第250話 師の頼み事
悪魔王のこと。七魔将のこと。敵と、これまで自分がどうしてきたかを話す。
疲労を溜め込んでいたラハン達は休憩しながら耳を傾けてくれた。
「……そんな恐ろしい奴等を相手にお前は戦ってきたのか。……一応訊いておくけど、俺達とベジリータで生活する気はないか? 俺、今はこいつらと一緒に自警団をやっているんだ。スピアズって名前でな、町の人間からは結構頼りにされている。町長から給金が出るから金には困らない。お前がいてくれたら俺達は心強い。どうだ?」
「俺達はっていうか、リーダーが一緒にいたいだけじゃないっすか」
「うっせえ。間違ったことは何にも言ってねえだろ。ロイズは即戦力になる」
「……誘いは嬉しいよ。だが今の私にはやることがある」
少し考えたロイズは小さく笑みを浮かべて答えを返す。
確かにロイズならバラティア領土の魔物に今更苦戦しない。自警団に入っても立派にやっていけるだろうし、バラティアに残された民達を守りたい想いもある。心に多少の余裕がある今だからこそ選択肢に加わる。しかし今のロイズにとって、エビル達も国民と同程度に大切な存在。個人的な復讐も関係しているが、強大な敵と戦うエビル達の助けになりたいと強く思う。
「だから全て終わったら必ずベジリータに帰るよ」
「……何となく断られると思ったよ。でも約束だぜ。俺達はずっと待ってるからな」
ロイズは「ああ」と笑いながら頷く。
全て終わったらエビルと旅をするのも悪くないが、それは叶わないものとなってしまった。エビルがベジリータに留まってくれない限り別れてしまうだろう。一箇所に留まるのはありえないと分かるので、エビルとの付き合いは悪魔王を討つまでになりそうだ。しかし旅が終わった後の明確な目的をロイズが持てたのはいいことである。
「つーか今日は一緒に帰ろうぜ。ダメか?」
「すまない、私はまだ畑でやることがある。先に帰ってくれ」
「つれねえなあ。ま、用があるってんならしょうがねえか。またなロイズ」
「ああ。また会おう、ラハン」
ラハン達、自警団スピアズの面々は真っ直ぐベジリータへと帰って行った。
強生命タマネギの畑付近に残ったロイズは、自分以外誰もいなくなった周囲を見渡す。武器屋の店主の情報通りなら、師の愛槍を持って来た者がいるはずだがもう去ったのかもしれない。畑の方角に向かったというだけで、畑に用があるとは限らない。
「……畑は全て回った。さらに北へ行ったのか?」
何者なのか話をしてみたかったが後を追うのは難しい。追うにしても短時間では捜し出せないだろう。会って得をするかも分からない相手のために、長い時間を使う気はない。今は大事な特訓期間。少しでも無駄な時間を減らすべく、特訓でもしていた方が有意義だ。
出会わなければならない相手なら運命が自分を導くだろう。
「む、この感じ……まだ魔物が潜んでいるな」
ロイズは〈メイオラ闘法〉を習得したからか魔物の居場所が分かるようになった。気配というより生命の流れを感じ取れるので、近い場所に生者が存在していれば気付く。この便利な技術のおかげで魔物から不意討ちを喰らうことはなくなった。
――地面の一部が盛り上がり、爆散する。
子供の時に同じものを見たことがあった。
先程自警団スピアズが戦っていたサンドラーワームの登場だ。
「まだいたかサンドラーワーム。今の私は貴様如き……いや、何だ? 誰だ!?」
――現れたサンドラーワームが突如、真っ二つに切断される。
黒い塵となって消えていく魔物の中にロイズは生命を感じ取る。
つまり何者かが、体長の長い魔物をいともあっさりと切断してしまったのだ。エビルなら出来そうな気もするが彼はまだ寝ているはずだ。仮に彼だとしても、生命の位置的に魔物に食べられていたことになる。風の秘術を持つ彼がそんなミスはしないだろう。
「――ロイズか。生きているのは知っていたが、まさか、こんな場所で会うとは」
黒いローブのフードを深く被る男が聞き覚えのある声で話す。
まさか、という思いが強くなる。
彼がフード付きローブを脱ぎ捨てた瞬間、ロイズは愕然とした。
彼は水色の長髪を一纏めにしている長身の男。
武器は剣。黒い剣身には血管のように広がる赤い線が描かれている。所持している武器こそ違うが彼の姿は正しく死んだはずの師、ナディン・クリオウネその人に間違いない。
尊敬する彼に出会えたロイズの口元と涙腺は自然と緩む。
「……師よ……生きていたのですね」
「正確には生き返ったが正しい。ただし、悪魔としてな」
しかし笑みは崩れ、涙は止まる。
彼が告げた言葉をロイズの脳が現実と認めない。
「……あ、くま」
「あの日、サイデモンに殺された俺は死体を悪魔に改造されたらしい。不思議なものだ。悪魔王とやらは黄泉から魂を引っ張って来られるらしい。俺は奴等のせいで死に、奴等のおかげで現世に復帰出来たというわけだ。……ロイズ、不甲斐ない師を許してくれ。俺がもっと強ければ王都が壊滅することはなかった」
「本当に、師なのですよね? 偽物ではなく」
「人間に姿を変える魔物もいると話したことがあったな。安心しろ、俺はナディン・クリオウネ本人だ。信じられないのも無理ないが信じてくれ。お前には頼み事がある。こんな場所で会ったのは運命かもしれん」
己の師が悪魔と化して目前に現れた現実とロイズは向き合う。
集中すれば分かるが人間と魔物では生命の流れに若干の違いがある。ナディンの生命は自分と微かに違い、エビルと酷似していた。目前の彼が悪魔なのは真実だと判断出来る。
次に彼が師と同一人物かだが、根拠はなくとも信じてみることにした。
これに関しては直感としか言えない。エビルなら確実に判別出来るのだが不在なのだから仕方ない。偽者なら軽いピンチではあるが人間の直感も案外バカに出来ないものだ。風の秘術には及ばないが真実を教えてくれるものである。
「……信じます。頼み事とは何でしょうか」
「悪魔王を討伐してほしいのだ。俺も戦いたいが、奴は配下の悪魔の魂を黄泉へ運ぶことが出来る。俺が戦おうとすれば戦闘前に魂の抜け殻とされてしまう。奴の討伐は人間にしか頼めない」
「それで私に……? ふっ、言われずとも、祖国の王都を滅ぼされたあの日から私はそのために行動しています。近いうち悪魔共の本拠地に攻め込む予定です。今は特訓中なのですが、よければ手伝ってくれませんか? 私は久し振りに師と模擬戦を行いたい」
「ふむ、構わないがその前にロイズの武器を見せてくれないか?」
ロイズは「武器を?」と戸惑いながらも自分が持つ槍を手渡す。
市販されている何の変哲もない槍をナディンはまじまじと見つめる。
「いい一品だが……この槍では七魔将すら討てないだろう」
「承知しています」
返された槍をロイズも見つめて告げた。
上位の魔物を殺すには神性エネルギーが必要不可欠。
生命エネルギーを扱う〈メイオラ闘法〉がいくら強力でも関係ない。
魔剣などの特殊武器、秘術などの特別な力でなければ命を奪えないのである。
ロイズの槍で肉体を傷付けたとしても、細胞の一片すら残っていなくても、上位の魔物達は体が勝手に再生してしまう。神性エネルギーで魂ごと討滅する以外に討伐方法が存在しない。つまりロイズではどう足掻いても上位の魔物を殺せない。
「しかし私には頼りになる仲間がいます。七魔将も悪魔王も私がトドメを刺すのではありません。私はただ、仲間達の手助けが出来ればいいと今は思っています。もちろん理想を語るなら、サイデモン・キルシュタインだけでも私の手で討ち取りたいですがね」
「ならばその理想を叶えるがいい。この剣をお前に渡そう」
ナディンが見せたのは彼が持っていた剣。
黒い剣身に赤く細いラインがいくつも走っている禍々しい剣だ。
「――魔剣マガツウル。触れた対象の生命エネルギーを自他関わらず吸収し、持ち主の力に変える能力を秘めている。俺が悪魔として目覚めた日に渡された代物だ。この魔剣ならば悪魔王すら討ち取れる」
魔剣。七魔将が一本ずつ所持している武器。
考えたくはなかったがナディンも七魔将の一人の可能性がある。
水上国ウォルバドへの道のりにて、シャドウが持つ情報をエビル経由で聞いた。七魔将に二人の補充メンバーが入ったという情報だ。心境は複雑だが、ナディン程の実力者なら七魔将に選ばれていてもおかしくない。
柄を上にして差し出される魔剣にロイズは手を伸ばし……掴めなかった。
掴もうとしたのにナディンが魔剣を下げたのだ。
どういうつもりですかとロイズは目で抗議する。
「この魔剣マガツウルを渡す前に確かめたいことがある」
「それは、いったい」
「お前の今の実力だ。この魔剣は、確実に奴等を討てる者に渡したい。少なくとも俺に勝てるくらい強き者でなければ渡すに値しない。お前は先程、模擬戦がしたいと言っていたな。今の実力を模擬戦で俺に示せ。見事勝利したなら魔剣を渡そうではないか」
「……望むところです。私も少しは成長しました。必ず勝てるという傲慢な考えは持ちませんが、勝つ気でやらせてもらいましょう」
決戦は近い。少しでも力を高めるためにナディンとの模擬戦は役立つ。
ロイズと彼は背を向けて距離を取り、離れた位置で再び向き合って武器を構えた。
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