第262話 最期の一撃


 ありえない、というのがロイズの率直な感想。

 つい先程自分の剣で体を切断したし、魔物が死亡時に起きる塵化現象も確認している。確実にサイデモンは死んだはずである。分身能力を持つのは本人が暴露して知っていたとはいえ、本人が上限は四つまでと言ったのだ。分身ではなく自分が本体だと言ったのだ。


「ふふ、喋る気力もないようですね。なぜ生きている、とでもあなたは言いたいのでしょうか。簡単ですよ。あなたには確か、私が物体を分身させる上限は四つと言いましたね。しかし実際の上限は五つ。単純な嘘にあなたは騙されたのです。先程死んだのはただの分身体だったのですよ」


 何とも滑稽な話である。

 騙された、それだけの話。

 現状は敵の言葉を信じてしまった愚かさが招いた結果だ。


「実を言うと全て計算なのです。バラティア王都を壊滅させた日から今まで計算通りなのですよ」


 憎き悪魔の男は語る。

 王都襲撃の際にロイズを生かしたのも、悪魔化させたナディンに魔剣マガツウルを渡したのも、魔剣を利用して分身体を討つのも、全てが彼の計算の内。壮大な復讐ストーリーを演出してみせたのだと語った。到底信じられない話だが、彼の表情は嘘を吐いたり見栄を張っているようには見えない。


「理由が気になりますか? ただの趣味ですよ。私はね、希望に満ちた生物の表情が絶望に染まるのを見るのが好きでしてね。やっと憎い相手を殺せたと思ったら偽者で、後からやって来た本人に殺されるなんて良い演出でしょう? 何度やっても色褪せない最高のショーですよ。あなたの今の顔も実に素晴らしい。最高傑作でしたね。長い時間を掛けた甲斐がありましたよ」


 最低な理由だ。そんな理由で国民や師が殺されたと思うと、熱く沸騰しそうな怒りが心を支配する。同時に、ずっと手の上で弄ばれていた自分を情けないと思う気持ちも存在した。自分の人生がサイデモンを喜ばせるためだけにあったように感じて最悪な気分になる。


 彼の口振りから察するに同じようなことを繰り返してきたのだろう。

 許せない。今まで自分と同じ目に遭い犠牲になった者達は、さぞ彼を憎んだだろう。今彼を討たなければまた近いうち、同じことが繰り返されるに違いない。誰かが彼の命を摘み取らなければならない。


 ロイズが彼を討伐したいが体調は最悪だ。

 背中の大きな傷は深く、心臓すら切り裂かれている。

 出血は止まらないし直に死ぬことは誰の目から見ても明らか。

 ……しかし、このまま死にゆくなど許せない。自分自身を許せない。


「ふっふっふ、あなたも良かったですが、お仲間はどんな顔をするのか楽しみで仕方ない。これからあなたが死んだら魔術を解除して分身体を消します。そして現在地にやって来たお仲間は、あなたの死体を目にして絶望するでしょう。仲間を救えず全員死んでいく。最期にエビルはどんな絶望顔を見せてくれるのでしょうか。ふふふ、はははははっ、あなた達は実に年寄りの心を踊らせてくれる」


 過去の犠牲者に自分も入るなど御免だ。

 どうせなら、過去の犠牲者達の無念も晴らしたい。


「さあ、そろそろあなたも限界でしょう。永遠に眠りなさい」


 このまま目を閉じれば一生開けられず、今までの全てが水の泡となってしまう。

 体の感覚が消えつつある状態でロイズは両手両足に力を入れる。

 震えのせいで何回かバランスを崩したが立ち上がり、魔剣をしっかりと握る。

 槍は石畳に置いておく。立てたのも剣を持てるのも奇跡と言える状態で、武器を片手ずつに持つのは厳しい。


「……ありえない。立てるのですか? その傷で? もういつ死んでもおかしくない体だというのに。立って何をする気です? 私を殺したいのでしょうが不可能ですよ。瀕死のあなた程度に私が敗北する確率はゼロパーセントです」


「魔剣、マガツウル……能力……解放」


「マガツウル? ナディン・クリオウネの生命エネルギーは残っていないはず。まさか、自分の生命エネルギーを使うのですか? そんな瀕死状態で使用しても、私を殺す程の力を絞り出せるわけがない。自分でも理解しているのでしょう?」


「命の……力を、なめる、な」


 確かにロイズに残された生命エネルギーなどたかが知れている。

 普通とっくに死んでいる重傷を負う身だし、今立てている理由も分からない。奇跡としか言いようがない。無理に理由をつけるなら、現実的ではないが精神力だけで体を動かせているからだ。それでも精々動けて攻撃一回分だろう。


 たった一撃で万全のサイデモンを殺せる可能性なんて限りなく低い。

 ロイズだけの生命エネルギーを力に変換するなら勝算はなかった。しかし、実は先程分身体を斬った際に生命エネルギーを奪っていたのだ。今のロイズには自分とサイデモンの分身体、二人分の生命エネルギーが力となり身体能力に加算されている。それでも勝ち目は薄いがやるしかない。


(……済まないなラハン、約束、守れそうにない。エビル、リンシャン、クレイア、レミ、まだ君達の力になりたかったが……どうやら私は、ここまでのようだ。別れの言葉も言えず……逝く。…………許せ)


 思考するのも限界が近い。

 ロイズは駆け出す。

 討伐出来るかどうかは命の輝きに賭けた。

 仮に討てずとも、後で戦う仲間達のために少しでも傷を作りたい。


「最後の斬り合い。受けて立ってあげようじゃありませんか」


 ロイズは走りながら、サイデモンは迎え撃とうと両者魔剣を振り上げる。

 すれ違い様の一瞬で魔剣を振り下ろし、互いに背を向けた状態で静止する。


 ただ、どんな攻撃を仕掛けようとロイズの運命は既に定められていた。

 左腕が落ち、体は石畳へと倒れ伏す。

 背中と左腕から溢れた血液は肌と服を赤く汚す。


 サイデモンにダメージを与えられたかは分からない。

 意識が薄れるなか、最期までロイズは祈り続けた。

 ……どうか仲間達が諸悪の根源を討ち滅ぼせるようにと。




 * * *




 戦闘の最中、エビルは顔を強張らせた。

 相対していたサイデモンが黒い塵と化して吹き飛ぶ。

 かなり斬撃を浴びせたが死ぬ程のダメージではなかったはずだ。

 彼が消失したのはおそらく、本体に異常が発生したからである。


 ギルド本部の土地に残った存在を風として感じてみれば、先程よりも数が減っていた。消えたのはおそらくサイデモンと〈浮遊曲剣〉の分身だろう。分身五人と五本で数は……合わない。仮に本体が死んだとしても消えた存在の数が合わない。


 嫌な予感がした。死の風が吹く方向へとエビルは疾走する。

 ギルド本部正門付近に辿り着き、見た光景に唖然とした。


「……ロイズ」


 共に長く過ごした仲間の遺体が地面に倒れていた。

 まるで生気が吸われたように干からびている体。

 肉など残っておらず、血溜まりに沈むのは乾燥しきった皮と骨。

 見るも無惨な変わり果てた姿だ。


 話に聞く魔剣マガツウルの能力にしても、いったいどれだけの生命エネルギーを搾り出せばここまで酷い姿になるのか。最後の最後まで、もしかすれば生命エネルギー以上の何かを力に変えたのかもしれない。


「僕は、強くなったんじゃないのか。……なぜ、仲間一人すら守れない?」


 ロイズはこんなにも酷い体になるまで戦い通したというのに、エビルはなぜ傍に居てあげられなかったのだろうか。もっとサイデモンの分身体を早く撃破して駆けつければ、きっと結果は変わっていたはずだ。エビルが傍にいればきっと死なせることはなかった。そうでなければいけないのだ。


「そうだ、サイデモンはどこに……この風、奴はまだ生きているぞ」


 周囲を見渡してみるとすぐに敵の男が見つかる。

 あまりにもロイズの死が衝撃的で見逃していたらしい。

 ギルド本部を囲む壁の傍にサイデモンの頭部が落ちていた。


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