第257話 計算


 風に乗る想いは届いただろうかとエビルは不安になる。

 体長五メートル程の巨大な生物は停止したままだ。


 じっくり様子を見ていると仲間達が起き上がった。仲間達は停止している巨大生物、ミーニャマを見据えながら覚束ない足取りでエビルの方へ歩いてくる。リンシャンの林の秘術により全員の傷は瞬く間に治っていく。


「ミーニャマはどうなったの?」


「……分からない。ただ一つ言えるのは、彼女がまた暴れ出したら僕達に勝ち目はないってことだよ」


 エビルは右手の甲にある紋章を見つめる。

 二つの紋章が刻まれていた風火紋は既になく、元の風紋だけになっていた。


 まだ風火紋を発動したのは二度目なので不明なことが多い。強力な分だけ疲労感も強い。効果切れが早いので維持は一戦が限度。使うにしても、本当に追い詰められた時に切り札として使うのがベストだろう。


 風火紋について考えているとミーニャマに変化が起きた。

 長く尖った両耳。六本の黒い尻尾。赤の斑点が浮かび上がった体。悍ましいものであった肉体は縮んでいき、元の猫耳と尻尾が生えた人型悪魔へと戻る。膨大すぎた殺意は急速に弱まっていく。


 ダグラスの遺言と想いは上手く伝わったのだと悟る。

 別にダグラスが託したものを利用したわけではない。止まるなんて考えはなかったし、伝えられずに死ぬくらいならと思って伝えたにすぎない。ただ、ミーニャマの暴走が止まったのは、タイミング的に想いが伝わったからではないかと思っただけだ。


 元の姿へ戻ったミーニャマの目はもう鋭くない。

 殺意、恨み、憎悪、怒り、様々な負の感情が消えたわけではないが戦意だけは消えていた。風の秘術で感じたものは絶対だ、誤魔化しようがない。

 もう彼女は戦う気がないということを理解出来る。


「……戦意が消えた。ミーニャマ、君は」


「勘違いしないでください。あなた達への殺意も敵意も十分残っています。ただ、ここであなた達を殺してしまえば私の夢が叶えられない気がする。……だから、しばらく考えます。あなた達を殺すか、見逃すか」


「夢ねえ、君に夢なんてあったんだ?」


 ミーニャマの隣にミヤマが並び立つ。

 瓜二つで見分けられないが、何も感じない方がミヤマだろう。


「実現するのは難しい子供染みた夢です。……この結末、計算通りですか?」


「まっさかあ。私の計算だと君はエビル君に倒される予定だったにゃん」


「はは、期待が大きいですね。言い訳に聞こえるかもしれませんが、神すら超えるミヤマさんの力を一部持つ彼女には勝てませんよ。風火紋も使ったのに倒すには至りませんでしたし」


 期待してくれるのは嬉しいが過度な期待は困る。

 紋章融合に成功した時は勝てると確信していたし、魔王戦の時より自力が上がったことで過去一番の戦闘力を発揮出来た。それでも調子に乗って戦った結果がこの様だ。リンシャンのおかげで体に傷はないものの、体力は限界に近い。回復を担当してくれたレミとリンシャンがいなければ今頃死んでいただろう。


「――いいや勝てたにゃん。三種類以上の紋章を融合すればね」


「三種類の……紋章融合……?」


 さらっと告げられた言葉にエビル達は目を丸くする。

 二種類の紋章を融合させることで頭がいっぱいだったというか、そもそも三種類以上を融合させる発想がなかった。仮に可能だとしたら風火紋を凌駕する力を扱えるはずだ。新たな目標として三種類以上の紋章融合を設定してもいいかもしれない。


「さあさあミーニャマ、君には悪いけど野放しには出来ないからね。一緒にギルド本部へ来てもらうにゃん。監視しているから下手なこと出来ないよ。ギルド本部で働いてもらうけど拒否権ないからね」


「覚悟しています。殺し以外なら何でもやりましょう」


「おおっ、じゃあ早速受付嬢になるにゃん! ミニスカートね!」


 もはや先程の殺伐とした空気は消えて普段通りに戻っている。

 和解してはいないが今のところ丸く収まったように思う。

 ギルド本部の方へと歩いて行く二人はまるで姉妹のようだった。


「戦意喪失はありがたいけどなーんか拍子抜けね」


「戦わなくて済むならこれでいいと思うよ」


「ええその通りですエビル様。私、ミーニャマさんとはもう戦いたくありませんよ」


「同感」


「悪魔とはいえ私も彼女を見逃そうと思う。彼女から攻撃してきたら戦うけれどね」


 当然エビルもロイズと同意見だしレミ達も同じだろう。

 ミーニャマがどんな選択をするのか不明だが、また戦闘を仕掛けてきたら迎え撃つしかない。その時も両勢力殺すつもりで戦う。……きっと今度は、死ぬまで戦い続ける。そんな戦いは望まないのでミーニャマにはこのまま引いてほしいものだ。


「みんな疲れたよね。僕達もギルドで休ませてもらおう」


 何はともあれ激闘は幕を閉じた。

 エビル達もギルド本部へと歩き出す。


 ギルド本部正門前までやって来たエビルは中に入ってすぐ足を止める。

 何かがおかしい。戦闘は終わったはずなのに嫌な予感がしてきた。

 レミ達も足を止めて心配の声を掛けてくるが頭に入って来ない。


 ――何かが近付いて来るのを風の秘術で感じ取った。


 前後や左右からではない。一瞬戸惑ったがエビルは「上だ! 避けて!」と叫ぶ。

 エビルの必死な叫びに反応してレミ達は上を向き、落下してくる何かを避けるために全員違う方向へステップを刻む。落下物の軌道から外れて円状の陣形を取ると同時、エビル達の中央に何かが墜落した。


 ――大剣だ。落ちてきた大剣が地面に突き刺さっている。


 見たことのない形状をしている不思議な大剣だった。

 剣身の途中までは直線だが、上から半分は二又になって曲線を描いている。


 剣か槍かどちらだと訊かれれば分からなくなるような形。かつてどこかの町で見た刺股さすまたという武器の形に似ている。殺傷力が低く、相手を押さえつけるための刺股と違い、刃物なので殺傷力は非常に高そうだ。

 武器の形状も不思議だが、なぜ空から降ってきたのかも不思議である。


「剣!? 何で空から剣が降ってくるのよ!」


「分からない。でもおそらく攻撃だと思う」


「敵だとしたらマズくないですか。今の私達、戦い終わりで疲れてますし」


「生命反応……ギルドの外!」


 ロイズの言葉に反応して大剣から注意が逸れた時。

 誰も触れていないのに大剣が地面から抜けて浮き上がり、四本に増えた。


 謎すぎる現象にエビル達は目を見開く。どうやって浮いたり増えたりしたのか全く分からないが、エビル達なら心当たりがある。魔剣だ。特殊な能力を持つと言われる魔剣なら謎現象にも納得出来る。


「くっ、全員踏ん張れええええ!」


 風の秘術で大剣から攻撃されるのを感じ取ったエビルが叫ぶ。

 次の瞬間、ひとりでに動く大剣四本がロイズ以外に突進してきた。幸い刃部分ではなく平たい部分で突進されたため、斬られることなくダメージは衝撃のみ。しかし想像以上の威力でエビル達四人はそれぞれ別方向へ吹き飛ぶ。


 少しの距離ならよかったがエビルはギルド本部の土地の奥まで飛ばされた。

 他の仲間も、攻撃されなかったロイズ以外は同程度の距離飛ばされただろう。


 剣を鞘から抜いたエビルはロイズのもとへ向かおうと走り出すが、浮遊している大剣が正面に飛んできて邪魔してくる。大剣が浮遊しているせいか、斬撃で弾いても威力が十全に伝わらない。攻撃と同じ方向に動いて衝撃を緩和されてしまう。


「――おおっと、行かせませんよ今代の風の勇者」


 ギルド本部正門側から飛んで来た男が着地する。

 シワの多い薄緑色の肌。毛量の多い緑髪、長い髭。黒いスーツを着ている老人の姿をした悪魔だ。浮遊している大剣は回転しつつ、彼の周囲を一定速度で回り出す。


「お初にお目にかかる。私は悪魔王様が配下、七魔将の一人。名をサイデモン・キルシュタインといいます。お会い出来て光栄ですよ今代の風の勇者、最強の悪魔の片割れ、エビル。早速ですがあなたを殺そうと思います」

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