第245話 遅すぎた決心


「アランバートの王女は踊り子にでも転職したのか? にしては酷い踊りだ」


「ど、どうして君がここに……? 天空神殿にいるはずじゃ……」


 彼の名は白竜。封印の神カシェに仕える白き竜。

 魔信教討伐に手を貸してくれた恩人ならぬ恩竜。

 女好きでもない彼がこんな場所にいる理由が全く分からない。


「エビル、貴様等がどんな存在と戦おうとしているのかはカシェ様から聞いた。……が、今の貴様等は何をしているんだ。踊り子の真似事なぞして何の得がある。まさか踊って強くなるなんて考えているわけじゃあるまいな」


「あははは、まさか、そんなわけないよ。あれは人助けだよ」


「……うるさい場所だ。ここでは落ち着いて話も出来ん。外へ出ろ」


「あ、うん、分かった」


 エビルは白竜と共に劇場を出て行く。

 途中でレミが白竜の存在に気付き、動きが悪くなる事態が発生したが些細な問題だ。彼女は元々動きが悪いし、観客達のほとんどが華麗に踊る二人に注目している。彼女達の踊りを最後まで見られないのを残念に思いつつエビルは建物の外へ出た。


 建物同士の隙間、裏路地でエビル達は話を再開する。


「……で、貴様等は今、人助けなぞしている場合なのか?」


「強生命タマネギの入荷が未定らしいからね」


「は、タマネギ? 貴様はいったい何を言っているんだ?」


 呆けた顔になる白竜に事情を説明していないことに気付く。

 天空神殿からは地上で起きている騒動を全て確認出来るので、エビルは彼が自分達の事情を全て知っていると思い込んでしまっていた。重かったはずの空気が霧散して、動揺とは無縁に思える彼が驚くのが見られたのは面白いのだが。


「ああごめん、君やカシェ様は地上の出来事を全部知っていると思い込んでいた。最初から話すよ。実は今、ギルド本部のミヤマさんから提案された特訓を実行しているんだ。内容は買い物なんだけどね」


「ミヤマ……ああ、そういうことか」


「やっぱり知っているんだね」


「詳しくは知らん。ただカシェ様がやたら気にかけている……って今はそんなことどうでもいいな」


 感情を感じ取れないミヤマは只者ではない。

 神性エネルギーを用いているのか、それともエビルの知らない何かがあるのか。どちらにせよ得体の知れない存在であるのは確かだ。正体不明なミヤマのこと神なら何か知っているのかもしれない。二人がどういう関係か非常に気になる。


 二人の関係も気になるが一番気になるのは白竜が劇場にいた理由だ。

 本来の彼はダンスを見るために劇場へと足を運ぶような者ではない。


「白竜はどうしてベジリータに来たの?」


「俺は悪魔王の根城を探している。奴は結界で根城を隠してしまったから空からは発見出来ない。ベジリータに寄ったのは偶然だが、少し怪しい者を見たから気になって探しているのだ。貴様も用心しておけ」


「悪魔王の根城……まさか、君も悪魔達を倒したいってこと?」


「貴様等と会う前から俺は悪魔王を追っている。カシェ様からのめいでな」


 基本的に神や神の従者は人間を助けない。

 病に苦しんだり、魔物に襲われていても見守っているだけの存在。

 かつて欲に溺れて神を利用しようとした人間がいたからこそ、基本的に誰も助けないとカシェは告げていた。


 そんなカシェが白竜に悪魔王への対処を任せているのは、助けを請われなくても世界に巣くう悪を許せないからだろうとエビルは思う。魔信教を放置していたのは、魔信教以上の悪が世界に存在していたからに違いない。


「君も動いていると分かれば心強いよ。……あ、でも、奴等の本拠地ならシャドウに訊いた方が早いかも。後であいつに手紙を出して確認しておく。本拠地が判明したら教えるから白竜も同行しない?」


「断る。あんなのがもたらす情報なぞ信用に値しない。……だが、この町にいる間程度なら共にいてやっても構わない」


「えっと、お礼でも言った方がいいのかな」


「礼などいらん」


 本当なら町を出ても同行してほしいのだが叶わない願いかもしれない。彼は自分が一刻も早く悪魔王の本拠地を見つけたいという使命感を持っている。町に留まる理由は不審者を気にしているからだが、同行してくれる理由はおそらく情報を聞きたいからだ。……毛嫌いしているシャドウからの情報を。


「ああそうだ、白竜に一つ訊きたいことがあるんだけど」


「何だ」


「恋って何か分かる?」


 先程のタマネギ発言より呆けた顔を白竜が見せる。


「何、だと?」


「恋。恋愛」


 呆けていた彼は目を瞑ってため息を吐く。


「今日だけで貴様の考えが分からなくなる。なぜそんなことを訊く?」


 状況を理解してもらうためにエビルは詳細を話す。

 説明するのは愛の告白をされたが保留していること。そしてその理由。


 さすがに当事者のレミの名前は出さなかった。白竜が相手で少し迷いはしたが、自分が知らないところで恋愛情報が筒抜けになるのはレミが可哀想だ。こういった情報を勝手に話すのは当事者の気持ちを軽んじている気がする。


「レミ・アランバートか」


「……どうして彼女の名前が出るのかな」


「あの女が貴様を愛しているのはとっくに知っている」


 結果として隠しきれなかったわけだがこれに関しては相手が悪い。


「話を整理すると、貴様はレミのことを友として好きだが異性として好きなのか分からない。だから誰かに訊いて答えを模索している、か。馬鹿だな貴様は。自分のことくらい自分で考えろ」


「返す言葉もないな」


 正論だとエビルも思う。

 ミトリアにも答えは自分でしか出せないと言われた。

 仮に誰かの考えに影響されて答えを出したとして、それは本当に自分の答えなのか分からない。他人の考えが答えだと自分を騙し、考えることを放棄しているとも言える。


「だいたい貴様は難しく考えすぎだ。俺はカシェ様を主としても女性としても愛している。どちらかではなく、どちらもだ。貴様も同じかもしれないぞ。レミのことを友としても、女性としても愛しているんじゃないのか?」


「どうかな、自覚ないよ」


「自覚の有無はどうでもいい。ただ、そういった可能性があると思え」


 馬鹿と言いつつ白竜はちゃんとした意見をくれた。

 ありがたい助言をエビルは胸に刻む。


「仮に友として好きなだけでも恋人になっていいと思うぞ。俺は恋人なんて友人の延長線だと思っている。重要なのは共にいて楽しいかどうかだ。貴様はレミと共にいて楽しいか?」


「楽しいよ」


「俺はそれだけ分かっていれば十分だと思うがな」


 確かに一緒にいれば楽しい時間を過ごせるがレミに限った話ではない。

 ロイズとも、リンシャンとも、クレイアとも、村長やセイムとも一緒にいて楽しい。白竜の話を鵜呑みにすると男性とも恋人になる可能性があってしまう。世の中には同性愛者や両性愛者もいるのでおかしくはないが、エビルは違うと断言出来る。性的な行為を男性とする想像をしたら嫌な気分になる。


 ただ、大部分は間違っていないようにも思えた。

 一緒にいて楽しいことが重要なのは事実だ。


 友達や仲間として接する彼女達と恋人になることに嫌悪感はない。想像するのは恥ずかしいが性的な行為をするのも、子孫を残すのも苦ではないだろう。

 しかし仮にレミと恋人になったらリンシャンが悲しむ。逆も同じ。

 自分の選択で誰かが悲しむのをエビルは見たくないし想像したくもない。


 いっそのこと複数人と恋人になれたら……と考えて首を横に振った。

 可能といえば可能だ。複数人と恋人になり、結婚が許可されている国はある。だがアスライフ大陸では一夫一妻制なのでエビルの価値観には合わないし、堂々と浮気宣言しているようにしか思えない。個人的に恋人は一人でいいとエビルは思っている。


『誰も傷付かない答えなんてないだろ』


 誰かの声がした。


『既に答えは出ているのに色々な理由付けて隠してる。誰も傷付けないために』


 一瞬シャドウかと思ったが紛れもなく自分の声だ。


『一人を選べない理由は単純明快。君は誰のことも――』


 声を中断させるためにエビルは自分の頭を殴りつけた。

 いきなりの自傷行為に白竜は目を丸くしている。彼は「大丈夫か」と問いかけてきたので、エビルは「大丈夫、驚かせてごめん」と笑う。手遅れかもしれないが心配させないように取り繕う。


 昼間も聞こえた声の正体は自分自身だ。

 ストレスなのか、出自なのか原因は一切不明。

 精神が分裂しかけているのは確かなので気を付けなければならない。


 正常な状態に戻るにはやはり、答えを出すしかないと強く思う。

 誰を傷付ける結果になったとしてもエビルは返事をしなければならない。


 今はまだ勇気が足りないし、決戦を控えているのもあって言えない。告白の返事が原因で連携が崩れ、勝てる敵に敗北することだけは阻止する必要がある。つまり決戦後、悪魔王との戦いが終わった後でエビルはレミに告白の答えを返す。今そう決めた。




 * * *




 劇場でのダンスが終わり、ロイズ達は報酬を受け取る。

 今日の公演を無事に終えられてオーナーの男は咽び泣いていた。彼からの報酬は三万二千カシェと高額であり、実際の踊り子への日給四人分。レミとクレイアは客に披露するレベルで踊れていないため、二人分でもいいのだがとロイズはこっそり思う。


「エビル、途中で白竜と出て行ったでしょ。てか何であいつがいるわけ?」


 劇場からの帰り道でレミがエビルへと問いかける。


「町には偶然いたんだってさ。悪魔王がいる場所を調べていたみたい」


「ふーん、心強いじゃない。また加勢してくれるかもね」


「白竜とはいったい誰だ? 知り合いのようだが」


「戦友よ。カシェ様の従者で、人間の姿だけど実際は竜で、めっちゃ強い男」


「……つまり、仲間という認識でいいな」


 情報が混雑しているが要約すればエビルの仲間の一言で済む。

 神と崇められるカシェの従者だとか、人型は仮の姿で本当は竜だとか、色々聞きたいことはあるが一先ず後に置いておく。傍で聞いていたリンシャンも今は頭の中で情報を整理しているようだ。クレイアは深く考えず戦友という言葉で納得している。


「……当然、強いのだろうな」


 ロイズは周囲に聞こえない程度の小声で呟く。

 秘術使いですらない白竜という男にロイズはおそらく勝てない。

 白竜が強いのはエビル達が信頼している時点で確定したこと。

 エビル達と同格と考えても違和感はない。

 

 心を占めるのは嫉妬。かつてエビルと共に旅をしていたレミの強さを間近で見てから、膨張し続ける実力者への嫉妬。普段は表に出さないが心の中では溢れそうなくらいに肥大化している。


 結局その日、ロイズは上の空な状態で夜まで過ごした。

 予約していた宿のベッドで眠ろうとするが眠くならない。


 今思うことはシンプル。ただ強くなりたい。今よりも強く、師よりも強く。

 目標と呼べる男の背中は遠く感じる。もうこの世にいないからか、それともロイズがまだ未熟なのかは分からない。面倒なことを考えているとはロイズも思うが、可能ならもう一度ナディン・クリオウネと会って話がしたい。今の自分を見て、評価してほしい。


「……私は幾らか強くなれたのだろうか」


 ロイズが眠くなったのは深夜帯。

 不気味な雲が月光を覆い隠し、悩む者を深き眠りへと誘う。

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