第246話 ロイズとナディン 前編


 バラティア王国。そこは薔薇をシンボルとした美を愛する国。

 王国の第一王女であるロイズ・ヴェルセイユは顔を「嫌です!」と憤慨していた。


「……ロイズ、今、何と言った?」


「嫌です! と言いました」


 国王陛下、つまり実父が困った表情になるのも構わずまた叫ぶ。

 事の始まりは数分前。玉座の間に呼ばれたロイズに対して、玉座に座る父が口に出した提案。それは武術の鍛錬を始めるにあたり、誰に師事するかという内容。ロイズとしては誰に教わってもいいのだが扱う武器が問題なのだ。


 師事を勧められたのはロイズの隣に立つ青年。

 着物という珍しい衣類を着た彼は槍を背負っている。


「すまんなナディン、我が娘が失礼を」


 ナディンと呼ばれた彼は特に驚く様子なく佇んでいる。

 頭を押さえた父がため息交じりに告げた言葉にも「いえ」と冷静に返す。


「なぜだロイズ、理由を言え。お前は散々武術を習いたいと言っていたではないか。知らないかもしれないがお前の隣にいる男、ナディン・クリオウネは私の親友にして国内一の強者。教えを請う相手としてこれ以上の相手はいないのだぞ」


「……だって、この人が使うのは槍でしょう。私は剣術を習いたいのです!」


 今年六歳となったロイズが剣にこだわるのには理由がある。

 約三百年前に実在した風の勇者に強い憧れを抱き、主力武器であった長剣を振るいたかったのだ。活躍を絵本で後世に語り継がれている勇者のようになるのが夢だった。悪を挫き、善を通す勇者のような存在になりたいのである。


「この人には教わりません! 城の兵士に剣術を教えてもらいます!」


「普段我が儘を言わないくせにこういう時だけ言いおって。兵士達は仕事で忙しいのだ。子供に剣を教える暇はないし、教えるとしたら今より給料を上げなければいけない。それに一人娘を任せるにしては些か実力不足」


「この人はどうなのです。仕事はしているのでしょう」


「ナディンなら大丈夫だ。お前の婿にしても問題ないぞ」


「嫌です」


 婿にするのは冗談だと思うが、未だ槍使いに槍を習うのは納得がいかない。

 だいたい父は評価の基準が高いのだ。城に勤める兵士達だって犯罪者や魔物に難なく対処出来る実力者。ナディンが強いのは分かっているが教えを請うなら兵士で十分。しかし給料やら勤務時間やら、ロイズがまだ真っ当な考えを出せない領域の言葉を出されては反論も難しい。


「とにかく、教わるなら剣術がいいんです! 槍術には興味ありません!」


「……むうう困ったな。ナディン、お前は剣術とか教えられたか?」


「一番得意な武器は槍だが剣も使える。弓も鞭も銃も、大抵の武器は扱える」


「おお、ならやはりお前で問題ないな。ロイズも文句ないだろう」


 確かに剣術も使えるなら文句はない。ただ、ナディンの槍術は国内でも有名だが、剣術でどれくらいの力量になるのかは不明。せめてバラティアの兵士と同等以上ならいいなとロイズは思う。


「……ええ」


「よし、では任せたぞナディン。言っておくがいくらお前でもロイズに怪我させたら打ち首な。……と言いたいところだがな、親友だし多少の怪我なら許そう。お前なら大丈夫だと思うが大怪我させたら本当に打ち首にするかもしれん。心に留めておけ」


「怖いな。注意しよう」


 昔から過保護な父の言葉にナディンは目を瞑り首を振る。

 完全に脅しだが彼の口元はうっすら笑みが浮かんでいる。

 親友と言った通り付き合いが長いから笑えるのだろう。普通は笑えない。


 そんなやり取りがあってロイズの剣術修行が始まった。

 始めは基礎中の基礎で筋力トレーニングと型の模倣。


 元々剣を振りたくてトレーニングしていたため最初はあまりキツくない。

 剣術の型を覚えるのも、体を鍛えるのも夢中になって取り組んだ。

 修行時間は一日一時間と決められているが足りないくらいだ。


 三十日もすれば模擬戦を含めた修行に変化する。

 疑っていたナディンの剣士としての実力は想像以上に高かった。


 城の兵士と同等以上ならいいなんて、そんなことを思っていた自分がバカらしくなる。彼の実力は兵士長すら凌ぐと六歳の自分でも理解出来た。さすがに模擬戦で本気は出さないが、一度本気の動きを見たいと言うと見せてくれたのだ。……彼の本気、目では追えないレベルの動きを。

 実力を理解してからは彼に本気で憧れて尊敬の念を抱いている。


「ロイズ、お前は何故なにゆえ剣を振るう?」


「この国の民と歴史を守るためです」


「風の勇者に憧れていたからではないのか?」


「……まだ憧れはありますしきっかけはそれでした。ですが私は王女。次期女王として国を守りたいのです」


 風の勇者への憧れは消えない。どんなに憧れても勇者にはなれないがロイズ自身が悪を倒し、人々を守るのが一番大事なこと。王女として、次期女王として守るべきものを守る。勇者の本質は人助けにあると思うので心だけは勇者のつもりで、毎日毎日剣を振っている。


「気持ちは分かるぞ。俺も子供の時は風の勇者に憧れていた。いや、俺だけではなく大半の奴が勇者に憧れていたな。毎日体に風の秘術の紋章があるかどうか確認していたものだ。今にして思えば夢を見すぎていたな。秘術の紋章は生まれつき体に刻まれているというのに」


「ふふっ、師も子供だったのですね」


「恥ずかしい話だ。国王陛下には内緒だぞ。次会った時に笑われてしまう」


「では、私と師の秘密ですね」


 長期間の修行でロイズとナディンは親子のように仲良くなった。

 しかしナディンはギルドのSランクに所属する人類最高峰の実力者。

 バラティア王国のみに留まれる時間には限りがあり、彼が国に留まれるのはバラティア王国領の魔物討伐依頼が終わるまでである。後僅かで依頼を達成してしまうため彼はバラティアを去ってしまう。そうなってしまえば、ロイズの修行に付き合ってくれる頻度が激減するのは間違いない。


「師よ、そろそろバラティアを去ってしまうのでしょうか」


「俺にも仕事の都合がある。国王陛下からギルドへ依頼された魔物討伐も直終わる。ギルドは常に人手不足だし俺も次の仕事場所に向かう。安心しろ、またバラティアに寄った時は稽古をつけてやるとも」


「……寂しいです」


 既にロイズにとってナディンは日常の一部。

 いつか去るのは承知していたが別れが近付くと一気に寂しくなる。


「俺もだ」


 俯くロイズの頭に大きく硬い手が置かれた。


「だからロイズ、もし俺が去っても鍛錬を止めるな。再会した時に強くなったお前を見せてくれ。弟子の成長を見守るのもいいが、俺のいない間に成長した弟子に驚かされるのも悪くない。きっと俺は喜ぶ」


「では師が国を出てから戻った時、私は師より強くなります!」


「こら、それは調子に乗りすぎだぞ」


 彼に頭を軽く叩かれたロイズは笑顔になる。


「……そうだ。どうせなら魔物討伐を見学でもするか?」


「良いのですか!? 是非お供したいです!」


「慌てるな。国王陛下から許可を貰えればの話だぞ」


 魔物討伐は危険な仕事である。

 危険だから国は基本兵士に戦わせるが、対処しきれないと傭兵やギルドなどの専門家に任せる。つまりギルドの人間が討伐するのは大きく分けて、数の多い魔物か強大な力を持つ魔物の二種類だという。ロイズの修行を見てくれている間にナディンが受けた依頼は両方だ。


 魔物との実践は非常に有意義なものとなるだろう。

 危険ゆえ過保護な父が許すとは思えないが行きたい気持ちが強い。


 翌日。ダメだろうなと半ば諦めていたロイズに吉報が入る。

 意外なことに父は許してくれたのだ。ナディンに絶対的な信頼を寄せているのは分かっていたが想像以上。父は「大怪我させたら許さないからな」と告げたものの、絶対に大怪我させないと確信しているようだった。


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