第260話 リンシャン奮闘


「……前言撤回しましょう」


 木々で居場所が分からないがサイデモンの声がする。


「まさか森を作ってしまうとは驚きました。多くの障害物を作って自分の身を守りたい、といったところでしょうか。まあ、無駄ですがね。木を生やしたところで全て斬ってしまえばいいだけの話ですから」


 障害物となる木々のおかげでリンシャンは敵の視界から隠れられた。同じくリンシャンの視界にも敵は映らないが、大まかになら居場所を特定出来る。生命反応を感知する〈メイオラ闘法〉や、何もかもを風として感じ取る風の秘術のようにはピンポイントで分からない。ただ、林の秘術は木々の状態を細かく感じ取ることが出来る。サイデモンは木を斬ると言ったがそれこそ自分の居場所をバラす行為だ。


 最初に斬られた木の傍にこそサイデモンはいる。

 彼は〈浮遊曲剣〉を飛ばして攻撃してくるだろう。その場合、彼は現在の位置から動かない可能性が高い。大まかな居場所が分かった際、その場所に無差別攻撃を行う考えだ。可能なら最初の奇襲で倒したいが、もし倒せなければ勝率はグンと下がるだろう。


「さあ、邪魔なものには消えてもらいましょう」


 ――森の木が一本切断された。


 最初の一本が斬られてから急速に木々が斬られていく。

 サイデモンの方にはリンシャンの位置が分からないから攻撃は無差別だ。しかし斬られた木々から〈浮遊曲剣〉の行く先は分かる。進行方向が予測出来るならどんなに速い攻撃も対処しやすい。飛来した大剣をリンシャンは屈んで躱した。


 短時間で数十本の木々が切断されて、見晴らしがよくなりつつある。このままでは森の木々全てが切り株になってしまう。せっかくの障害物が役目を果たさなくなる前に、再生させて元の立派な姿へと戻す。


「なんという高速再生……! 意外と厄介ですが、所詮は脆い壁にすぎません」


 リンシャンは意識を集中させて遠くの木々を操作する。

 先程一番早く切断された木の方向へと手を翳し、サイデモンいるだろう場所に広範囲攻撃を行う。視界には映らないが、木から木を繋ぐように尖形の木塊が伸びているはずだ。慣れない操作だが出来ていなければ困る。


 秘術が関与した木の硬度は鋼鉄以上の硬度を誇る。

 尖形の木塊を高速で突き出せば、いかに上級悪魔といえども体を貫ける。

 敵を貫いた時は木に伝わる微細な変化で感じ取れるため――今感じ取れた。


「過小評価していたようですね、あなたを」


 ――背後からサイデモンの声が聞こえた。

 身を震わせる恐怖もあって素早く振り返り様に距離を取る。


 背後にいたのはやはりサイデモンだ。奇襲が失敗したわけではなく、彼の肩や腹部に貫通した傷があり黒に近い緑の血液が零れている。どれほど彼の動きに影響するかは不明だが見るからにダメージは大きい。


「全く警戒していなかったあなたが私を傷付けるとは計算外ですよ」


「か弱い小動物も肉食獣に一矢報いるくらい出来ます」


「身をもって知りましたよ。末恐ろしい潜在能力を秘めていますね、あなたは」


 リンシャンは容易く追い詰められてしまった。

 素手だと戦えない上級悪魔だとしたら滑稽極まりない。手元に武器がなくても、手負いでも、少なくともリンシャン一人を殺す強さはあるだろう。接近戦が苦手ならわざわざサイデモンから近付いては来ない。


 緊張で心臓の鼓動が早くなり、顔が強張る。

 自分の両足が僅かに震えているのに気付く。


 恐ろしい相手だ。孤立状態で会えば震えてしまうのも仕方ない。

 体が震えていても、頭だけは冷静に動かす。対抗策を考え続ける。

 どんなに窮地に立たされてもこの勝負、諦めるわけにはいかないのだ。




 * * *



 サイデモン・キルシュタインと接近戦を繰り広げるレミは違和感を抱く。

 斬撃が左腕に掠って血が滲み、違和感が強くなる。

 気のせいかもしれない。仮に事実だとしたら理由が分からない。

 違和感は一つ。――サイデモンに手加減されている気がするのだ。


 今の斬撃もそうだ。掠る程度に抑えられたが、レミは目前の男ならもっと深く傷付けられたと思っている。他の攻撃も、回避行動も、彼の動き全てが何かを調整しているようで気味が悪い。正直なところ、本当に手加減されているなら今のうちに撃破したいがそれは不可能。レミの体力は既に雀の涙。動きが鈍く、秘術を使うのも一苦労。ミーニャマ戦での疲労が尾を引く状態で、サイデモン程の実力者を相手取るのは厳しい。


 目に見えないため判断出来ないがミーニャマ戦での疲労はレミが一番だと思う。

 秘術を多用したり、近接格闘という自分の戦闘スタイルも関係あるだろうが、疲労の原因として多くの割合を占めるのは〈紋章融合〉だ。使用直後は感じなかったが、時間経過につれて異常な疲れを感じた。


「はあっ、はあっ、アンタ……ふざけてんの?」


「おや、何のお話でしょうかねえ」


「殺さない、はあっ、ように、はあっ、してんでしょうが!」


「なぜそう思われたのか謎ですねえ。私は驚いています。まさか疲れている状態で私と戦い、こうも互角の戦闘を繰り広げるとは思いませんでしたよ。火の秘術使い、セイエンといいあなたといい、非常に素晴らしい力をお持ちのようだ」


 本当は手加減などしていないのかレミには真実が分からない。

 十分な距離を取ってから試しに立ち止まり、動きの読み合いとは名ばかりの睨み合いを始める。体を休めることだけ考えているレミに対して、サイデモンは何もしてこない。動きを警戒する素振りこそ見せているがそれだけだ。


 互いに体を休めるだけの棒立ち状態が続く。

 おそらく仲間は必死に戦っているのにレミとサイデモンは動かない。

 レミは前方に立ち続ける敵に不気味さを感じた。




 * * *




 剣と槍を持つロイズは〈浮遊曲剣〉の攻撃を防ぎ続けていた。

 サイデモン・キルシュタインという憎き敵との距離は徐々に近付いている。


 敵は大剣一本だがロイズは剣と槍が一本ずつ。両手に武器を持つことで攻撃や防御の幅が広がり、飛来する大剣を防ぐのが多少楽に感じる。以前は全く歯が立たなかった相手との距離が少しずつ縮む。二つの武器に〈メイオラ闘法〉、そして今までに習得した技術全てを用いて、復讐完遂への道を進んでいるのだ。


 ――しかし、体力の残量が心許ない。


 長期戦は不利になるだけと悟り、ロイズは戦い方を切り替える。

 傷を負わないようにする慎重なものから、大胆に動く攻めの戦い方へと。


 音よりも速く飛来する大剣を防御しつつ確実に前に進む。

 後ろにだけは下がらず、躱すにしても左右と決めた。

 敵から遠ざかる選択肢を徹底的に省く。

 掠る程度ならそもそも躱さずに前へと走る。

 ダメージを受けてでも攻撃のために近付くのは正に攻撃特化の戦法。


「はあああああああああああああ!」


 気合いを込めて叫びながらロイズは自身の間合いに敵を入れた。

 槍でも、剣でも、攻撃が届く距離だ。

 武器を二種類持つせいで二択を迫られるが迷わず剣を突き出す。


 サイデモンを死に至らしめるのは神性エネルギーを宿す攻撃のみ。

 今のロイズの手持ちでは、赤のラインが剣身全体に広がっている禍々しい剣一本が頼みの綱だ。魔剣マガツウルこそ復讐完遂への希望。片手に持つ槍も隙があれば攻撃に使うが、基本的には防御で使うつもりだ。


 迷いなく突き出した剣での刺突は残念なことに通用しない。

 敵の魔剣である大剣が割り込み、壁となることで防いだのだ。

 防御した大剣が回転斬りを仕掛けてきたので、ロイズは真横に跳躍して躱す。


「ふふふふふ、素晴らしい。ロイズ・ヴェルセイユ。もはやあなたは、人間だった頃のナディン・クリオウネを超えていますね。悪魔化した彼にも勝ったのでしょう? その剣は魔剣マガツウル。私が彼に贈った品ですからねえ。持っているということは彼を打破したということ」


「貴様が与えた物だったのか。戦いが終わった後で捨てておくとしよう」


「面白くなってきましたよ。さあ、ここからは剣士としてお相手しましょう」


 大剣を手で掴んだサイデモンが笑みを深めた。

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