第248話 ロイズとナディン 後編


 ベジリータ付近にある強生命タマネギの畑へとロイズはやって来た。

 周囲に他の畑はないが、それは強生命タマネギの特性が理由。実は強生命タマネギは通常の野菜より大地から生命力を吸って成長するため、他の作物の畑が傍にあったらそちらが育たなくなってしまう。ゆえに他の畑から離れた場所に畑を作っている。

 

 町で会った少年の情報では、強生命タマネギの畑に魔物が出没するらしいが見つからない。夜で暗いとはいえ月光があるので見逃すことはない。青白い月光のおかげで暗くても畑がよく見える。少年の情報通り荒らされており、無惨にもボロボロのタマネギが転がっていた。


「出て来い! 出て来い魔物!」


 周囲を警戒しながら出現を待っていると地面が揺れた。

 大きな振動で体勢が崩れるが何とか倒れず立ったままでいられている。

 いったい何の揺れだったのか、そう考えていると今度は地面が爆発した。

 大量の小さな土塊が四方八方へと飛び散った。

 そして――現れた。


 体長三十メートルはある砂色の巨大ミミズ。

 先端にある口は大きく開かれており、透明な涎がだらだら零れている。

 今現れた巨大ミミズこそサンドラーワームという魔物だ。

 姿の特徴はナディンに聞いていたので間違いない。


「現れたな、サンドラーワーム」


 ロイズは鋼の剣を鞘から抜いて構える。

 魔物討伐の同行にあたって、万が一のためにとナディンが贈ってくれたものだ。初めて持つ金属製の剣は木剣より遥かに重いが、試し振りしてみれば難なく振るえた。六歳とはいえ鍛えに鍛えた体だ、十分戦える。


「私が民達を守ってみせる。行くぞ!」


 勢いよく駆けてサンドラーワームとの距離を詰める。

 顔だろう先端部へと剣を振るい、僅かな傷を付ける。傷口から黒に近い緑色の血液が流れるのを目にして、自分でも倒せると思ったロイズは連続で斬撃を放つ。小さな傷を多く付けると、いきなり先端部で体当たりしてきた。


 ロイズの年相応に小さな体は軽々と吹き飛ぶ。

 悲鳴を上げて転がったロイズはつい剣を放してしまう。


「う、うう……まずい、剣を、回収しなくては」


 口から零れる赤い血を手で拭って、遠くに吹っ飛んだ剣を拾いに行く。

 痛みのせいで全速力では走れないため回収に十秒もかかった。その十秒で、貴重な時間で、サンドラーワームは次の攻撃のために上半身を大きく振りかぶっていた。十五メートルもある上半身を鞭のように扱い、ロイズも畑も薙ぎ払おうと上半身を振るう。


 咄嗟の判断でロイズは真上に跳んだ。

 高く、高く、サンドラーワームの上まで跳んで斬撃を放つ。

 敵の攻撃の勢いを利用して深く肉を切り裂く……つもりだった。


 剣がサンドラーワームの体に食い込んだところまではいい。しかし、そのまま切り裂こうとしたが思いのほか頑丈であった。途中で止まった剣は跳ね返されて、ロイズは横に高速回転しながら地面に落下する。回転していたおかげで意図せず受け身が取れたが、それでも衝撃を殺しきれずに骨が折れた。


 無様にも転がったロイズは立てない。

 体が言うことを聞いてくれない。

 喉から血が上ってきて吐き出した時、自分の死を悟る。


 ロイズは戦闘前まで敗北など微塵も考えていなかった。

 ナディンとの鍛錬を続け、強くなっていくのを実感している。兵士と模擬戦をして勝ったこともある。周囲から天才と言われたこともある。憧れの風の勇者のようになれると、魔物などには負けないと本気で思っていた。しかし今日――現実を知った。


「……私は……弱い。……誰も、守れない」


 悔しさで涙を流しながら、震える声で現状を呟く。

 少年に偉そうなことを言っておいて自分は無様に地に伏せているだけ。所詮六歳児の自分では魔物一体すら討てない。こんなことになるなら大人しく早朝まで待ち、ナディンと共に来ればよかったと後悔する。


「――ロイズうううううううう!」


 焦りを含む叫び声が轟いた。

 初めて聞く荒ぶる声に驚くと、サンドラーワームの頭が爆散してさらに驚く。


 ロイズの傍に一人の男が着地すると同時、サンドラーワームの体が黒い塵と化して消えていく。目では追えなかったが誰の仕業かは分かる。男を目にする前から己の師、ナディン・クリオウネだと確信していた。


「酷い傷だ。随分と無茶をしたものだな」


「……なぜ、ここに」


「お前が部屋から消えたからだ。今回のサンドラーワームの一件、納得いっていないようだったからな。まさかとは思ったが本当に一人で討伐に向かうとは。……色々言いたいことはあるだろうが町に帰ってからにしよう」


 安心からかロイズの意識が薄れていく。

 意識を失う直前、目にした光景は地面から出て来たサンドラーワーム四体。絶望的な光景にも絶望しなかったのはやはり、頼りになる師が傍にいるからだろう。結局、見たかった戦いは全く見られずに意識を失った。



 * * *



 宿屋の一室で目覚めたロイズは上半身を起こす。

 包帯が巻かれていたり、ガーゼが貼られていたりと応急処置を受けた体が痛む。今までも怪我をすることはあったがここまでの大怪我は初めてだ。これが名誉の負傷ならいいのだが残念ながら自業自得。身の程知らずなことが招いた罰というのが一番近い。


「目覚めたか。意外と早かったな」


 ドアを開けて入って来たのはロイズの師であるナディン・クリオウネ。

 野菜が入った袋を持っている彼は、ロイズと同じベッドに腰を下ろす。


「……まずは礼を。助けてくれてありがとうございました」


「弟子を助けるのは当然のことだ。国王陛下にも頼まれているしな」


「それでもありがとうございました」


 ナディンは袋に入っていた野菜の内ニンジンを取り出して生で齧った。

 彼は「食うか?」と問いかけてきたのでロイズは静かに首を横に振る。


「……なぜ、師は早朝に畑へ行こうと考えたのですか?」


 理由を聞かず勝手にやる気がないだけと、町に住む人々のことをあまり考えていないのだと決めつけてしまった。しかし今なら分かる。ナディンはそんな人物ではない。早朝と決めていたのは何か特別な理由があるはずである。


「昨日、お前には話したな。魔物の習性や特徴は憶えておいた方がいいと」


 ロイズは軽く頷いて「はい」と答える。


「サンドラーワームは夜遅い時間になるほど凶暴性が増し、群れで動くようになる。朝早い時間はその真逆。お前の安全を確実なものとするなら早朝の討伐がベストだったのだ。早朝のサンドラーワームならお前一人でも逃げられただろうしな」


「……私のせい、でしたか」


 ロイズは自分を責める。

 端的に言って足手纏いだったのだ。

 ナディン一人ならば話を聞いた夕方時点で終わっていた討伐なのに、足手纏いがいるから彼は討伐を遅らせた。彼を責める資格などロイズにはない。こんなことなら同行するべきではなかったと強く後悔する。


「捉え方が悪いな。確かに俺は夜のサンドラーワームでも難なく討てるが、奴の討伐は動きの鈍る早朝が基本。アクシデントがあってもその方が対処しやすい。お前がいなくとも俺は早朝に向かっていたさ」


「慰めはいりません」


「……いや、本当のことだが。……ああそういえばお前の見舞いに来た少年がいるぞ。少年、もう入って構わんぞ」


 部屋の扉が開いて見覚えのある少年が入って来る。

 ボロボロの服を着た少年は昨日、サンドラーワームがよく出没する畑を教えてくれた少年だ。


「お前か。……笑いにでも来たのか。口では偉そうなことを言っても何も出来ず、無様に殺されかけた私を」


「んなわけねえだろ。俺は、お前を尊敬する」


 意味が分からずにロイズは「は?」と間抜けな声を漏らす。


「ずっと、魔物を殺すのは兵士やギルドの仕事だと思ってた。お前みたいな、俺と歳が変わらねえ子供が戦うなんて思ってもいなかった。やろうと思えば戦えるのに、他人に責任押し付けて何もしなかったことに気付かされたよ。お前は無様なんかじゃない、立派な奴だよ」


「魔物を討ったのは我が師だ」


「それでも俺は、この町のために行動してくれたお前にも感謝してんだよ。ありがとう。あの魔物がいなくなったから農作業がまだ出来る。みんな喜んでるよ。全部お前と、ナディンさんのお陰だ。本当にありがとう」


「……そうか。まあ、感謝は受け取っておく」


 なぜ自分がとは思うが感謝されて悪い気はしない。


「俺、これから魔物と戦うために強くなるよ。歳が近い女にばっかり任せちゃおけねえ。俺なんかでも出来ると信じて自警団を作ろうと思う。兵士やギルドの手を借りなくても自分達で町を、国を守ってやる。……だからお前ももっと強くなれよ。今度は魔物を殺せるように強くなれよ。そうじゃなきゃ俺の方が強くなっちまうぜ」


 思わずロイズは「ふふ」と笑みを零す。

 未来を語る少年の言葉を聞いて、今のことで悩んでいた自分がバカらしくなる。

 明らかに自分より弱い少年に啖呵を切られて吹っ切れた。


 ロイズはやるべきは昨夜の後悔ではない。今やるべきはさらに高みを目指すこと。決して少年に追い越されないように、今度はサンドラーワームを討てるよう強くなること。


「頼もしい限りだ。お前、名前は何と言う?」


「ラハン」


「私はロイズ・ヴェルセイユ。将来、バラティアを守る王になる者だ」


 ラハンは「え、王? まさか王族!?」と驚愕する。

 ナディンが頷いたのを見た彼は中々驚愕の渦から抜け出せない。

 時間が経ってようやく冷静になった彼と、守りたいもののために努力することを互いに誓って別れた。それからベジリータを離れるつもりだったのだがナディンの指示で数日、体の回復を少しでも進めるために町に残った。


 ――数日後。


 バラティア王都への帰り道でロイズはナディンにとある提案をする。

 提案をした時、ナディンは大きく目を見開いて驚いていた。


「……何? 今、何と?」


「剣ではなく槍を教えてくれませんか、と」


 再確認した彼は分かりやすいデメリットをいくつも挙げる。

 剣と槍では扱い方が違う。今から教えるとなると時間が足りない。

 正直なところ彼の挙げたデメリットは正しいし、ロイズは自分の要求が無茶なものだと理解している。他にも色々と言っていたがロイズが全く引き下がらずにいると彼の方が折れる。


「……何故だ。何故今更槍なのだ」


「剣を使いたかった理由は風の勇者への憧れでした。今でも憧れは変わりませんが、私は風の勇者以上に師に憧れたのです。私も師と同じように槍を使いたい。そして使うからには師を超えてみせます」


「はぁ、分かった。どうせ考え直す気はないんだろう。だが槍を使うからには生半可な強さで立ち止まるのを許さん」


「言ったでしょう。師を、超えてみせると」


 この頃からロイズは剣ではなく槍を持つようになる。

 憧れの人物を追いかけるために同じ武器を扱い、いつかは彼以上の力を身につける。そんな想いをもとに鍛錬に励む。

 因みに城に帰還した時には怪我が完治しており、ナディンの首が物理的に飛ぶ事態は避けられた。

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