第256話 七魔将 ミーニャマ
――二百年以上前。
月が隠れる新月の日にミーニャマは生まれた。
生後すぐに悪魔王から自分がどういう存在かを伝えられ、七魔将の一員となる。
ミーニャマの存在理由はただ一つ。敵を排除する最強の矛となること。
早速実力を測ることになったのだがサイデモンという男には勝てなかった。
実力測定が終わって待っていたのは失望を目に宿す悪魔王の姿。
後にサイデモンから教えられたが、ミーニャマはミヤマという怪物の細胞から生み出された生命体らしい。神すら凌駕する力を持つ怪物を再現したつもりの悪魔王が失望したのは、ミーニャマが想像より弱かったからだと悟った。それでも七魔将レベルの力はあったので敵となる者を殺す役目をこなし続ける。
仕事をするのは断じて悪魔王のためではない。
自分の存在理由が、誰かを殺すことでしか得られないからだ。
殺して、殺して、血塗れの日々を過ごす。
心が裂ける程の痛みを無視して誰かの命を奪い続ける。
命令通りに敵を排除する殺人マシンの誕生はあっという間であった。
「ふーむ、あなた、趣味などないのですか? 趣味があると日常も楽しいですよ」
「必要ありません」
やがて心すら閉ざしたミーニャマは誰もが心なき機械だと思っただろう。
悪魔王の「奴を殺せ」という声が頭から離れず、精神的苦痛を我慢しながら任務をこなし続ける。その苦痛に気付く者は誰も現れなかった。誰一人、欲しい言葉を掛けてくれる者は組織にいなかった。
「おいおい、失敗作同士仲良くしようぜ」
「仕事の邪魔です」
自分と同じ哀れな失敗作は思考回路が根本的に違う。
「はっはっは! 辛気臭い面してんな。ひ弱な人間ぷちぷち殺せば楽しいぞ」
「楽しいと感じたことは一度もありません。仕事ですので」
軽薄な同僚とは感性が合わない。
「次は奴を殺せ」
「了解しました」
父親同然の者は殺害の指示しかしない。
「俺の視界から消えろ」
「はい。申し訳ありません」
元人間の同僚は悪魔嫌いなのか近付きもしない。
「――ねえ、あなた大丈夫? 辛いんじゃないの?」
ある日、七魔将に加入した新入りからの言葉に立ち止まる。
待ち望んでいた言葉だった。辛い気持ちを誰かに分かってほしくて、誰かに気にかけてもらいたかった。既に希望など何一つないが、ずっと欲しかった言葉を掛けてくれた者とは会話する気力が湧く。
「……仕事ですので。嫌だからやらないなんて我が儘は通りません」
「転職先でも探しましょうか?」
「ここが普通の会社だとしても退職しませんよ。義理がありますから」
「そりゃそうだ、アタシもよ。ねえ、仕事見学していいかしら」
「ご勝手に」
今回ミーニャマに殺されるのは一体の悪魔。
悪魔王という主がいるにもかかわらず、封印された魔王を復活させて部下になりたい者らしい。それが悪魔王にバレて始末されるのだから、最初から大人しくしておけば殺されずに済んだのにと密かに思う。
同行するダグラス・カマントバイアという悪魔は実に騒々しい。
木の実が美味しそうだとか、すれ違った魔物が不細工だとか、ダグラス自身の美貌についてなど長時間喋り続けている。それだけならミーニャマも我慢出来るが最悪なことに事件は起きた。ターゲットの悪魔と面を合わせてから唐突に、ダグラスが悪魔を殺したのだ。
最初から殺すつもりだからターゲットが死んだのはいい。
問題となるのは、ミーニャマの仕事が横取りされたことである。
「……何を、あなた、何をしているのですか?」
「え? 何って研修よ研修。職場体験的なやつ」
あっけらかんとダグラスは告げる。
ふざけるなと怒りが湧いてくる。
「ふざけないでください! これは、私の仕事です! 私の存在意義なのです!」
「誰かを殺すのが存在意義いい? バカねえ、辛いの我慢してまで悪魔王のために働く気なわけだ。一つ言っておくけど、あなたがいなくても悪魔王は困らないわよ。アタシ達は使い捨ての駒みたいなもんだもの。頑張るだけ無駄よ」
「そんなの分かっています! 分かって、いるんです」
悪魔王にとって配下の悪魔など使い捨ての駒同然。
七魔将だから、生み出してくれたからといって、悪魔王のために働く必要なんてない。しかし、ミーニャマは自分のためだと自分に言い聞かせて働き続けている。結果的には悪魔王のために働いているのと同じことだ。自分がバカなことをしているとかなり前から理解している。
ただ、ミーニャマは誰かの命を奪うこと以外で存在を示せない。
誰かを殺すよう頼まれて実行することでしか自分の存在理由を得られない。
何もしていない時、ミーニャマは自分を生きる屍とすら表現出来る。
生きていても何の意味もない存在に成り果ててしまう。
「ねえ一つ聞かせて。あなた、何のために生きているの?」
「何のため……?」
「まさか悪魔王のために生きていますなんて言わないでしょうね。ああ、他人のために生きるのも悪いことじゃないわよ。愛する者のために生きるなんてロマンチックじゃない。でもあなたは悪魔王を愛していないでしょう。さあ答えて、夢とか目標は何かって訊いているのよ」
「……分かりません。長期間、思考が停滞していたようなので」
生まれてから今まで、任された仕事をこなすのが全てであった。
仕事以外のことは考えずに生きてきたせいで趣味も夢もない。
「あなたは生きて達成したい目標があるのですか?」
「アタシは夢のために生きているし、そのためならどんなに辛いことも我慢出来るわ。あなたも何か、絶対に叶えたい夢を持ちなさい。夢を持たない生者なんて死者も同然よ。……あなたが夢を持ったら、悪魔王も他の全てもみーんな踏み台にしてやるの。最終的にあなたの夢が叶えばいいんだからね」
死者も同然と言われてミーニャマは納得してしまう。
ただただ任された仕事をするだけの現状。
自分がやっていることは、他の誰にでも務まることでしかない。
機械と同じだ。同種の部品が大量にあり、自分はその中の一個。
ダグラスが先程言った通り、仮にミーニャマがいなくなっても悪魔王は困らないだろう。そんな悪魔王のもとで働き続ける自分は単なる愚者としか表現しようがない。現状維持だけに動き、ただ生きているだけの存在だ。
何かを変えたいなら目標を持つしかない。
悪魔王など関係ない、本当に自分がしたいことを見つけるしかない。
「……私の夢、ですか。考えたこともありませんでした」
「今から考えなさいな。そして、夢を叶えるため互いにサポートし合いましょう」
「あ、夢が決まりました」
「はやっ! ちゃんと考えたんでしょうね!? 中途半端な理想だと叶えようとする途中で心折れるわよ!」
「誰も殺さないで済む平和な場所で生きたい。私はもう、命を奪うのが嫌ですから」
ずっと、ずっと、口に出来ず押し殺していた気持ち。
殺すのが仕事なのに殺したくないという、行動と心意の矛盾。
もうミーニャマは疲れていた。肉体的な疲労はゼロに等しくても、精神的な疲労が溜まっている。願いが叶うなら争いのない土地に住み、植物のように穏やかな生活を送りたい。人間も悪魔もいない土地がベストだ。
「良い夢じゃないの。協力してあげるわ。これから誰かを始末する仕事はアタシが引き受けてあげる。……ただ、悪魔王が存在する限り、アタシもあなたも自由な生活は出来なさそうなのよね。奴を仕留めるにはアタシの夢、不老不死を実現するしかない。協力してくれる?」
「ええ、協力は惜しみません」
「アタシも出来る限りのことをする。とりあえず、あなたはこれから極力誰も殺さずに生きなさい。夢のために、ね」
会って数時間のダグラスにミーニャマは感謝している。
閉ざした心をこじ開け、真に生を与えてくれた恩人ならぬ恩悪魔だ。悪魔王や他の七魔将を呼ぶ時に「様」を付けるが、ダグラスを呼ぶ時だけは真の敬意を持とうと思った。
自分に目的を与えてくれたのだから、ダグラスの夢を手助けするのに忌避感はない。自分が自由になるために必要だからではなく、心の底から協力したいと思えた。現状たった一人の仲間と言える。
――そんな仲間が、ダグラスが死んだ。
目的を果たせず朽ちたのだからさぞ無念だろう。
仲間を殺した勇者一行をミーニャマは許さない。
理不尽とは思わない。曲がりなりにも悪魔王の配下であり、悪事に手を染めたことがある以上殺される覚悟はしている。決して善人とは言えない二人を、正義感溢れる者が殺しに来るのは仕方ない。しかし、理屈として分かっていても納得出来るかは別の話。実際にダグラスが死んだと聞かされたミーニャマの心では、様々な負の感情が暴れている。
殺意に呑まれたミーニャマは勇者一行との戦闘を開始。
勇者一行を殺したい一心で自らのリミッターを外した。
ミーニャマは自身に秘められた力があるのを察していたが使用はしていない。使って暴走でもすれば仲間に迷惑が掛かると思い、常に制御していたのである。しかし、もはやこの世の全てがどうなっても構わないと思うくらい、ダグラスの死にショックを受けたのだ。例え暴走して世界を滅ぼしたとしてもミーニャマに悔いはない。
使用を禁じていた禁忌の力を発動して、溢れる殺意に身を委ねる。
獣に成り果てた状態なら勇者一行もあっという間に殺せるだろう。
ミーニャマの意識は闇に沈み、変貌した肉体は勝手に動き出す。
『――夢のために生きなさい』
目を開けても夜闇のように何も見えない場所で声が聞こえた。
声の主、ダグラスの心からの言葉が突如として暗黒に響く。
『アタシは死ぬけど、自棄になっちゃダメよ。あなたは夢を諦めないでね』
忘れかけていた夢をミーニャマは思い出す。
誰も殺さずに済む場所で平穏な暮らしがしたいという、難しい夢。
『願いを叶えなさい。自分の幸せのために』
溢れていた殺意が弱まる。
幻聴か妄想か、はたまた真実か。
ダグラスの望みはミーニャマの心に変化をもたらす。
何者かに乗っ取られたような体の支配権を取り戻し、殺意の塊である獣の姿からミーニャマは自力で戻ろうとする。やったことがないため正直不安だったが、やってみれば猫と人の特徴を持つ悪魔の姿へと無事戻れた。
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