第258話 七魔将 知将 サイデモン・キルシュタイン
サイデモン・キルシュタイン。その名をエビルはよく知っている。
仲間であるロイズが旅に出るきっかけを作った男の名前。
シャドウの情報では七魔将の中でも二番目に強い悪魔。
「お前がサイデモン・キルシュタイン。バラティアの王都を滅ぼした悪魔か」
「ええ、よく知っていますね。詳しい自己紹介は必要ありませんでしたか」
「あのタイミングでの攻撃。ずっと僕達を見ていたと思ってもいいのかな?」
監視していたと考えない限り、ミーニャマとの戦闘後にタイミングよく攻撃するのは難しい。ただエビルの推測が当たっていたとしたら不自然な点がある。戦闘後といっても、リンシャンによる回復が終わり傷は既に癒えている。監視していたとして、なぜ回復させる間もなく攻めて来なかったのかは謎だ。
「ふふっ、ええ、その通り。ミーニャマとの戦闘後に襲撃するためにね。そして奇襲を仕掛け、仲間と分断するまでは成功したようです。今まであなた方が七魔将、ビン・バビンやダグラス・カマントバイアに勝てたのは、数の利があったからでしょう。一対一ならあなた方は七魔将に勝てない。こうしてあなたを孤立させたのは確実に仕留めるためです。全て計算ですよ」
「なるほど、よく考えられている」
確かに今まで七魔将に勝てたのは仲間との連携があったからこそ。
一対一で戦っていたら勝敗は読めない。
あくまでもしもの話だが敗北していた可能性もある。
ただ、現況で一番心配なのはサイデモンを倒せるかどうかではない。
エビルは孤立している。当然仲間達も、サイデモンの言う通りなら孤立状態。
一番心配なのは一人になってしまった仲間達。先程大剣が増えて攻撃してきたことから、仲間一人一人のもとに大剣が向かっているだろう。エビルと同じように襲われるはずだ。そうして襲われた時、一人で対処出来ず死なないかが心配なのだ。
仲間で特に心配なのがリンシャンである。
彼女は戦闘時に誰かの援護や回復をこなしていた。サポート役としての働きは見事だが、一人で戦うとなれば非常に厳しい戦いを強いられるだろう。エビル達の中で一番弱い彼女が立ち向かうには、サイデモンという男は強大すぎる。
不安を抱くエビルはギルド本部の敷地内にいるはずの仲間を秘術で捜索。
仲間達の位置を風として感じた時、信じられないことにサイデモンと同じ気配を風として四人分感じた。風として感じたものは絶対だ。最悪なことに、大剣と同じように増えたサイデモンが仲間達と相対している。
「まさかと思うけど、その大剣が増えたようにお前も増えているのか?」
「……驚きましたね。風の秘術とはそんなことまで分かるのですか。ええそうです、あなたの推測通り。私の魔術〈分身〉によって増えた私と魔剣が、あなた達一人一人と戦う作戦になっています。お喋りさえしなければ今頃お仲間は戦闘中だと思いますよ」
非常にマズい状況だ。
今、エビル達は全滅しかけている。
この不利な状況を脱するには誰かがサイデモンを打倒して、仲間の援護に向かわなければいけない。そしてそれは仲間の中で一番強いエビルの役目だ。まずはエビルが目前の敵を打倒しなければ危機が続く。
「さて、そろそろ私達も始めたいところですが、先にこちらの能力を開示しておきましょう。私の魔術は先程も言った〈分身〉。私が認識しているものを増やす効果を持ちます。こちらの大剣は魔剣〈浮遊曲剣〉と言い、宙に浮いて自由に動かせる程度の代物ですね」
自らの手札を暴露したサイデモンにエビルは困惑する。
「何でいきなり能力を明かす?」
「隠す程の能力でもないですし、既に見せてしまっていますからね」
「そうかい。まあいい、お前を倒してみんなのもとに行かせてもらう!」
エビルが駆け出すと同時、サイデモンの傍を回る大剣が回転しながら飛び出す。
大剣を剣で受け止めたエビルだが体勢が急に前のめりになってしまった。
あの〈浮遊曲剣〉という大剣のせいだ。普段なら相手の筋肉の動きなどを風で感じて予知に近い先読みが出来るが、武器だけと戦うなど初体験でまだ慣れない。大剣には当然筋肉がないから動き出すまでどう動くか見当もつかない。おまけに飛行するせいで動きの予測も難しすぎる。
「くっ!?」
回転しながら大剣が真横へと移動して再び斬りかかってくる。
重心が前にいったエビルは崩れた体勢のまま真横に剣を振るう。しかしさすがに十分な力を込められず、大剣に押し負けて吹き飛ばされた。地を転がるエビルはすぐに体勢を立て直し、銃弾のように飛来した大剣を弾き返す。
「力を込めすぎていると、あの剣から力が抜けた時にバランスが崩れる。見極めろ、いや感じろ……! あの剣が攻撃してくる瞬間、力が抜ける瞬間、移動する瞬間を感じ取れ! 全て感じ取って〈浮遊曲剣〉を攻略しろ!」
エビルは何度か大剣と攻防を繰り広げる。
攻防の最中、大剣に込められるエネルギーを注意深く感じ取った。
確かに武器には人間のように筋肉がなく動きが読めない。だが、サイデモンが操作しているとなれば話が違う。操作に必要なエネルギーの強弱、流れる方向、それらを感じ取れば大剣の動きを読めるようになる。
風の秘術の全てを感じ取る力により、エビルは短時間で〈浮遊曲剣〉を攻略した。
「ほお、素晴らしいですねえ。〈浮遊曲剣〉の操作を完全に読まれている。いや、感じ取られている。風の秘術とは本当に素晴らしい能力ですねえ。……さすが甘く見すぎていました。一本では厳しいようだ」
完璧に〈浮遊曲剣〉との戦い方を覚えたエビルは、大剣の上下前後左右と自由な動きを完全把握する。
攻撃を躱し、受け流し、時には弾いてサイデモンとの距離を詰めていく。
二人の距離が縮むのは徐々に徐々にと非常にゆっくりだ。
目前の男、おそらく分身体であろう彼の撃破後を考えているエビルは徹底的に負傷を避ける。ただでさえ体力が残り僅かなので本調子の身体能力を発揮出来ないのだ。最多であと四人も同一人物を撃破するのだから、負傷して動きがさらに鈍るなんてことがあってはならない。
徐々に距離を詰めていくエビルの間合いにサイデモンが入る。
斬撃が届くと認識したエビルは大剣を〈
邪魔な武器が戻って来るまで約一秒。
その僅かな時間で敵にダメージを与えなければならない。
剣を振るおうとしてエビルは奇妙なことに気付く。
サイデモンにとっては危機的状況のはずなのに恐れがない。
計算高い彼の策を打ち破ろうとしているのに焦りがない。
何かが妙だ。分身体を殺してもダメージが本体に反映されないからだとしても、ここまで心が穏やかなのは異常だ。波が立たない湖のように静かな彼の心には動揺一つすらない。
彼の精神状態や計算高さから導き出される一つの答えは――罠。
「勘付きましたか」
エビルが警戒しているとサイデモンが動き出す。
今まで地面から足を動かしていなかった彼が突然、大剣を振るう。
「二本目……!」
驚愕しつつエビルは二本目の〈浮遊曲剣〉を受け止める。
威力も速度も超一流剣士と遜色ない。操作して大剣を飛ばす攻撃よりも、サイデモン自身に剣を振るわれた方が厄介だ。普段通りの本調子ならともかく、疲労が溜まるエビルでは剣戟で押し負けてしまう。
攻撃を受け止めているエビルに、もう一本の〈浮遊曲剣〉が迫る。
何とか攻撃を受け流し、猛スピードで迫る大剣に斬られる前に後方へ下がった。
飛来した大剣は勢いを落としてサイデモンの周囲を回り出す。
「言い忘れましたが一つの対象に発動出来る〈分身〉の限界は五つ。あなたを強者と認め、特別に剣二本でお相手させてもらいます。さすがのあなたも疲れている状態では対処しようがないでしょう」
「五つまで分身出来る? じゃあ、お前自身の六人目はどこにいる?」
現在確認しているのは目前の一人、仲間と対峙している四人。計五人。
増える限界が五人ならおそらく六人目が潜んでいるに違いない。
「ミーニャマを始末しに向かっていますよ。裏切り者を罰するのは組織の
嘘の風を感じた。
「くだらない嘘は止めた方がいい。僕に嘘は通用しない」
「おやおや、納得してくださらないのなら、ご自分でお考えくださいとしか言えませんな。もっとも余計な思考に気を取られていたら死にますがね。お仲間より先に死にたくなければ戦闘に集中した方がいいですよ。殺す順番はあなたが最後と決めていますので、あっさり死なないでくださいね」
確かに、今のエビルに目前の敵以外を考える余裕はないかもしれない。
今の体調では〈浮遊曲剣〉一本でも厳しいのに、さらにサイデモン本人まで攻撃してくるとなれば戦況は悪化する。仮に〈浮遊曲剣〉六本とサイデモン六人を相手にすると考えたら恐ろしい。万全の状態で戦ったとしても酷い苦戦になるのは間違いない。そう考えると現況がマシなものに思える。
全力で戦える時間は残り数分。
猶予はない。焦燥に駆られたエビルは突破口を探す。
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