第253話 怨念の獣


 黄金卵を入手したエビル達は一旦ギルド本部へ戻ることにした。

 ハイパー特訓という名のおつかいは中断する。強生命タマネギの再入荷まで約一ヶ月あるし、移動も白竜に手伝ってもらう約束を取り付けたので問題ない。移動時間の短縮が確定したので、ギルド本部に戻って強くなるために特訓しようと考えたのだ。


 フォリア山脈の麓まで送ってもらったエビル達はギルド本部に向かう。

 ドラゴンに乗って帰ったらギルドの人達を驚かせてしまうし、騒ぎになる。何せドラゴンは絶滅したと思われている。ギルドには学者や研究者もいるので、白竜の平穏を考えて直接は向かわなかった。


 見えてきたギルド本部の正門前には猫耳を生やした女性がいる。

 ミヤマだと思ったエビルは強烈な違和感に襲われる。

 短かったメイド服の丈は長くなっており、雰囲気も表情も固い。

 一切感情や気配が感じ取れなかったはずなのに今は感じ取れる。

 違和感の正体、それは――。


「あ、ミヤマさんがいますよ。お出迎えでしょうか」


「当然ね。アタシ達に妙なおつかいさせたんだから」


 クレイアが「お菓子、貰う」と駆け出すので、エビルは彼女の腕を掴んで止めた。

 エビルは自分と瓜二つの悪魔が存在を知っている。これまでに深く関わってきたからか、風の秘術のおかげもあって最初に気付く。既に頭には、ミヤマと瓜二つの悪魔を思い浮かべている。


「待って。あれは、ミヤマさんじゃない」


「……違う? ミヤマ、いる」


「君は見たことないけど言葉では知っているはずだよ。あれがミーニャマだ」


 正体を告げたことで仲間達に緊張が奔る。

 ミーニャマは七魔将。エビル達の敵。

 強い憎しみと殺意の風を感じ取ったエビルは彼女を見据えた。


「みんな気を付けて。彼女は強いし能力が厄介だ。油断しないで――」


 注意を促すエビルの視界でミーニャマが動く。

 あろうことか彼女は微笑み、正門を開けてギルド本部の敷地内に入ったのだ。


「なっ、中に入っただと!? マズい、早く追わなければ死人が出るぞ!」


 ロイズの叫びで全員が走り出す。

 ギルド本部の最高戦力、Sランクに所属する者達でもミヤマ曰くミーニャマに勝てない。もし襲撃されたら対抗出来る人物がいないのだ。彼女のことはミヤマが止めていたはずだが、なぜかこの場にはいない。カシェの話が本当なら敗北しないはずだ。神々が敵わない相手に七魔将が敵うはずない。


「ミヤマはどこにいるわけ!? あいつが対処するって話だったじゃないの!」


「あの人の気配は感じ取れないからな、困った。でもミーニャマの気配なら分かる。被害が出る前に彼女を食い止めないと……後ろだ! 彼女は僕達の背後に転移しているぞ!」


 言いながら走るのを止めて振り向いたエビルは抜剣する。

 同時に立ち止まって振り向いたロイズは槍を手に持ち、行動が僅かに遅れた他の面々も戦闘態勢に入る。


 空中に出現したミーニャマは空気を蹴り、貫手ぬきてで攻撃を仕掛けてきた。

 指を真っ直ぐに伸ばして突く技。指を鍛えていない者が使えば突き指するか骨折するが、彼女の体は鋼よりも硬いため脅威だ。彼女はその気になれば素手で人体を抉れるし貫ける。対処するには武器を使わなければいけないがエビルは間に合わない。


 攻撃対象がエビルなら間に合ったのだ。

 しかし彼女の攻撃対象はリンシャンであった。


「させん!」


 高速接近した貫手をロイズが槍で突いて軌道を逸らす。

 鋼以上の強度を誇るミーニャマの肌を貫けずとも、槍は彼女の肌を傷付けた。

 彼女の白い肌に作られた小さな傷口から萌葱色もえぎいろの血が流れる。

 微かに目を見開いた彼女は再び転移して地面に立つ。


「ナイスだロイズ」

「ありがとうございますロイズ様」


「生命エネルギーを感知出来るおかげだ。敵の居場所を探ることに関してならエビルに劣らないかもな」


「奇襲は失敗に終わったけど侮れないわよ。リンシャンを真っ先に狙った理由、たぶん回復能力持っているからでしょ。敵からしたらある意味一番厄介な生命線だもん。アタシ達との戦闘に向けて計画を練っているってことじゃないの」


 確かに、リンシャンがいるからダメージを考えずに戦闘出来る。

 エビル達の生命線というのはあながち間違いではない。

 敵からしたら真っ先に潰しておくべき存在だ。


 見事先手を取ったミーニャマが攻撃してきた理由が何であれ、憎しみを抱く彼女が好意的でないのは事実。ただ、彼女から来たのは好都合。エビルは彼女に伝えたいことがある。聞いてもらうためには戦闘不能になるか落ち着いてもらう必要はあるため、今すぐ伝えても意味がないかもしれないが。


「ミーニャマ、君には伝えるべきことがある。一度落ち着いてくれ」


「どうでもいい。あなたからの言葉など、全てどうでもいい。ただ一つ確認したいことがあります。……ダグラス様を殺したのはあなた達ですか? あなた達が、ダグラス様を殺したのですか?」


「……それは、ああ、言い訳はしない。ダグラスは僕達が殺した。その時僕はダグラスから――」


「やはりあなた達でしたか。ならば、もう話すことはありません」


 ミーニャマの目が見開かれ、ただでさえ強烈な殺意が膨れ上がる。


「私の全てだったあの御方を奪った愚者よ。悔いて、死ね!」


 叫ぶ彼女の肉体に異変が生じた。

 ゴボゴボと泡立つように体が膨れて、あっという間に人型とかけ離れた姿になる。体長五メートル程の巨大な猫と表せば可愛いものだが実際は悍ましい。猫といっても長くなった両耳は尖り、黒い尻尾は六本も生えている。あくまでも猫がベースのナニカとしか言いようがない。


 赤の斑点が浮かび上がった彼女の体は獣と呼ぶに相応しいものだ。

 変貌した彼女は真上を向き、周囲に咆哮を轟かせる。


「な、何なわけ!? どうなってんのよ!?」


「……正に悪魔です」


「驚愕」


「私の師も人型から容姿を変えたが、これは明らかに違うぞ」


「うん、僕にも分かる。真の姿とかじゃない。あれは、元々暴走の危険があったナニカだ」


「――あーらら、ありゃ私の細胞が暴走しているね」


 いつの間にかエビルの隣にミヤマが立っていた。

 あのミーニャマの姿を目にしても驚くことなく、淡々と述べる。


「ミヤマさん」


「いや、暴走させたが正しいか。今まで制御していたんだろうけど、制御する必要がなくなったのかな。あれは強いよー、この世界で上位に位置する君達でも勝てるかどうか分からない。本当は君達に任せて特訓のシメにする予定だったけど事情が変わった。あの子の尻尾は引き受けてあげるよ」


「……はぁ、後で色々聞かせてもらいますからね」


 どういうつもりかミーニャマすら特訓の一部に組み込んでいたらしいが、予想外の事態が起こってミヤマが出陣するしかなくなったわけだ。何かが裏目に出たらしい。常識外れの行動にエビル達は呆れてしまう。


「さあみんな、負けられない戦いだ。ミーニャマを食い止めよう!」


 エビルの叫びに仲間達が頷く。

 喝を入れたのに反応したのか、再び咆哮した獣が飛びかかってきた。

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