第259話 足手纏いにはなりたくないですから


 ギルド本部の土地、北西地点。

 突如出現したサイデモン・キルシュタインという男とクレイアは戦っていた。


 大剣を手にしたサイデモンが斬りかかるのを、クレイアは両腕に纏わせた土塊を盾にして防ぐ。バトオナ族が扱う〈メイオラ闘法〉で生命エネルギーを流して強化した土塊は硬い。ダグラスの〈糸鋼剣しこうけん〉は剣の特性のせいで防げなかったが、ただ浮くだけの大剣程度防ぐのは容易だ。


 盾として強力な土塊は武器としても使える。

 鋼鉄以上の硬度を誇る土塊を纏う両腕で連打を放つ。

 必死の連打は全て躱されてしまい、動きが速すぎて見失う。


「こちらですよ」


 声を聞いたクレイアは振り返り様に殴打を放つが当たらない。

 攻撃して出来てしまった隙を突かれたクレイアは脇腹を斬られる。それから高速移動しつつ斬りかかってくるサイデモンの猛攻に傷が増えていく。鋼より硬い肉体でもお構いなしで斬れるのは、彼の技量の高さを意味しているのだろう。


「う、ああ!」


 目で追えない速度で動き回る彼に抵抗するため、クレイアはとある技を使用する。

 足元にある石畳の下で土を圧縮し、己を囲むように円状で下から噴射させた。

 咄嗟に思い付いた技だが思いのほか強力で敵を引かせることに成功した。


「面白いですねえ。土を高速、高圧、高密度で噴射するとは。あと少し引くのが遅ければ体が真っ二つになっていたかもしれませんねえ。……おっと、髭が切れてしまいましたか。バランスが悪くなりましたね」


 距離を取られたら接近戦の人間は戦いづらいだろうがクレイアは関係ない。

 サイデモンの周りにある石畳下の土を操り、獣の爪のように尖らせた複数の土を向かわせる。人体を貫通する鋭さを持つ尖った土で囲まれた彼に逃げ場はない。複数の尖った土で貫かれる――かと思いきや土は全て切り刻まれて崩れ落ちる。


「ふふ、段々分かってきましたよ。硬い土と脆い土。あなたが生命エネルギーを流すと土は硬くなるようだ。しかし、生命エネルギーを他の物体に与えるなど、無暗に使えば自分の身を滅ぼす。あなたが腕に纏う土がいつまでも硬いのは、体の一部として生命エネルギーを循環させているといったところですか」


「次……!」


 攻撃を防がれたクレイアは次の技に移る。

 サイデモンの足元の石畳と土を細かく変化させて砂にした。

 一時的に流砂を作り出した場所で彼は沈んでいく。


 砂の操作を続けながらクレイアは土の弾丸を作り出す。

 固めて、回転を掛けた〈土弾丸〉はかなりの破壊力。一度特訓の模擬戦でレミ相手に使用したことがあるのだが、彼女の手の骨を折ってしまったのだ。特訓で一々骨折しても痛いので〈土弾丸〉は使用禁止になった。


 腰まで砂に沈んだサイデモンに〈土弾丸〉が向かう。

 身動きを取れない彼は回避不可能。顔面に直撃する……と思ったが彼は持っていた大剣を手放し、大剣を操作することで〈土弾丸〉を破壊した。さらに大剣を砂の下に潜り込ませて彼自身を持ち上げさせた。浮遊する大剣に乗る彼は砂のない場所に降り立つ。


「面白い技ですが、その程度で私を倒せるおつもりですか?」


 別に倒せるとは思っていない。あわよくば、と希望はあったがその程度だ。

 可能なら倒せてしまうのが一番だが足止めさえ出来ればよかった。


 今の状況、クレイアはリンシャンを心配している。そこらの人間より彼女は強いが敵はクレイアが手こずるレベル。他の仲間はともかく、彼女が一人で戦うには難敵すぎる。早く援護に行かなければ殺されてしまう。


「位置、確認」


 クレイアは真下の地面を塔のように盛り上がらせ、高所に移動する。

 仲間の居場所を確認するためにギルド本部の土地を見下ろす。

 自分がギルド本部の土地の北西。北東にレミ。最東端にエビル。最南端にロイズ。中央にリンシャン。目的の人物を見つけた瞬間、塔のように伸びた地面が崩れ去った。サイデモンの仕業だ。


「お仲間が心配ですか? 安心なさい。全員黄泉でまた会えますよ」


「お前、邪魔」


 クレイアは両腕の土塊を糸のような細さにして地面と繋ぐ。

 山の秘術は自身の体、操作中のものが触れている鉱物しか操れない。空中は不利だが、事前に体に纏わせた土塊の形状を変えて地に付ければ地面を操作出来る。この方法は特訓期間中にリンシャンが思い付いて教えてくれた。


 故郷を離れてからはみんながクレイアの力となってくれた。

 優しい仲間達を失わないためにクレイアは必死になって戦う。


 敵を逃がさないよう広範囲を山のように盛り上げ、サイデモンを打ち上げる。さらに即席で誕生した山に棘を作り剣山のようにした。浮遊して避けるかもしれないが、棘は土塊なのでいくらでも伸ばせる。


「……リンシャン」


 一番身が危ないだろう仲間のもとにクレイアは駆ける。


「行かせるわけないでしょう。あなた方は一人ずつ殺すと決めているのですから」


 走りつつ時々後方を確認すると、サイデモンが大剣に乗って飛んで来ていた。

 土山の棘を伸ばしても躱されたり斬られたりして対処される。

 彼の大剣が移動する速度は落ちず、グングン距離を詰めてくる。

 追いつかれないことを願いながらクレイアは力走した。



 * * *



 ギルド本部の土地、中央地点。

 リンシャンはサイデモンの飛行する大剣による攻撃を紙一重で躱す。

 時には躱しきれずに裂傷を生むこともあった。しかし林の秘術の回復技で傷を塞いだので今のところ傷はない。……無傷とはいえ、呼吸も乱れて動きも鈍くなっている。例え万全の状態でも同じだがサイデモンに勝てる可能性は限りなく低い。


「傷を癒やす力は素晴らしいですがそれだけですね。身体能力は鍛えた一般人程度。便利な秘術がなければそこらで生活する魔物にも後れを取りそうです。まあ、秘術があっても戦闘では足手纏い。精々即効性の薬草代わりといったところでしょう」


 また飛来した大剣を今度は躱しきれず、右の太ももが深く裂ける。

 赤い鮮血が噴出して、あまりの痛みに立っていられず転ぶ。

 薬草よりは役に立つ秘術で太ももの傷を塞ぐ。


「……分かっています。そんなこと、自分が一番分かっているんです」


 リンシャンだって自分が一番弱いことを理解している。

 理解したから努力もした。身体能力を鍛えるために筋力トレーニング、秘術の力を高めるために樹木操作を毎日欠かさず継続しておこなっている。エビル達の邪魔だけはしないようにと必死に努力しているのだ。その努力の成果をそろそろ発揮しなければいけない。


「だから必死に努力して、戦い方を考えましたよ。足手纏いにはなりたくないですから」


 リンシャンは立ち上がり、意識を地中へと集中させた。

 林の秘術は世界中に存在する樹木を操ることが出来る。木々の細胞一つから立派な大木へと成長させることも可能とし、形状変化も枯らすも自由自在。そして木々の細胞が死んでいたとしても操れる。事実上、樹木のみの限定的な蘇生すら可能なのだ。


 意識すれば、既に死した細胞一つからでも大規模な森を作り出せる。

 努力と思考の結果、リンシャンはそんな大技を会得している。


「こんな私でも、戦い方の工夫次第で生き延びられるのではないでしょうか。あなたに傷を作り、皆様が倒しやすいよう疲れさせることも出来るのではないでしょうか。これは私の、リンシャン・ノブレイアーツの足掻き。少々苦労してください」


 さすがにギルド本部の敷地内なので範囲は狭めているが森を発生させた。

 石畳の下の土中にある死した細胞から木々が復活して森となる。

 短時間で地形が変わった異常にサイデモンは髭を撫でつつ目を細めた。障害物がないか少ない場所ならともかく、障害物が多い森なら〈浮遊曲剣〉もサイデモンも速さを活かせない。


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