第249話 まさか


 朝日が昇り始めて間もない頃。

 なぜか朝早くに起きてしまったロイズは宿屋から出て行く。

 特に行きたい場所があるわけではないが、何となく武器屋へ向かうことにした。


 歩いている最中、昨夜見た夢を思い出す。

 過去のロイズの体験が頭に蘇る。

 なぜ今更当時のことを思い出したのかは分からない。

 ただの偶然か。それとも必然か。


 どうせ思い出したのならラハンに会ってみたいが居場所を知らない。

 彼とは過去ベジリータで会っただけで家も生死も知らないのだ。

 しかし昨日青果店で聞いた自警団スピアズの話は彼と無関係だと思えない。


 自警団に彼がいるなら、会わなかった分だけゆっくり話したい。それに王都壊滅を耳にしてロイズは死んだと思われているだろうし、会って驚く顔が見てみたいと少し意地悪な考えもある。


 彼について考えているとロイズは武器屋に辿り着く。

 ロイズの槍は度重なる戦いでかなり傷んでいる。

 今後さらに激しくなる戦いのために新たな槍を買うのもいいし、槍の予備もあった方がいい。武器が破壊されて戦えませんが通じる敵ではないのだ。破壊されて素手で戦うのは圧倒的に不利なため、二本槍を持っておいた方がいいだろう。普段使わない予備は収納袋に入れておけば邪魔にならない。


「……武器の質があまりよくないな」


 店頭に並ぶ武器の品揃えは良いと言えないレベルだった。

 店主である寡黙そうな男性が睨んできたが気にせず品定めしていく。


「王都が壊滅した影響だ。仕入れ先は基本王都だったからな」


「なるほど、普段とは違う場所から仕入れたら質の悪い場所だったということか」


「そういうこった。……お前槍使いか。それならいいものがあるぞ」


 武器が飾ってある棚の後ろから店主は槍を取り出す。


「だいぶ年季が入っているが良質な槍だ。これ以上の槍はこの店にない」


 槍を目にした瞬間にロイズは目を見開き、呼吸することさえ忘れる。

 店主の説明が頭に入って来ない。ここまで驚いているのは出された槍が貴重品だとか、想像より低品質だとかの理由ではない。視界に入る槍をロイズは何度も見たことがあるのだ。しかも本来、店で売っているわけがない代物だ。


「……師の……槍」


 それは間違いなくナディン・クリオウネが愛用していた槍。

 彼の槍は特注品。かつてとある部族の知り合いから話を聞き、強大な獣の骨で作成したと彼本人から聞いたことがある。そのままでは真っ白な槍に彼が色を塗ったとも聞いた。この世に一つしかない芸術的一品だ、見間違えるはずがない。


「店主、これをいったいどこで手に入れた!?」


「気に入ったか? こいつは昨日か一昨日か、黒いローブを着た仮面男が売ってくれてな」


「その男の行方は分かるか!? 去った方角だけでもいい!」


「何だお前、おっかない顔だぞ。あの男なら確か畑に行くとか言っていたが」


「情報感謝する! 後で買うからその槍は絶対に売るな!」


 まさか、とロイズは何度も心の中で呟く。

 思考領域に広がる一筋の希望。尊敬する師が生存している可能性。


 王都が壊滅してからロイズが初めて目覚めた日、心身疲労するまで彼を捜し続けた。しかし彼の死体だけは全く見つからなかったのだ。死体が見つからずとも王都の惨状を見て冷静になれば、まだ生きているとは思えなかった。……思えなかったが、今は心が揺れている。


 畑に向かったという情報をもとにロイズは町の外へと駆けた。

 ベジリータの住民が管理している畑は全て町の外にある。

 どの畑に向かったかは不明なため、一つ一つしらみ潰しに行って捜す。


 休まず走って捜し続けた結果見つけたのは複数人の男女。

 複数の男女は武器を持ち、サンドラーワームと戦闘中のようだ。

 朝早い時間に戦っている男女はサンドラーワームの特徴を知っているのだろう。それでも疲労が溜まり苦戦している様子なのは、余程弱いか連戦しているかのどちらかだと思われる。


 ロイズは急いでいるが、不利な様子の男女達を見捨てるわけにはいかない。

 傾斜になっている地面を駆け下りたロイズはサンドラーワームへと跳躍する。

 六歳の時は不覚を取ったが今は当時より遥かに強くなった。かつての師のように、ロイズは力強い突き技でサンドラーワームの頭部を貫いて着地する。

 男女達は驚いているが魔物を討ったので味方だと判断するだろう。


「……ロイズ。……お前、ロイズか?」


 複数の男女の中で一人、鉢巻を巻いた紫髪の青年が震えた声を出す。

 砂色の巨大ミミズが塵と化していくのを見届けた後、ロイズは振り返る。


「そうだが、知り合いだったか? いや待て、どこかで見覚えがあるな」


「お前は俺のことなんか憶えていないかもしれないけど、ラハンだよ。ほら、昔ベジリータで会っただろ。思い出せないか? 最後に会ったのは十年以上前だから憶えていないのも仕方ないんだけどさ。何とか思い出せないか?」


「ラハン! 君か! 随分と逞しく成長したな、見違えたぞ」


 名前を言われてロイズは彼のことを思い出した。

 正確には憶えていたのだが十年以上前の彼だ。年月が流れて成長した彼を見ても分からないのは仕方のないことである。身長も高く、逞しい体になった彼は別人のように見える。


 かつての知り合いに会えてロイズは笑みを浮かべたが彼は浮かない顔だ。

 幽霊でも会ったような戸惑いが彼の顔に出ている。


「……やっぱりあの時のロイズなのか。同姓同名の別人じゃなくてあの、ロイズか」


「リーダー、誰っすかこの美女。女神っすか」


「……知り合いだ。まさか、生きていたなんて」


 ラハンは自身の頬をつねって「夢じゃない」と呟く。

 ようやく現実だと受け入れた彼は涙を流し、近付いて肩を掴んできた。


「生きていたんだなロイズ。バラティアの王都が崩壊しちまったって聞いて、実際に見に行って、あんな場所の生き残りなんていないと思っていた。……何が、何があったんだよ。生きていたんなら今まで何してやがった! 一度くらい会いに来てくれてもいいだろ!」


 叫ばれてようやく彼の様子がおかしい理由が分かった。

 ロイズが師を死者だと思ったように、彼の中でロイズは死者だったのである。王都の壊滅っぷりを目にしたなら誰もがそう思う。何事もなかったかのように、本当にただ再会しただけのようにロイズは接してしまったが思慮不足であった。彼の気持ちを考えると顔が曇る。


「……すまない。復讐で頭がいっぱいだった。それに君のことは憶えていたが、一々報告するような間柄ではなかった気がするが」


「うっ、まあそうだな。俺とお前の関係はまだその程度か。……で、復讐ってのは誰にだよ。まさかあの王都の壊れっぷりは人為的なものだっつーのか? 自然災害じゃなく誰かの仕業だって?」


「ああそうだ。放っておけば国どころか世界中の人間が危ない」


 隠す必要はないし、むしろロイズにはバラティアの民への説明責任がある。

 悪魔王のこと。七魔将のこと。敵と、これまで自分がどうしてきたかを話す。

 疲労を溜め込んでいたラハン達は休憩しながら耳を傾けてくれた。

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