起きた後は誰だって夢か何かと思いたくなるんだと思う。でも時間が経てば、これは現実なんだって受け入れられる日が来る。だって私もそうだったから。


「ごちそうさま。バニアの料理、とっても美味しかったよ」


 家の中だから銀の鎧を脱いでインナーシャツ一枚のケリオスさん。

 目の前で彼は笑いながらそう言ってくれた。でもその笑顔がどこか悲し気で、無理して笑っているんだって私でも分かる。

 なんとか心から笑ってくれるようにしたいな。


「そういえばケリオスさんってドラゴンに乗ってましたよね。乗れるってことはライダーのジョブなんですか?」


「確かにそうだけど……待ってくれ、ジョブが分かるのか?」


 この世界にはジョブって呼ばれてるものがある。

 ママが生きていた頃、自分に何の才能があるか分かる神様の贈り物だと言っていた。基本的にジョブ以外の職に就くのは推奨されていない。そもそもそういった人が稀だ。誰だって自分の一番の才能で勝負したいだろうから。


「分かりますよ。王都の神殿に行けば、自分の能力だとかスキルだとかを調べて紙に書いてくれるんです。私はまだ行ったことないから分からないんですけど」


 早いと私ぐらいの年になったら調べてもらうらしいけど、私は調べなくてもここで生活出来ているし今さら才能なんて気にしない。この森にある木の実とか珍しい石を集めればお店で売れる。ママもここに来てからはそうやって生活していたらしい。


 それに能力を調べるのにはお金がかかる。

 はっきり言っちゃうと、生活は出来ているけどお金に余裕はない。


「確かエルバニアの神殿にそんなシステムもあったような……。ステータス表記を出せば一発で分かるんだからいらない要素だって言われてたっけ……」


 小声で何やら呟いているケリオスさんは何か考えているみたい。

 私としては〈しすてむ〉とか〈すてーたす〉について教えてほしいんだけど。教えてくれるのかなあ、未だに会話に支障が出るし私も知った方がいいと思うんだよなあ。


「ステータス」


 そうケリオスさんが呟くと、またしてもあの青くて透けている不思議な板が空中に出現した。

 きっと魔法の一種だと思うけど、どういう魔法なんだろう。


「バニア、ちょっとこっちに来てこれを見てくれないか?」


 呼ばれたので椅子から下り、ケリオスさんの隣へと歩み寄る。

 青くて透けている不思議な板に書いてある文字が読める距離だ。私はせっかくなので肩を彼の体に密着させて覗き込む。



 【名 前】 ケリオス

 【レベル】 99

 【ジョブ】 ライダー

 【熟練度】 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 【生命力】 720/720

 【魔法力】 435/435

 【攻撃力】 441

 【守備力】 415

 【聡明力】 270

 【抵抗力】 390

 【行動力】 584

 【ラック】 525


 【持ちドラ】 クリスタ(クリスタルドラゴン)


 【アイテムボックス】



 どこかで見たことがある。そうだ、私これ知ってる。

 神殿で書いてくれる能力紙のうりょくしだ。つまりこれって、本来なら有料のものを無料で見れるってこと!?


「これが神殿で書かれる紙の内容ですよ! ケリオスさんは凄いです! たぶんケリオスさん以外にこんなこと出来ませんよ!」


「そんなことは……いや、そうかもな」


 また少し悲しそうな顔になっちゃった。褒めたのに。

 私の褒め方が悪かったのかなあ。


「ああっとそれよりバニア。ここに表示されている文字は読めるし、意味も分かるか? その神殿でくれる紙ってのと一緒か?」


「うん、たぶん同じだよ」


 名前は自分の本名。

 レベルはその数字の分だけ強くなった証。

 ジョブは自分が一番持っている才能。

 熟練度は十段階で、どれだけジョブの力を引き出せているか。


 生命力は生きる力。なくなると死んじゃう。

 魔法力は魔法やスキルを使うために必要なエネルギー。

 攻撃力は筋肉とか力の強さ。物理攻撃やスキルの威力に関係する。

 守備力は体の頑丈さ。

 聡明力は魔法の威力に関係する。一説によると頭の良さらしい。

 抵抗力は高ければ高いほど魔法に対して強くなる。

 行動力は足の速さ。

 ラックは運のよさ。金運とか恋愛運もこれに左右される。


 持ちドラは自分が契約しているドラゴンの名前。

 アイテムボックスは……アイテムボックス?


「あのすみません。このアイテムボックスっていうのは知らないです」


「そうか、こればっかりはプレイヤーのためのものだからな。でもだいたいは一致していると見ていいか。ああそうだ、バニアもちょっとステータスって言ってみてくれないか?」


「え、私もですか!? えーっと、じゃあいきますよお。ステータス!」


 これで私も魔法使いに……なーんて思っていた時期もありました。

 出ません。なーんにも出ません。青くて透けている不思議な板はどーこにも出て来ません。あっれれー、おっかしいぞー? 私は魔法使いになれないのかなー?


 数秒が経過した。静かな時間が流れた。

 なんだか悲しくて目がウルウルしてきた。涙零れそう。ママが心配しないように泣かないって決めたのにこんなことで……。


「あー泣かないで泣かないで。うーん、ただ言葉にするだけじゃダメなのか。いやそうだ、バニア、今度はちゃんと出したいって思いながらもう一回言ってみて」


「……うん。……じゃあ、言うね。……ステータス!」



 【名 前】 バニア

 【レベル】 1

 【ジョブ】 ガーディアン

 【熟練度】 ☆


 【生命力】 12/12

 【魔法力】 6/6

 【攻撃力】 4

 【守備力】 6

 【聡明力】 5

 【抵抗力】 6

 【行動力】 4

 【ラック】 3


 【持ちドラ】 なし



「うわあああい! 出たあああああ!」


 嬉しい、これで私も魔法使いの仲間入りだよね。

 自分の能力の弱さは置いといて、今はこのステータスの板を出せたことがすっごく嬉しい。本当によく出来たよ私。


 あ、でもジョブがライダーじゃない。これじゃあドラゴンに乗れないや。それだけはショックかな。

 ケリオスさんが「どれどれ」と言って覗き込んで来る。

 ちょっと顔が近くなって恥ずかしい。熱いから赤くなってるんだろうなあ。


「典型的なレベル1のステータスって感じか。でも、ジョブ……ガーディアン。これはソシアルナイトとビショップをマスターしないとなれない上級職のはずだけど、レベルが1じゃ戦闘もしていないから熟練度はマスター出来ないはず。こういうこともあるのか……となると、まさか最初から超級職なんて奴もいるんじゃ……」


「あ、あの……ち、近いです……」


「ああすまない! つい考えるのに夢中になっちゃって配慮が出来なかったよ」


 むしろ配慮を忘れてくれてありがとうございます。

 顔が近いだけでこんなに胸がドキドキするなんて、やっぱり私ってケリオスさんのこと好きなのかなあ。そりゃあ顔はカッコいいし、立派で素敵なドラゴンと契約してるし、体は強いけど心は弱いのがグッと来るし、美味しい料理をポンと出してくれるし……いやこれ完全に好きだよね。

 ちょっと考えただけでケリオスさんについて色々出て来ちゃうんだもん。間違いない、これが恋だ。私は今、恋をしているんだ。


「大丈夫? 顔が赤いけど、熱でも」


「だああだだだ、大丈夫でひゅ! 気にひないでふらひゃい!」


「本当に大丈夫なの……?」


 大丈夫じゃないです。顔が赤いし熱いです。

 心配かけたくはないしとりあえず首を縦に振っておいた。


「……一つ訊きたいんだけどいいかな。ジョブの変更ってしたことある?」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 ジョブは神様がくれた才能のようなもの。それを変えることなんて出来やしないと思うし、やったらいけないんだと思う。神への冒涜ってやつかも。


「ないです。多分みんな出来ないですよ」


「ジョブ変更が出来ない……。そうか、プレイヤーはあくまで特別な存在だったってことかもしれないな。考えてみれば運営が神みたいなもんだし、おかしな話じゃないかも」


「あの、あんまりジョブの変更とか言わない方がいいですよ。王都で聞いた話なんですけど、最近は犯罪者で異端者なんて呼ばれている人達が増えてて、中には多くの人を殺すような人もいるらしいんです。もし間違われたりしたら……」


 ケリオスさんが犯罪者なわけがない。わけがないけど、誤解されでもしたら私なんかじゃ庇えない。庇ったところで一緒に死刑にされちゃうかもしれない。それが分かっていても、他に方法がないならたぶん庇って死刑になっちゃうな。


「うん、気をつける。バニアに迷惑はかけたくないからね」


 優しく笑った姿を見て胸が高鳴る。鼓動がうるさい。

 もしや私は噂でしか聞いたことないけどチョロインという女なのでは。

 チョロイン。不思議な言葉を誰が広めたのか分からないけど、すぐ男の人のことを好きになっちゃう女の人のことを言うらしい。


 違うと思いたい、いや絶対に違う。

 もしもそんな女ならよく行くお店のおじさんとかを好きになっちゃうはず。私はリンゴを売ってくれているお店のおじさんを好きにはなっていない。つまり私はチョロインじゃない。

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