第247話 ロイズとナディン 中編


 バラティア王国領土内にある町の一つ、ベジリータ。

 カラフルな建築物が彩る美しい町並みを見てロイズは目を輝かせる。


「わああ……とても綺麗。ここがベジリータ」


「何だ、来るのは初めてだったのか。それなら新鮮に映るだろう」


 青い長髪を一束に纏めた、着物姿のナディンが歩くので背中を追う。

 過保護な父のせいでロイズは今まで王都から出たことがない。

 ベジリータで有名な野菜はよく食べているし、その野菜の生産地に来られたというのもあって非常に嬉しい。これもナディンが仕事に同行しないかと提案してくれたお陰。魔物討伐の見学も合わせて一石二鳥だ。


「師。今日討伐予定の魔物はどんな魔物なのですか?」


「サンドラーワーム。知っているか?」


「……いえ、魔物にはあまり詳しくないもので。私が強ければどんな魔物だろうと討伐出来ますし、名前や特徴などを勉強したことは一度もありません。もしや、私も魔物図鑑を読まなければならないのでしょうか」


「魔物にも生態がある。弱点がある。そういったものを知れば戦いやすくなるし、こちらが実力不足でも逃げ切ることが出来るかもしれない。今すぐ学ぶ必要はないが、得た方がいい知識だ。バラティアでは兵士にもそういった知識を学ばせていると聞く」


 極論だが自分が強ければ、他者の追随を許さないほど強くなれば、魔物の生態や弱点など知らずとも勝てる。風の勇者だって誰よりも強かったと絵本に書いてあった。ひらすらロイズが強くなれば勇者のように誰もを守れる人間になれると信じている。


「話を戻そう。今回討伐依頼を受けているのはサンドラーワーム三体。このベジリータ周辺に現れるという情報だが、人々に聞き回って位置を絞った方がいいだろう。一先ず宿を取り、今日中に情報を集め、明日の早朝に討伐へと向かうぞ」


 ナディンの決定に文句などあるはずがなくロイズは「はい!」と元気よく返事する。

 彼の宣言通り宿泊施設の部屋を予約して、町人に聞き込みを始める。

 畑が荒らされるという情報はいくつもあったが肝心の魔物の居場所は不明。


 困り顔で話す人々には同情するがロイズは内心うんざりしていた。ロイズ達が知りたいのは被害状況ではなく、サンドラーワームの居場所なのだ。どうも噛み合わない町人達に苛々が募る。

 こう思ってはいけないのはロイズも分かっているが……退屈。つまらない。早くナディンの戦闘を見たい。あわよくば自分も戦いたい。そんなことばかり思ってしまう。


「……退屈か?」


 眉間にシワを寄せて歩いていたせいかナディンに気持ちを悟られた。

 尊敬する師に嫌われたくない一心で「いえ、退屈ではありません」と嘘を吐く。


「取り繕わなくていい。大人になれば嘘も日常に混ざるだろうが、俺には嘘を吐くな。取り繕う必要はない。それとも俺は、お前が全てを正直に話せるほどの男ではないか? まだまだ精進が足りないか?」


 ずるい言い方だ。ロイズは師を尊敬しているし誰よりも信頼している。正直に話せと言われたら話さざるをえない。


「……いえ、申し訳ありません。聞き込みは退屈です。私は早く師の戦いを見たい」


「そうか、まあ焦るな。どれ、お前の大好きな甘い飴でも買ってやろう」


「子供扱いしないでください。……でも、ありがとうございます」


 ナディンは近くにあった菓子売り屋台に寄り、飴を買おうとしている。

 甘い物が好きだと修行の合間に話した時があった。それを憶えてくれていたことがロイズは嬉しくて頬を赤く染めた。


 近くの菓子売り店から彼が帰って来るのを待っていると、一人の少年が接近してくるのに気付く。現在六歳のロイズと身長は同じくらいなので歳も近いだろう。そんな少年が明らかにわざと肩をぶつけてきたので咄嗟に腕を掴む。


「待て。人にぶつかっておいて謝りもしないのか」


「……んだよ。その高そうな服、お前金持ちの子供だろ。俺は貴族とか王族とか金持ちが大っ嫌いなんだ。知ってんだぞ、俺達から金を巻き上げて好き放題使ってんだろ。貧乏でもお構いなしに金を巻き上げるんだろ」


「税金のことか? 貴族や王族への偏見だな。私はお父様を見ているから分かる。お父様はいつも国民のことを考え、国をもっと良い場所にしようとしている。集めた税金はちゃんと有効活用しているさ」


「じゃあ俺達から巻き上げた金で何してんだよ」


 ロイズは「それは……」と言葉に詰まる。

 少年の身なりから察するに貧しい家庭であり、税金を徴収することに不満を持っているのだろう。不満を取り除くために説明してやりたいが説明出来ない。国のため、人のため、集まった税金を使っているのは分かる。しかし自分の父や貴族が税金を何に使っているのか具体的には答えられない。ロイズは知らないのだ。まだ幼く勉強中の身であり、政治に参加したこともないから分からない。


「ほら、やましいことがあるから言えないんだ。お前は知らねえかもしれねえけどさ、今この町じゃ魔物が畑を荒らしてんだ。他人から金を奪うくせにお前達は俺達を守ってくれねえじゃんか! だから金持ちは嫌いだ、大っ嫌いだ!」


「私は……私は貴様等を助けに来たんだぞ!」


「お前なんかに何が出来んだよ。助けるってんなら早くあの魔物を倒せよ!」


 酷く腹が立つ。ロイズ達は畑を荒らされて困っている者達を助けようとしているのに、悪さをする魔物を勇者のように倒そうとしているのに、少年の態度は邪魔者に対するものと同じ。元から苛々が募っていたのもあり、少年の腕を掴む手に強い力が入ってしまう。


「うるさい! 助けてもらいたいなら相応の態度があるだろう!」


「いって、いてえええええええ! ふざけんなこのブスゴリラ!」


 少年に突き飛ばされたせいで尻餅をつく。ただし腕は掴んだままなので少年もバランスを崩して、少年がロイズを押し倒したような構図になった。距離が急に詰まった男女はドキドキするかもしれないがそんなものは一切ない。

 ロイズは「どけ!」と少年を突き飛ばして尻餅をつかせる。


「――何をしているロイズ」


 二人の横にナディンが立っていた。手には飴玉が多く入った袋を持っている。


「師よ、こいつが私にぶつかってきたのです。何やら言いがかりもつけてきましたし、助けを求める人間として態度が悪い」


「そうか。しかしお前が攻撃するのは筋が通らない、分かるか? 助けるからといって横暴な態度や暴力を振るってはいけない。お前はもっと広い心を持つべきだな。そこの少年も悪いが、今回はお前の対応も悪かったと分かれ」


 ナディンが来たおかげでロイズは冷静さを取り戻す。

 ロイズにも悪い部分はあった。いくら大嫌いと言われても、少年の言動に苛ついても突き飛ばす必要はなかった。先に攻撃したのが相手でもやり返す必要はない。


 民を守りたいロイズが民を傷付けるなど本末転倒。

 つい怒りで反撃してしまったのは心の弱さと狭さの証明。

 己の未熟さを反省したロイズは歯を食いしばる。


「ロイズ、少年、互いに怪我はないか?」


「……私は大丈夫です」


「ふん、別に平気だよ」


 立ち上がったロイズ達は服に付いた汚れを叩いて落とす。


「さっき助けるとか言ってたけど、おっさんは魔物とか倒してくれんの?」


「俺はそれが仕事だ。魔物について詳しく知っているなら話してくれないか」


 微かな期待を持つ少年の目がナディンに向けられた。

 彼は魔物について説明するがほとんどは他の町人から聞いたのと同じ情報。しかし、昨日から強生命タマネギの畑を荒らし始めたという新情報が出た。サンドラーワームの住処は不明だが頻繁に出没する場所が分かったのだ。


「ふむ、ありがとう少年。参考になったよ」


「んじゃな。俺はもう帰るから」


「待て少年」


 早々に帰ろうとした少年の肩をナディンが掴む。

 肩を掴まれた少年は表情を強張らせており、顔中から発汗している。


「な、何だよ。帰るんだから離せよ」


「帰るのは構わないし、情報には感謝しているが犯罪を見逃すわけにはいかん。財布は返してやってくれ。返せば窃盗には目を瞑ろう」


 顔を逸らした少年は渋々といった様子で花柄の財布を出す。

 ボロボロなズボンのポケットから出された財布は間違いなくロイズのもの。


「ああ私の財布! 貴様まさか私から盗んだのか!」


「少年、なぜこんなことをした?」


 ナディンは少年の肩から手を放して質問する。

 理由など気にする理由がロイズには分からない。


 窃盗は犯罪だ。罪を犯した理由を聞いたところで犯罪者は犯罪者。法によって罰せられなければならない存在。

 ロイズは少年を酷く軽蔑したし、今すぐにでも兵士へと突き出したい。

 ただナディンには考えがあると信じて罵倒やらを我慢している。


「金がないんだ。父ちゃんは魔物に襲われて死んだし、母ちゃんは体調崩して働けねえ。俺が働こうにも実家の畑は荒らされて一人じゃどうにもならねえ。今月は大丈夫だったけど、貴族やら王族やらに渡す金が来月は払えねえ。まともな生活するにはもう、金目の物盗むしか」


「……そんな理由が」


 可哀想、とロイズは思ってしまった。

 相手は自分の財布を盗んだ犯罪者。法により裁かれるべき存在だが庇いたい気持ちを持ってしまう。仮に窃盗を働いた理由が高額な買い物をしたいとかなら同情の余地はない。同情してしまった原因は少年が金に困り、他者から奪う意外に選択肢が存在しなかったからである。


「ロイズ、彼は悪人か? 裁くべきか?」


 理由を聞いてしまうと本当に悪いのは誰なのか分からなくなる。

 財布を盗んだ少年か。

 貧しい少年の家庭から税金を取る国王か。

 農家が働くために必要な畑を荒らした魔物か。

 何者が罪を持つのかロイズには正解が出せない。


「……いえ。私は彼を、罪人としたくありません」


「なぜ?」


「自分でもよく分かりません。ただ、彼を犯罪者とするのは気分が悪いです」


 ロイズの答えを聞いたナディンは静かに笑う。


「その考えを忘れるな。その考えはお前を正しい道へと導く」


「なあ、俺もう帰っていいか?」


「謝りもせず帰るのか少年。己が何をしたか憶えているだろうに」


 少年は「うぐっ」と申し訳なさそうな顔をしてロイズと向き合う。

 何度か目を逸らしたまま黙っていたが、十秒程して口を開いた。


「……その、悪かったよ。酷いこと言ったのと財布を盗んだのは謝る。ごめん」


「私にも非はあった。こちらも謝ろう。魔物は必ず討伐するから安心してくれ」


 ロイズと少年は互いに頭を下げて謝罪し合った。

 彼は「うん。魔物の件、任せたぞ」と言って去って行く。


 良い出会いではなかったが彼との時間は有意義なものになった。

 彼への悪印象が若干薄れたロイズは、彼のためにも魔物を早く討伐しなければと強く思う。


「師よ、早速件の畑に参りましょう。ベジリータに平和を取り戻さなければ」


「……いや、サンドラーワームを討伐するのは明日の早朝だ。予定に変更はない」


「え、なぜですか!? 一刻も早く魔物の脅威から解放した方がいいのでは!?」


 気合いも入って高揚するロイズに対してナディンは冷めている。


「宿に行くぞ。明日の出発は早いからな、今日は早く寝た方がいい」


 そう言って彼は予約している宿に向かって歩き出した。

 ロイズの理想とする師なら、困っている者を助けるために速攻で魔物討伐を果たしてくれると思い込んでいた。今まで見てきたのは理想の彼であり、現実の彼ではなかったのかとショックを受ける。勝手に理想を押し付けていたと言われればそれまでだが、ロイズとしては裏切られたという気持ちが強い。


 尊敬していた師が「どうした、早く来い」と言うのでロイズも歩き出す。

 無言で彼の背中を追いかけて一先ずは宿へと向かった。


 宿へ辿り着いてからロイズはナディンと同じ部屋で休む。

 口数が少ないのを訝しまれたが、疲れが溜まっていると勘違いしてくれた。

 食事を取り、お湯に浸かり、ベッドで横になる。一連の流れであっという間に夜となり、ナディンが寝息を立て始めるのをロイズはひたすら待った。彼が寝てしまえばロイズの行動を阻む物は誰もいない。


 町で会った少年の話を聞いて、ロイズは一刻も早く魔物を討伐したかった。

 尊敬していた師が今日行かないというのなら自分が行けばいい。

 自分がサンドラーワームを討伐すればいい。

 ベッドから床に下りたロイズはナディンの傍に近寄る。


「……申し訳ありません師よ。ですが、これも民のため。被害を最小限にするために私が今から魔物を討ちます。あの少年のためにも、他の町人のためにも、今日中に討っておかねば私の心が落ち着きません」


 真剣を腰に下げたロイズは力強い目になって部屋を出た。

 初めて師の言葉を無視したことは悔いるが、自分の気持ちを騙した方が悔いてしまう。早朝行って被害が増えていたら、強生命タマネギの畑から移動していたらという不安を打ち消すためにも、今すぐ行って仕留めようと強く思う。


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