第255話 再誕、風火紋


 傷だらけのロイズ達を下がらせてエビルは一人で突進した。

 炎と風の加速により、今までの比ではない速度でミーニャマに斬撃を浴びせる。


 火力と風力を扱えるようになったおかげで加速は自由自在。空を飛ぶことだって出来る。エビルは彼女の周囲を飛び回りつつ、何十回も剣を振るった。浅い傷とはいえそれだけの傷が作られると出血も多い。

 仕上げとばかりにエビルは彼女の顔から尻まで一直線に斬りつける。

 

「――〈火爆祭ひばくさい〉」


 エビルがミーニャマの後ろに着地した時、斬撃を浴びせた箇所が爆発した。

 炎を纏う剣で斬った時に仕込んだ火種が一気に膨れ上がったのだ。適度な風が吹けば火の勢いが強まるのを利用して、風と火のバランスを調整してやれば火種が一気に膨張する。それこそが〈火爆祭〉という技の真相。


 途轍もない熱量の炎に包まれた彼女は炎を消そうと暴れ回る。視界が炎に遮られているせいで闇雲に攻撃したり転がったり、ありとあらゆる手段を試している。すぐには消えずともいずれ消火されてしまうだろう。


「あっちちち」


 様子を見ていたエビルの隣にミヤマが跳んで来た。


「困るよエビルくーん。あんな炎出されちゃ私も燃えちゃうにゃん」


「そのわりには余裕そうですね。あなたは不燃性なんですか?」


「大抵の生物は火に弱いにゃん」


「つまり、あなたはその大抵の生物に当て嵌まらないわけですね」


 ミヤマは「ひどっ!」とショックを受けた顔をしているが、火で燃やして彼女がどうにかなるなら神々は勝利している。その証拠といっては弱いかもしれないがミーニャマに炎の効き目が薄い。普通の獣が燃えれば毛一本も残らないはずなのに、ミーニャマを包んでいた炎は毛一本すら焼失出来ていない。もう消火されてしまった炎が残したダメージといえば、体と毛を多少焦がした程度だろう。


「……炎に耐性があるみたいだな。全く効かないわけじゃなさそうだけど」


「さて、消火されたから私は尻尾の対処に戻るよ。君も頑張ってね」


「ええ」


 気を引き締め直すエビルは剣を構え、驚愕した。

 ミーニャマの姿勢が前屈みになり、後ろ足に力を込めた彼女は回転しながら突進してきたのだ。地面を抉りながら突っ込んで来る彼女を止めるため、もう一度秘術による炎をぶつけようとエビルは構える。


「〈大文字だいもんじ〉!」


 炎をぶつけても彼女は熱がる様子がない。


「〈逆風スタイミーウィンド〉」


 今度は風をぶつけて減速させたうえ、風で炎を強くした。

 先程より強く燃え上がる炎で彼女の動きが止まる――かに思えた。


「炎が届かない!?」


 回転の勢いが強すぎて彼女を囲むように気流が発生。

 小型の台風を纏ったような状態であり、どんなに強い炎もその気流に呑み込まれてしまう。炎で焼くどころか、相手に炎の竜巻を纏わせて強化してしまっている。

 結局、多少減速したものの彼女の攻撃は止まらない。


 剣一本で受け止めようとするが力が拮抗したのはほんの数瞬。

 エビルは回転に巻き込まれて空高く打ち上げられた。


 幸い秘術のおかげで熱耐性があったため燃えなかったが、単純に獣と化したミーニャマの物量で突進されただけで大ダメージを負う。凄まじい威力にエビルの肋骨が二本折れる。あまりの衝撃で脳が揺れ、体が動かないせいで受け身も取れず地面に落下した。


「ごはっ!?」

「エビル様!」

「ちょっと大丈夫なわけ!?」

「やはり二人で戦うなど無謀だ!」


 無様な姿を晒したせいで慌てた仲間が駆け寄って来る。

 リンシャンが林の秘術で骨折含めた傷を治してくれたため、まだ戦える。


「危険」


 突然クレイアが地面に手を置いて大地を操作して壁を作った。

 生命エネルギーを通して強化されている土壁はあっさりと砕け散る。

 土壁を崩壊させたのはミーニャマの長い尻尾だ。

 六本の尻尾が鞭のように動き続けていた。


「ギルドマスターはどこへ行った!? 尻尾が自由になっているぞ!」


「……あそこにいるよ」


 エビルが指す先にはミヤマが転げ回っている。

 ふざけているわけではなく、髪が燃えて熱がっているのだ。

 演技の可能性も捨てきれないがそれはないと信じたい。


「あちちちちちちあっちゃあああああああああ!」


「何やってんのよアンタあああ!」


「いや、僕のせいだ。燃えると思わなくて全力の火力をぶつけたから」


「……それは確かに君のせいだな」


「熱そう」


 すっかり炎の攻撃は効かないと思い込んでいたため遠慮しなかった。

 まさか神々すら退けた相手に、自分如きの炎が通用するとは思わなかったのだ。


 少し神々を過大評価しているのかもしれないし、風火紋の力を過小評価しているのかもしれない。まさか、まさかとは思うが、自分は神すら超えたのではないかという考えすら頭に浮かぶ。根拠なき自信が溢れる勢いで心を満たす。


「エビル、やはり私達も手を貸すぞ」


「止められたってもう止まらないからね。アタシの秘術はまだ貸しとくけど」


「私は足手纏いかもしれませんが、せめてエビル様を治させてください」


「……そうだね。うん、やっぱりみんなで戦おう。勝つために」


 勝利の可能性が一番高いのは全員で戦うことだ。

 味方の数は多ければ多いほど有利になる。

 エビルがそれを分かっていながら仲間の手を借りなかったのは、暴走ミーニャマ相手だと仲間達が実力不足だからである。可能性の話だが犠牲者を出してしまうのはありえる。その可能性自体を消すために、仲間を戦いから遠ざける選択をした。


 しかしエビルとミヤマの二人で戦うのは安全性が増しても勝率が下がる。

 ミーニャマの力は強大であり、リスクを負ってでも確実に止めなければならない。

 仲間達はやる気が漲っているし、エビルは結局仲間の手を借りることに決めた。


 仲間四人と力を合わせてエビルは戦う。

 相変わらず尻尾六本を食い止めてくれているミヤマの期待に応えるためにも、必ず止めるという強気な精神で立ち向かう。風火紋の圧倒的火力を中心に、仲間達の援護を受けながらエビルは果敢に攻める。


 ――しかし、それでも。


 どんなに攻撃してもミーニャマは止まらない。

 普通ならもう倒れるような傷だらけの体でも倒れない。

 必死に戦い続けた仲間達は倒れ、エビルは片膝を突く。


「……くっ、本当に強いな。風火紋でも倒しきれないなんて、このままじゃ死ぬかもしれない。……せめて、ダグラスからの遺言くらい伝えないといけないのに。……はぁ、試す価値はあるか。託された言葉と想いを風に乗せてぶつける!」


 咄嗟に思い付いたのは風の秘術の応用技。

 己や他者の記憶や感情を風に乗せ、別の者へと渡す〈想伝風おもいかぜ〉。


 初めての試みだったがエビルは自身の記憶に残るダグラスの遺言、想いを全て、吠えることしかしなくなったミーニャマへと渡そうと決意した。仮にエビルが倒れて、託された想いを伝えられなければダグラスが救われない。二人が敵であったとしても、エビルは敵が真の悪人でなければ救いの手を差し伸べたいと思っている。


「さあ、行け。ダグラスの遺言と想いよ」


 目に見えないものを乗せた優しい風がミーニャマへと向かう。

 風が通り過ぎた後、彼女の動きはなぜか完全停止した。

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