第251話 黄金卵の在処


 二人は互いに相手の動きを待つ。

 初動の大切さを理解している者同士の対決は動くまでが長い。

 いや、実際の時間が短くとも体感時間が長いというべきだ。

 二人が実際に動き出したのは向かい合ってから数秒後。


 ロイズが駆けて槍を突き出し、ナディンはそれを剣先で止める。

 槍と剣の先端同士で衝突させたのは両者の技量が高いことの証拠。


「成長したのは本当らしいなロイズ。動きを少し見れば分かるぞ」


「ありがたいお言葉です」


「しかし足りぬ。その程度が全力では俺には勝てん!」


 ナディンが連続の突きを放ってくるがロイズも負けじと応戦。

 何度も槍と剣の先端が衝突し合い、高い金属音が絶えず鳴り響く。


「ほう、まだ力を隠していたか」


「ええ、まだまだ! 私の全力をご覧に入れましょう!」


 ロイズは〈メイオラ闘法〉を使用して突きの速度をさらに上げる。

 身体能力任せの攻撃においては全力だ。さすがのナディンといえども〈メイオラ闘法〉を利用した速度には追いつけない。突き勝負は徐々にロイズが押していき、彼の首元に槍を突きつける。


「……よく分かった。身体能力に関しては人間だった頃の俺を超えている。本当に強くなったなロイズ、見違えたぞ」


 笑みを浮かべた彼の言葉を聞いてロイズは槍を下ろす。

 つい先程の突き勝負だけでも相当精神力を消耗した。短時間だが有意義な模擬戦だったと言える。もう決着したしもう一度勝負を願おうとロイズが思った時、ナディンは後方に下がった。


「最低限の実力はあるようだし魔剣はくれてやろう。……だが、どうせなら俺も本気で相手をしようではないか」


「今のが本気ではなかったのですか?」


「悪魔としての機能を抑えているこの肉体では人間の頃より若干強い程度。だが、完全解放した肉体の戦闘力はそれを上回る。あまりなりたくないが戻ろう、真の姿へと。ロイズよ、俺の全力に食らいついてみせろ」


 彼は目を閉じて瞑想を始めた。

 いったい何をしているのかロイズは疑問に思うがすぐ解消される。

 彼の体が徐々に、人間と変わらなかった外見が徐々に魔物らしくなっていく。


 目の色が紫になり、耳が尖る。

 肌から赤い鱗が生えて全身を覆う。

 細長く尖った尻尾が生えて自由に動く。

 背中から蝙蝠こうもりのような翼が生える。

 変化を目の当たりにしたロイズは少しばかりショックを受けた。


「ロイズよ、己の師が憎たらしい姿になって多少ショックだろう。だがお前の心身が強いことを俺は知っている。どんなに辛いことがあったとしてもお前は折れず、曲がらず、最後まで目的を果たそうとする」


「……買い被りです。私一人では心が折れていた。でも、折れても仲間が支えてくれた。今あなたに誓いましょう。私は信頼する仲間と共に悪魔共を討ち、この世の陰から巨悪を取り除く。どんなことがあっても私は戦いましょう」


「仲間、か。一度会ってみたかったな」


 寂し気に呟く彼を見てロイズは何となく、彼の想いを察した。

 彼の想いを無駄にしないためにも模擬戦を有意義にしなければならない。

 先程よりも彼が強くなったのは大いに結構。

 自分よりも強い相手と戦った方が得るものは多い。


「さあ、最後の稽古だ。存分に糧にしろ」


「……はい」


 変貌したナディンに向かってロイズは槍を突き出す。

 使うのは槍技だけではない。体捌きなど、これまでに習得した全てを使う。

 二人は模擬戦とは思えない程に激闘を繰り広げた。

 この模擬戦はロイズの成長を促し、技術面が大きく向上した。




 * * *




 ベジリータの町の宿屋にてエビル達は驚愕した。

 驚いた理由は部屋に来た白竜の一言。


「……今の、本当?」


「嘘を吐く理由がない。それにしても、まさか貴様等が何も知らないとはな。随分な無理難題を押し付けられたらしいが、奴は俺と貴様等が会うのを見越していたのかもしれん。奴ならそれくらい可能だろう」


 彼の言葉が事実なら確かに無理難題。

 事前情報がなければ辿り着けないし、知っている者を捜すのも困難。

 エビル達が心を整理していると、部屋の扉が開いてロイズが帰って来た。


「あ、おかえりロイズ。どこへ行っていたの?」


「……少しな。……いや、君達には話した方がいいか」


 朝エビルが起きた時には既に部屋にいなかった。

 隣の部屋に泊まっていた彼女がいないことを、リンシャンが心配して知らせてくれたのである。レミやクレイアは全く心配しておらず、エビルも彼女なら心配ないと思い帰りを待っていた。一人で特訓や買い物をしているかもしれない。余計なものに終わると思ったし実際五体満足で帰還している。


 ただ、何かがあったのは感じた。

 彼女の心には深い悲しみと使命感があり、頬には涙の痕がある。一人で泣いた理由には触れないようにしたかったが、彼女自身が話すというのなら止めない。


「これを見てくれ」


 ロイズが腰に下げていた剣を両手で持ち、見やすい位置で維持する。


「……剣?」


 槍ではなく剣ということにエビル達は疑問を持つ。

 彼女の武器といえば槍だったはずだ。剣を持っているところなど見たことがない。しかも彼女が見せる剣が普通の剣ではないことがエビルには感じ取れる。おそらくだが、魔剣ではないかという考えが過る。


 黒い剣身に無数の赤いラインが伸びる禍々しい剣。

 エビル以外も異常な剣だと思ったようで困惑が強い。

 剣をじっくり眺めた白竜が「魔剣か」と呟く。


「ああ、この剣は魔剣マガツウル。私はこれを……師から託された」


「ロイズの師匠から? でも、君の師匠は死んだって」


「私の師、ナディン・クリオウネは悪魔に改造されて七魔将となっていた。この魔剣は師と戦い手に入れたもの。これのおかげで私も奴等を殺す手段を得られた。師との一件を全て一人で片付けたのは謝ろう」


「……七魔将って」


 それからロイズは今朝あった出来事を全て語った。

 事情を知ったエビル達は言葉を失う。

 しかし一番ショックを受けただろう彼女は既に吹っ切れている様子。

 気遣いは必要だろうが、意思が折れてはいない。

 寧ろ昨日までより意思が固くなったように思える。


「私のことは心配するな。それより、私が帰って来た時に何を話していたんだ? そこの彼と世間話をしていたわけではなさそうだが」


 彼女が心配するなと言うのも強がりではない。

 エビル達が話していたことも重要なことなので、彼女が吹っ切れているのなら遠慮なく話題を変える。


「――黄金卵の在処が判明した。君が戻ったら出発しようと思っていたんだ」


「本当か! そういえば師のことが衝撃的すぎて話すのを忘れたが、強生命タマネギの畑を荒らしていた魔物は討伐されたぞ。強生命タマネギは育ちが早く、種植えから収穫まで約一ヶ月。近いうちにまた青果店が売り出してくれるだろう」


「なら一月ひとつき後にまたベジリータに戻りましょう」


「ようやくこの特訓ついでのお使いも終わりが見えてきたわね」


 レミの言う通り、ハイパー特訓も終わりが近付いている。

 無事に終われそうなのは白竜のおかげだ。彼が黄金卵の場所を知っているお陰で、エビル達は無駄な渡航をしないで済む。もし知らなければ何年も船旅していたかもしれない。……さすがにそうなる前に悪魔王城に攻め込むと思うが。


「それで、黄金卵はどこの国にあるんだ?」


「どこの国にもないらしい。遠い昔は地上にもあったらしいけど」


「何? どういう意味だ?」


 戸惑うロイズに白竜が説明しようと口を開く。


「――神城しんじょうアスクリエイト。かつて創造神アストラルなどの神が住まわれていた空に浮かぶ城。そこに黄金卵は存在する」


 白竜が告げた言葉にロイズは愕然として息を呑む。

 次の目的地はアスクリエイトと決まり、エビル達は宿を出発する。

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