第252話 神ノ城


 黄金卵が存在するという神城しんじょうアスクリエイトへとエビル達はやって来た。

 天空に浮かぶ城にどうやって来たかは単純。天空神殿へ行った時のような上昇装置はないため、ドラゴンの姿となった白竜に乗せてもらったのだ。もし彼の助力を得られなければ、一度カシェに会って説得するよう頼み込むつもりでいた。彼しか場所を知らないので必然と言える。


 真っ白な雲の上に大きい城が白竜の背中から見える。

 空中に立派な城があるのも驚きだが、さらに驚くことがあった。

 信じられないことにアスクリエイトは雲に乗っているのだ。

 物体が突き抜けるはずの、何の変哲もない雲に城が乗っている。


「ここがアスクリエイトだ。降りてみろ」


「えっ、でも真下が雲――」


「一番乗り」


 恐れを知らない女性が白竜の背から飛び降りた。

 エビル達は慌てて「クレイア!」と彼女の名を叫ぶ。


 天空神殿は大地そのものが浮かんでいたが、アスクリエイト近辺に大地はない。

 着地ならぬ着雲しなければならないわけだが人間は雲に触れないのが常識。正確には触れるが大地のように人間が立つことは出来ない。つまり突き抜けて真っ逆さまに落ちていく。


「柔軟」


 ――しかしクレイアはそうならなかった。

 地上へ落ちず、白い雲に沈んだと思えばワンバウンド。

 触り心地がいいのか彼女は満足気に雲を揉んでいる。


「え、平気なわけ? 雲に浮かべるっていうの?」


「この城を支える雲は普通の雲と違う。触れるし歩ける。足を踏み外さない限り地上へ落ちることはない」


「……不思議な雲だな」


「私、子供の頃は雲の上に住むのが夢の一つでした。ワクワクしちゃいます」


「あーそれ分かるな。僕も一度は空に浮かぶ家に住みたいと思ったことがあるよ」


 子供の頃のエビルは色々と妄想が凄かった。夢があったとも言える。

 空高い場所に浮かぶ家やお菓子の家など、どんな家に住みたいかだけでも様々な妄想をしていた。もっとも、最終的に一番落ち着くのは故郷の実家であった。そんなことを思い出すと少し帰郷したくなってしまう。


「はぁ、もう下りるぞ」

「え?」


 白竜が人型に戻った。

 ドラゴンの背に乗っていたはずのエビル達は一気に、体重を預ける場所を失って真っ逆さまに落ちていく。白竜は華麗に着雲したが、頭から落下するエビル達は二回も跳ねて危うく落ちそうになる。かなり雲の隅の方なので油断すれば地上へ落下してしまいそうだ。そうなった場合確実に転落死するため気を付けなければならない。


「ちょっと! いきなり人型に戻んないでよ危ないでしょうが!」


「貴様等がいつまでもくだらん話をしていたからだ。さっさと行くぞ」


 緑黄色の城に向かって白竜が歩き出したのでエビル達は後を追う。

 雲を歩くとは不思議な感覚だ。この雲が特殊なだけとは分かっているが心躍ってしまう。まるで綿やウールのような柔らかさを持つ雲を進んでいくと、長い階段と城門が見えた。階段も白い雲だったため上から見た時は気付かなかった。


 五十段以上ある雲の階段を上がり切ったエビル達は城門の前に立つ。

 美しい黄金色の門には男性の姿が彫られている。

 白竜曰く、その男性こそが創造神アストラル。

 この世界を創り上げたと伝わる偉大な神。

 クレイア以外が技術面でも驚いたが、彫られている者を知って二重に驚く。


「ね、ねえ白竜、門を開けるのアタシにやらせてもらえない? 神様が昔住んでいたすっごい城の門を自分で開けてみたいのよ。罰当たりかもしれないけどちょっとした好奇心でさ。ね、誰が開けても結果は同じだしいいでしょ?」


「……構わんが」


「ああずるいですよ! 私も開けたい、というか触りたいんですから!」


 レミとリンシャンが楽しそうに扉へ触れる。

 一歩引いたところで見ているロイズは若干戸惑う。


「……ただの門だろうに。何が二人のテンションをあそこまで高めるんだ?」


「摩訶不思議」


「うーん、分からないけど中に入るのはワクワクするよ」


「おい貴様等、言っておくがいくら力を加えても無駄だぞ。その門には鍵がかかっている。解錠しなければ開かん」


 白竜が紺色のスーツのポケットに手を突っ込む。

 鍵を持っているからこそ連れて来てくれたのだろう。

 彼が鍵を探していると、レミとリンシャンから「え」という声が漏れる。


 ――二人が押したことで扉が開いていた。


 振り返った二人と白竜の目が合い、三人共が驚愕を露わにしている。


「開いちゃった」

「開いちゃいました」


「……なぜ門が開く。施錠されているはずだぞ」


 アスクリエイトについてエビルは詳細を知らないが異常事態なのは分かった。

 施錠されているはずの門がなぜ開いたのか。

 可能性としては二つ。

 一つは鍵の閉め忘れ。

 もう一つはエビル達以外の来訪者。


「白竜以外に鍵を持っている誰かが来たって可能性はあるかな」


「アスクリエイトの城門の鍵を所持しているのは俺、カシェ様、創造神とその配下のみ。しかし創造神達は悪魔王との戦いによって傷を負い、身動きが取れないと聞いている。カシェ様は基本天空神殿を出たりしないはずなのだが……入れば分かることだな」


 考え込んだ白竜が開いた門を通って城内に足を踏み入れる。

 エビル達は顔を見合わせて、警戒を怠らない確認のために頷き合う。


 緑黄色の城内は色的にも清潔さ的にも綺麗であった。それには軽く驚いたが、一番驚いたのは部屋と部屋を繋ぐ通路や階段がないことだ。移動はどうするのか疑問に思っていると白竜が教えてくれる。眩しい光の長方形が部屋に存在しており、光を通過すると別の部屋へと移動出来るらしい。創作に出てくるワープゲートのようなものだ。


 光のワープゲートを通っていくつか部屋を訪れていると女性を発見する。

 小さな一室に佇んでいた彼女は水色のドレスを着ていた。ドレスの肩部分には読めない赤文字が書かれた白い札が何枚も貼られている。衣服は違うが彼女の後ろ姿には見覚えがある。足元にまで伸びた金の長髪を揺らしながら振り向いた彼女の顔を見て確信した。


 部屋で佇んでいたのは封印の神、カシェで間違いない。

 自らの主を目にした白竜は予想外だったようで激しく動揺している。


「カシェ様!? なぜこの場所に!?」


「白竜、それに今代の勇者と仲間達。あなた達こそなぜアスクリエイトに?」


「この者共が黄金卵を必要としていたので取りに。……それでカシェ様はどうしてアスクリエイトに……もしや、あの時期ですか?」


「ええ、あなたの想像通りです。封印を掛け直してきました」


 気になる言葉が出たのでエビルはカシェに問う。


「封印というのは何ですか?」


「貴様が知る必要はない」


「まあまあ白竜、教えてもよいではありませんか。エビルは勇者という特別な存在。知りたいなら教えればいい。教えなければ気になってしまい、これからの戦いに支障が出るかもしれませんからね」


 カシェはただ「付いてきなさい」と告げた。

 机上にあった銀のティアラはを頭頂部に乗せた彼女と共にエビル達は移動する。


 移動中にロイズがエビルの傍に近寄り、耳元で話しかけてきた。

 アスクリエイト内は静かなので、どれだけ小声で話そうが周囲に響く。

 城に使われた材料にも原因があるかもしれないが内緒話は不可能らしい。

 本当に内緒話をするなら光のワープゲートを利用して二人きりになった方がいい。


「エビル、先程白竜があの女性をカシェ様と呼んでいたが、まさか彼女が神なのか?」


「私も気になっていました。カシェ様といえば通貨の単位にもなっていますし」


「神様だよ。封印の神様」


「懐かしいわね。アタシ達も初めて会った時は二人みたいな反応だったわ」


 レミが「クレイアも驚いた?」と問いかけたが、クレイアはそもそも神を知らなかったようで「……神、何?」と首を傾げていた。バトオナ族の中には歴史を語り継ぐ者がいたとはいえ、そういった者以外は神の存在すら知らないのだろう。


「やはりか! ということはエビル、君は神と知り合いなのか」


「あはは、色々あってね。カシェ様が住む神殿で過ごした時期があるんだよ」


「何というか君が特別な悪魔だと再認識させられるな」


 特別といえばエビルは特別だ。

 ロイズの発言はおそらく神と対峙しても殺されなかったり、神殿で過ごしたと聞いたことから来たものだろう。通常の悪魔、言語も解せない下級やビンのような上級でも、神と対峙すれば襲われて殺される。そういう観点から見ればシャドウも特別な悪魔と言える。


 悪魔は魔物。神からすれば生かす価値はあまりない。

 天空神殿に行った際、風の秘術を持つエビルはともかく、なぜシャドウは殺されなかったのか今思うと謎だ。カシェからしてみれば敵側の大きな戦力。殺せるうちに殺さなかったのは、きっとエビルが想像もつかない考えがあるに違いない。


「――到着です」


 カシェはとある光のワープゲートを通った先で呟く。

 高さのある部屋に辿り着いたエビル達は、部屋の中央に巨大な黒き水晶が浮かんでいるのを見た。巨大な黒水晶はゆっくりと回転し続けているだけだが、異様に不気味な存在感を持っている。普通の水晶でないことだけは確かだ。


「この部屋の水晶にはとある男が封印されています。名は――魔神メモリア」


「魔神メモリア……? どこかで聞いたような」


 記憶を掘り起こすエビルは思い出して「あ」と声を出す。

 バトオナ族の集落にて、族長であるゼランから聞いた話に出た名前だ。


 人類絶滅を目的としてしまった魔神メモリア。

 ルイストを模した怪物、魔物を生み出した張本人。

 今知る情報で簡潔に表すなら人類の敵。


「確か、バトオナ族の集落で族長から聞いた名だな」


「魔物を生んだ存在。つまり、今の戦いの元凶とも言える存在ですね」


「それがあの水晶に封じられているってわけね」


 一度頷いて肯定したカシェは黒い水晶を見つめる。


「メモリアは強大な存在。彼を放っておけばいずれ復活してしまう。なので私が百年に一度か二度、時間経過で弱まった封印を掛け直しているのですよ。この役目は封印を得意とする私が一番適役なのです」


 この世界の神が力を合わせても討ち滅ぼせず、封印しか出来なかった魔神。

 話を聞いただけでも恐ろしい存在が目前の水晶に封じられている。

 封印のせいだろうが黒い水晶からは何も感じない。風の秘術があるからこそ、何も感じられないのはエビルにとって恐れに繋がる。未知のものでも心が躍るものはあるが、目前の水晶は恐怖の塊だ。


「……もし、復活してしまったらどうなるんでしょうか」


「封印後も彼の意識は健在。今や人間だけでなく私やアストラルのような神、創造主である彼を助けない魔物すら憎悪の対象になっているでしょう。復活したらその憎しみで世界を滅ぼす可能性が高いです。ゆえに魔神メモリアは誰も触れてはならない。正しく禁忌の存在」


 そう語るカシェの顔は若干の恐怖が滲み出ていた。

 風の秘術で感じ取れなくてもエビル達は理解した。

 神でも恐れるものがある。

 それだけで、まだ姿を見たこともない魔神が絶望の権化のように思えてしまう。


「……ああ、禁忌の存在といえばもう一人。あなた達は既に出会っていますね」


 カシェの言葉にエビル達は困惑する。

 禁忌の存在なんて言われても全く心当たりがない。


「カシェ様。あれのことを話すのですか?」


「隠すことでもないでしょう。あれの、超次元生命体ミヤマのことなど」


「……ミヤマさんが……あの人が、禁忌の存在?」


 予想外の名前が出てエビル達は目を丸くする。

 只者ではないと思っていたがまさか、禁忌と呼ばれる存在など想定外だ。

 ギルドマスターとして今まで協力してくれた人物だからこそ信じられない。


「ああ、誤解しないでくださいね。彼女は禁忌でも無害な存在。彼女本人が言っていたことですが、基本的に誰とも敵対せず、誰の味方もしない。ギルドなんて組織を作ったのもただの趣味。こちらから攻撃しなければ彼女は動きません」


 ロイズがショックを受けて「……趣味、だったのか」と呟く。

 全てを信じたわけではないがエビルもカシェの言葉は信じたい。彼女が無害だと断言するなら、たとえミヤマがどんな存在だろうと関係ない。今までの関係性を壊さず付き合っていけるはずだ。しかし、なぜ禁忌と言われているのかくらい知らなければいけないとエビルは思う。


「あの人は何者なんですか?」


「まだ、人間という種族が存在しなかった遠い昔。この世界では私含めた神が地上で暮らしていました。他に存在したのは虫や魚、動植物のみ。争いのない平和な生活を送っていました」


 笑みを浮かべて語っていたカシェが「しかし」と言って笑みを消す。


「突如として、私が育てていた虫に変化が訪れました。体が人間の女性のものとなり、猫の耳と尻尾を生やした異形になってしまったのです。その彼女は自らのことを超次元生命体ミヤマと名乗り、事情を説明しました。思い出すだけでも恐ろしい能力を嬉々として語ったのです」


 曰く、ありとあらゆる世界を自由に渡れる。

 曰く、他の生命体の魂を自らのものに上書きして分身を作り出す。

 曰く、どんな世界にも一人以上のミヤマが存在している。


「つまり簡潔に言ってしまえば、ミヤマはこの世界とは異なる世界からやって来た余所者。排除しようにも彼女は強すぎて排除出来ず、勝手にこの世界に居座る始末。……まあ、物騒な目的を持っていないのが不幸中の幸いでしたね。彼女はただ、ありとあらゆる世界を終焉まで見ていたいそうです。我々には到底理解出来ない目的ですがね」


 聞いた話が本当だとエビル達は信じて呑み込む。

 正直なところ、理解の範疇を超えた話で脳が破裂しそうであった。しかしミヤマの人物像は掴めた気がする。彼女は自分勝手で、我が儘で、誰よりも自由なのだろう。彼女への恐怖はあるが対応を変えるつもりはない。結局、エビルにとってミヤマとはマイペースなギルドマスターに過ぎないのだから。


「そっか、何だか、ちょっと納得したかも。ミヤマさんってさ、アタシ達のことを見る目がどうもおかしかったのよね。人間ってより実験動物を見る目って感じ。正直、気味が悪かったのよあの人」


「でも悪い人ではないんですよね? それなら……」


「うん、僕達は今まで通りでいいと思うよ。僕達にとってあの人はギルドマスターなんだから」


「ミヤマ、お菓子くれた。ママに、住む場所くれた」


「……そうだな。敵でないなら正体が何であれ構わない。私達が戦うべきは悪魔王とその配下だし、あの人は協力してくれている。何も不満はない。今日アスクリエイトに来た目的も果たそう。あの人のために黄金卵を手に入れようではないか」


 少し嫌っていそうだがレミも「そうね」と後頭部を掻きながら呟く。

 最終的に仲間もエビルと同じ意見で一致した。

 ミヤマに関しては気にせず、今まで通りに接する方針だ。


「黄金卵? ああ、先程言っていましたね。黄金卵を欲しているのはミヤマなのですか? 呆れますね、自分で取りに来られるでしょうに。……まあ、そういう事情なら少し嫌がらせをしてあげましょう」


 カシェと白竜の案内でエビル達は黄金卵の保管庫へ辿り着く。

 黄金卵は栄養満点、最高峰の旨味、とろける食感と正しく神が食すに相応しい食材。


 ミヤマが欲していた個数分、二十個の黄金卵を受け取ったエビルだがすぐ異常に気付く。二十個の内半分から他とは違う腐った風を感じた。恐る恐るカシェに訊いてみれば、陰湿な嫌がらせで十個だけわざと腐らせたらしい。


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