第254話 賭けに近い対抗策
両腕を振るいながら着地するミーニャマを全員が避ける。
六人は彼女を囲むように位置取る。それを纏めて倒そうとしたのか、六本の尻尾が各々に向かうがミヤマが徒手空拳で全て弾き飛ばす。神々ですら凌ぐと言われる力は本物だ。エビル達には辛うじて残像しか捉えられなかった。
ほぼ同時に尻尾の攻撃を防いでくれたミヤマのおかげで戦況は楽になる。
手足と違って尻尾は変則的な動きをするため対応しづらい。その六本の尻尾全てに対応してくれるのだから、エビル達は手足や口にのみ注意していればいいのだ。警戒する対象が減ってくれるのはかなりありがたい。
「……それにしても」
エビルは改めてミーニャマを見つめる。
変貌して獣の姿となってしまった彼女に残るのは憎悪と殺意のみ。
絶え間なく吹く嫌な風を感じつつ、意識すらない殺人マシンに成り果てた彼女を哀れに思う。そして原因となった者として罪悪感を抱く。どうにかして助けたいが、元々力を制御していた彼女本人にしか止めることは出来ないだろう。
「……参ったな」
ミーニャマの左腕がエビルの頭上に上がり、勢いよく振り下ろされる。
単調な攻撃なので容易に避けられるが威力は脅威的だ。
大地に大きな亀裂が入り、地盤が沈み、広範囲が震動する。
左腕を躱したら次は右腕を同じように振り下ろしてきて、それを躱せばまた左腕、右腕、左腕、右、左、右と素早い動きで片腕ずつ振るう。埒が明かないからかミーニャマは獲物を噛み千切ろうと顔から接近する。紙一重で回避したエビルは〈烈風打〉で頬を叩く。
剣の腹で叩くと同時に圧縮した風を解き放った攻撃は、僅かに彼女の体勢を崩す。
生まれた隙を見逃さずにロイズがミーニャマの顔目掛けて跳ぶ。
槍を突き立てようとした瞬間、ミーニャマの口が大きく開かれて薄紅色の霧が吐き出された。今までにない攻撃に驚愕したロイズは躱せず、薄紅色の霧をもろに全身で浴びてしまう。
「何だったんだ今のは……む? な、に?」
着地してすぐ、ロイズの体が硬直してしまった。
薄紅色の霧は体の機能を麻痺させるものだったのだ。
当然理解しているミーニャマは命を刈るべく素早く爪を振り下ろす。
動けないのを見かねてクレイアがロイズを押して回避させる。しかし自分の回避が間に合わず、鋭利な爪で両足が切断された。千切れ飛んだ両足は地面に転がり、リンシャンが慌てて「クレイアちゃん!」と叫び駆け寄る。
林の秘術で細く長い木を生やし、転がった両足を木で巻き取ってからリンシャンが自分自身に投げさせる。パスを受け取った彼女はクレイアの傷口に両足を押し付ける。どちらからも激しい出血だったが、すぐに治癒の力を使ってくっつけられた。
リンシャンが安堵したのも束の間、次の危機がロイズに向かう。
またミーニャマが腕を振り下ろす攻撃を仕掛けてきたのだ。
麻痺が残って動けないロイズは体に力を入れることすら出来ない。
絶対に回避出来ないので見ていた全員が焦る。
「くっ、頼むリンシャン! 早く治してくれ!」
「秘術が間に合わない……!」
焦ったリンシャンの声を聞いたロイズとクレイアは心が絶望に染まる。しかし、まだ諦めないエビルとレミが攻撃の軌道上に割り込んだ。二人の力、風を纏った剣と聖火を纏った足により、仲間を潰す勢いだった腕をなんとか弾き返す。
「間一髪だったわね。ほれ、立ちなさい」
レミが聖火をロイズに放つ。
時々虹色に光る鮮やかな炎に包まれたロイズの肉体から、麻痺の原因となるものが焼き尽くされた。
聖火は使用者の想い次第で燃やすものを選別出来るうえ、その気になれば味方を癒やすことすら可能。肉体の状態異常を治すことなど容易だ。おまけに疲労も若干回復する。
ミーニャマはまた攻撃してこようとしたがエビルがさせない。
「〈
嵐のような風量を一方向に、ミーニャマ目掛けて放つ。
家屋をも吹き飛ばす勢いの風が彼女の巨体を後退させていく。
「想像以上に彼女は強い。みんな、連携を大事にしていこう」
一度戦況を立て直したエビルは全員に指示する。
もはやミーニャマ本人の意識は深くに沈み、憎悪の化身となっている状態なのにこの強さは異常だ。もし彼女の思考能力が残っていたらと思うとゾッとする。仲間と力を合わせても太刀打ち出来るか分からない。
「来るよ!」
戦闘が再開される。
手で押し潰す。爪で切り裂く。牙で噛み千切る。その三つの攻撃しかしないミーニャマだが、一撃でもまともに喰らえば瀕死か即死。絶対に攻撃を回避するために、エビル達は誰かが攻撃を避けきれないと思った時に仲間を援護する。
順調に思えた戦況だがエビル達には焦りがあった。
ミーニャマの変貌した肉体は頑丈で、エビルの斬撃やロイズの刺突ですら傷は浅い。クレイアの打撃やレミの聖火も効いているのか分からない。ダメージは確実に蓄積されているはずなのに全く弱る気配がないのだ。
相手の攻撃を回避し続けるのも時間が経てば厳しくなってくる。
時間が経てば疲労が溜まる。
疲労が溜まれば動きが鈍る。
動きが鈍れば攻撃に掠り始める。
掠る程度ならいいが次第にもっと当たるようになってしまい、全員の怪我が多くなっていく。攻撃には加わらずリンシャンには援護中心に立ち回ってもらっていたが、次第に回復メインで動くようになった。それでも回復が間に合わない場合はレミが聖火で手伝う。
戦闘が長引けば長引く程、エビル達は追い詰められていった。
ミヤマは相変わらず六本の尻尾を相手取ってくれている。
余裕の表情と動きで完璧にエビル達への攻撃を防いでくれるのは非常にありがたい。やる気ならもっと色々と援護に回れそうなミヤマだが、それ以上のことをする気はないのか尻尾だけに専念している。
このまま戦い続けてもきっと勝てない。
敗北という言葉が頭を過ったエビルは額から汗と血を垂らす。
何か手立てはないのかと思考を続けたエビルは一つの勝機に思い当たった。
「レミ! 戦況は厳しくなる一方だ、こうなったらアレを試そう!」
「いいけど失敗したら隙作るだけよ!? 成功する確証ないけどいいの!?」
「今の状況を保っていたらみんな体力切れで潰れる。成功させるしかない!」
エビルは再び〈逆風〉でミーニャマを吹き飛ばし、レミと合流する。
策というには無謀かもしれない。
エビルがやろうと思っているのは紋章の融合。
魔王戦で偶然出来た風火紋を作り出そうとしている。
「大丈夫、過去に一度出来ているんだ。当時のことをよく思い出そう」
「全くもう無茶言ってくれるわ。あんなの偶然の産物だってのに」
あの時のように二人は手を繋ぐ。
レミの体温と感情がエビルによく伝わる。
心からの信頼と愛情。勝利への執念。助力したい気持ちが流れ込む。
そして最後に彼女の持つ秘術のエネルギーが注がれた。
「――〈紋章融合・風火紋〉」
あの時と同じで急激に湧いてきた力を感知したので右手を見つめる。
竜巻のような紋章が小さくなり、空いたスペースに燃え盛る炎のような紋章が浮かび上がった。忘れたことはない風火紋の再誕にエビルは笑い、レミは興味深そうな視線を送ってくる。
「これが……」
「うん、間違いない。風火紋だ」
「やってみるものね。何かあっさり出来た気がするのは二度目だからかしら」
「考えるのは後だ。今は……」
後退していたミーニャマが駆けて来て、爪を振り下ろしてきたのでエビルは剣で受け止めた。先程までなら一人だと力負けしていたが今は対等に近い。剣に赤い炎を纏わせたエビルは彼女の爪を弾いて吹き飛ばす。
「みんな一旦下がって! 僕とミヤマさんで戦う!」
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