第261話 師弟の力
ロイズは覚えている。サイデモンは〈浮遊曲剣〉を操作して戦うよりも、自分で剣を振るった方が強い。かつてのバラティアを襲撃した際に本人が告げたことだ。つまり〈浮遊曲剣〉を手に持った今からが、彼にとっての全力と言っても過言ではない。
警戒していたロイズの視界でサイデモンの姿がブレる。
残像すら見える彼の動きを見極めようと集中して、振られた大剣を槍の
「速い……重い……!」
「苦しいでしょう。もう、楽になったらいかがです?」
「貴様や悪魔王を仕留めたら休むさ! いくらでも!」
徐々に武器の押し合いで負けて大剣が近付く。
もう攻撃の重さで勝つのは無理だと悟ったロイズは、斬撃を喰らう前に強引に受け流す。そうしてやり過ごしたら受け流した勢いに乗り、一回転して魔剣を振るう。勢いのいい斬撃は残念ながら大剣で受け止められてしまったものの、衝撃でサイデモンを軽く吹き飛ばす。
そこからは息もつかせない程の激戦を繰り広げた。
ロイズの猛攻をサイデモンが凌ぎ、逆に彼の素早い剣技をロイズが防ぐ。
二つの武器を持つことで手数が増えたのはいいのだが、彼はロイズが一つの動作をすると二つの動作をしてくる。
自力が違うのだ。特に素早さのレベルが違う。
一番自信のあった腕力は互角程度だが脚力は完全に負けている。
重そうな大剣を持ちつつロイズの二倍近い速度で彼は動くのだ。
そんな格上の相手に一歩も引かず戦えているのは、今までの経験と技術のおかげと言っていい。小手先の技も含めてフル活用することで、対等と言える程度に渡り合えていた。
神経を目前の敵に集中させているため他のことを気にする余裕はない。
仲間も襲われているだろうが大丈夫だと信じるしかない。今はロイズが目前の憎き仇を討ち取ることこそ最優先事項。復讐のためでもあるが、仲間の救援に一刻も早く向かうためにも勝利する必要がある。
「魔剣マガツウル、能力解放!」
――だから切り札を使うことにした。
魔剣マガツウルに秘められた力は、接触対象の生命エネルギーを持ち主の力に変えるもの。
ロイズ自身の生命エネルギーで強化するなら、既に〈メイオラ闘法〉で行っているが効果が違う。魔剣が秘める能力は〈メイオラ闘法〉を遥かに上回る。仮にロイズの全生命エネルギーを自己強化に回せば、短時間でサイデモンに勝利出来るだろう。しかし今回使用するのは自分の生命エネルギーではない。
「師よ、共に、戦いましょう」
――使用するのは既に魔剣内に溜め込まれていたナディンの生命エネルギー。
なぜナディンの生命エネルギーが魔剣内にあるのかは、今朝魔剣を手にした経緯に関係している。師は自らの体に魔剣を刺して自殺した。自らの生命エネルギーを丸ごと宿した魔剣をロイズに託したのだ。
全てはサイデモンを、その背後に潜む悪魔王を討伐するために。
「ほう、マガツウルの能力を使いましたか。命を消費するその魔剣の力を」
「余裕なのも今のうちだけだ。私と師の力が合わさった今、貴様は勝てん」
「……まさか、ナディン・クリオウネの生命エネルギーが入っていたのですか? そんなバカな、せっかく悪魔として蘇生させてあげたというのに、なぜ自ら死ぬようなバカな真似を。いいえ、きっとあなたが彼のエネルギーを強引に吸い取ったのですね」
「思い違いも甚だしい。師も、私も、貴様等を殺したい心は同じ! 貴様がどんな目的で師を蘇生させたにせよ、貴様自身の手で敵へ援助してしまったのだ! 観念してもらうぞ、サイデモン・キルシュタイン!」
魔剣マガツウルによる自己強化は一時的なもの。効果は数分と短い。
短時間だが……十分だ。
今のロイズは〈メイオラ闘法〉と魔剣マガツウルの能力が合わさり、先程までの何倍もの力で戦える。
尋常ではない強さを手に入れられるのに、なぜ今に至るまで使用しなかったかといえば躊躇していたからだ。生命エネルギーは使い切り。儚くも一度使えば消えてしまう。未使用でサイデモンを倒し、悪魔王戦まで温存出来るならそうしたかったのである。
しかしいくら温存が大事でも、窮地で使う以上のタイミングがあるだろうか。
師の想いと力を体で受け取ったロイズは再び猛攻を仕掛ける。
想像通り、ロイズの身体能力が途轍もなく強化されていた。
あのサイデモンが防戦一方で今にも勝利を掴めそうな流れだ。
「うっ、まさかこれ程の力を得るとは……! 計算外でしたよ!」
大剣で大振りな攻撃を仕掛けてきたのでロイズも力一杯迎え撃つ。
突き出した槍はサイデモンの大剣を弾き飛ばし、彼に隙を作る。
慎重だった男にやっと生まれた隙をロイズは無駄にしない。
「反省も懺悔もいらん。私と、師と、そして貴様に殺された罪なき人々の想いを思い知れええええええ!」
必死に振るった魔剣マガツウルがサイデモンの右肩へ直撃。そのまま血肉や骨を切り裂きつつ下へと進み、腹部付近で方向を左に変えて刃が体外へ出る。彼の体は見事に切断されて、上半身が石畳へと落ちた。
「……バカな、この私が……やられたというのですか。ありえ、ない」
憎き悪魔の体が黒く染まり、塵と化していく。
ここに復讐は完了した。嬉しかったり空しかったりと本来なら何かしら思うのだろうが、さすがに殺してすぐには感情が追いつかない。殺したと頭では理解出来ていても、現実味がなくて呆けてしまう。
「……やった、のか? 私は、やれたのか?」
息を乱して立ち尽くしたまま色々と考え、頭の中を整理して現実を呑み込む。
サイデモン・キルシュタインへの復讐は終わったのだと再認識する。
「やった、やったんだな。私は、勝った。勝ったんだな」
改めて認識すると心の達成感に気付き、涙が零れてきた。
随分と遅れたが嬉しさが心の底から込み上げてきた。
「師よ、殺されたバラティアの民達よ、黄泉で見てくれていますか? ついに、ついに復讐は終わりました。これからは安らかにお眠りください。悪魔王も討伐した
バラティアに戻る前に悪魔王の討伐。その前に仲間の援護。
大きな目標を達成して清々しい気分だが感動を噛みしめる時間はない。
「さて、早くエビル達のもとに向かわなければな。まずはリンシャンか」
サイデモンが死んだ今、彼が操る〈浮遊曲剣〉は停止しているはずだ。しかし彼だけが襲撃しに来たと決めつけるのは良くない。彼以外の何者かと戦闘中かもしれないし、戦闘が終わっても重傷で動けないかもしれない。一先ず自他共に治療出来るリンシャンの様子を見に行くと決める。
そう考えを纏めて歩き出そうとした時――近くで生命反応を感知した。
復讐を終えて気が抜けていたからか感知してからの動きは遅れた。
高速接近してきた何者かが既に背後にいる。対応は追いつかない。
振り返ろうと体を動かす瞬間、素早い斬撃がロイズの背中を深く切り裂く。
赤い鮮血を撒き散らす傷口の痛みが酷い。僅かに意識が飛んでしまったロイズの両膝は石畳に付き、意識が復活してから倒れる体を両手で支える。石畳に両手両足を付く姿を無様だと思いつつ、ゆっくりと首を曲げて敵を視界に入れた。
敵を見てすぐ、ロイズの表情は絶望一色に染まる。
「――その顔です。私が求めていたのは、幸福から絶望へと叩き落とされたようなその顔なのですよ」
後方にいたのは殺したはずのサイデモン・キルシュタインであった。
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