第5話 燃える故郷


 木製の民家やそれ以外の建物が炎に包まれ、次第に黒煙が立ち昇っていく。

 村が燃えている。最悪な状況だとエビルは一目で分かる。


 ほぼ全ての家から煙が上がり燃え盛っており、火の粉が空気中を舞っていた。そんな中をエビルは信じられないという気持ちを表情に出しながらヨロヨロと歩き叫ぶ。


「誰か、誰かいませんか!? 返事をしてください!」


 返答はなかった。それでも諦めずに探し回っていると、ふと視界に見慣れた人物の姿が映った。


 それは自分が幼少期の頃よく遊んでもらっていた道具屋の店主だった。ついこの前も誕生日プレゼントとして薬草をくれたのだが、そんな身近な人物が転んでいるのか気絶しているのか不明だが倒れたまま動かない。


 エビルはやっと見つけた人間の姿に歪んだ笑みを浮かべ近くへ駆けよる。


「おじさん! 大丈夫……です……か……?」


 道具屋の店主の背中には大穴が空いていた。それに気付いたエビルの表情は喜びから一気に絶望に染まる。

 誰が見ても死んでいると分かるほどの出血量。傷口から見えていた臓器が今にも零れ落ちそうになっている。もう誰が見ても死んでいると判断される状態だ。


「そ、そうだ。薬草を……薬草? もう意味ないだろ……。生きてる人、捜さなきゃ……」


 貰った薬草を使ってみようかと考えてはみたものの、冷静に考えれば無駄でしかないと思う。死んだ人間に薬草を食べさせたり、すり潰して傷口に塗ったりしたところで傷は癒えないし生き返りもしない。


 エビルは何かが喉を上がってくるのを感じて口を押さえるが、我慢できずに地面に零してしまう。


「はあっ、はあっ、まだ血が乾いていない。希望はある」


 それからも小さな村の中を歩き続けるが家の中には焼き焦げた死体。道端には鋭い何かで貫かれた、もしくは斬られた死体が転がっているだけだ。先程地面に胃の中の物を吐き出したばかりなので、また何かを吐いてしまうなんてことは一応起きない。


「みんな……どうして……」


 嘔吐することがなくなっても他に我慢できないものがあった。エビルの両目から透明な雫が溢れて、顎へと伝って零れ落ちていく。


 アランバートに行くまでは誰もが普通だった、日常を過ごしていた。元気に遊び回る子供達、挨拶を交わした夫婦、話が長い老人も、会う度ウンチクを語る明るい男も全員が地面に倒れて死んでいる。少し前までの光景からは想像もつかない現状だ。


 村の地面はところどころが赤く染まり、いつも賑やかだったのが驚くように人の声がしない空間になっていた。聞こえるのはどこかの家が崩れる音だけだった。

 俯いたエビルはただ涙を流すことしかしない。


 涙がまた地面へと落ちた瞬間――近くの民家を破壊して何かが飛んで来る。

 壁が破壊された民家は火事の影響もあり崩れていく。その原因を作った飛来した何かには見覚えがありすぎた。


「――し、師匠!?」


 エビルの傍へと飛んで転がってきたのはソル。剣術の師匠だった。

 しかしソルも他の者と違いはなく体の所々から血を流していた。刃物で斬られたような傷から血を流しているということは誰かにやられたということ。自分よりも圧倒的に強いソルが、左手に真剣を握っているにもかかわらずやられるなど信じられない。


「エ、ビルか?」


「師匠……良かった生きてて! すぐに手当てを!」


 急いで手当てをしようと手を差し伸べるが、その手は力なく右手で止められる。


「止せ……俺はもうじき……」


「そんなのっ……」


 ソルは分かっていた。自分がもう長くは生きられない、いつ死んでもおかしくない状況にあることを。傷は他の村人よりも酷いがそれでも生きているのは強い体と心のお陰だろう。


「それより早く……逃げろ。奴が……奴が来る」


「――忠告が遅かったようだなあ。俺はもう来てるぜ」


 つい先程までは誰もいなかった場所。崩れた家の前に誰かが立っている。

 黒いローブを身に纏っている者。しかしそのローブから出ている両手と両足は漆黒であり、手袋や靴でもない漆黒の肌は人間ではありえない黒さをしている。もはや人間でないことを証明している。深くフードを被っているせいで顔は見えず、全身黒ずくめなうえ手に持っている剣すら黒である。


「エビル、早く……早く逃げろ」


「エビルだと……? おい、お前まさか」


「待っていてください師匠。僕がみんなの仇をとってみせる」


 腰に紐で固定していた木刀をエビルは手に取って構える。

 目前の黒男に勝てる自信があるわけではない。戦闘は見ていないがソルを倒すほどの実力を持っているのなら、ソルより格下のエビルが勝てる相手ではない。それくらい分かっている。


「聞け……。エビル、この村のことは……忘れろ。逃げろ。そいつは……お前が戦えるような相手じゃ……ないん……だ」


「忘れろなんて……忘れられるわけがない! 僕の十六年はこの場所で生きてきたんだ。あいつは絶対に許さない! 僕がみんなの無念を晴らしてみせます!」


「止せ……。復讐、なんてものより……大事なことが……あるだろう? なあ、エビル――お前の夢は冒険だろう?」


 今復讐より大事なものはないとエビルは本気で思っていた。しかしソルが告げた言葉により、今この状況だからこそ忘れていたことを思い出す。

 冒険、世界中を旅してこの世界を知る人助けの旅。風の勇者の本を読んでからエビルはこの世界を隅々まで、人を助けながら冒険するのが夢だったのだ。


「冒険……でも村をこんなにしたやつを放っておくなんて」


 魅力的な夢ではあった。自由に世界を見て回って楽しく生きる、そんなことが出来たらいいなと思っていた。しかしこんな現状では楽しく旅したいなどと思えない。

 ついエビルは敵から視線を外してソルの方へと顔を向ける。


「放っておけなんて……言ってない。いつか……誰かを助けるために、戦えばいい。……でも、今はダメだ。……旅をして、強くなって、それから戦え。……今は逃げて、力を蓄えるんだ」


「でも、でもお! みんなは復讐を望んでる! こんな酷いことされて復讐したくないわけがないんだ! 僕が師匠の、村長の、みんなの仇をとらなきゃ……あいつを倒さなきゃ!」


「そんなわけ、あるか……復讐なんて望んで、ねえ。苦しくて辛い……そんな、思いを……させたくねえんだ……だから……だから……お、ま……え……は」


 出血が酷くなり、ソルの声も後半はエビルに届かない。

 もう先がない。目前の恩人が生命を終わらせようとしているのをエビルは感じ取って、その最期を見届けるため木刀の構えを解いて座り込み、上からソルの顔を覗き込む。


「分かりました。僕は人助けの旅をします、この世界を冒険してきます。だから」


 エビルは自分で決意したことを口に出しながら、動かなくなったソルの瞼を優しく撫でて閉じさせる。


「だから黄泉よみで見守っていてください」


 ソルは死んだ。殺された。でも復讐よりも夢を叶えろと言われた。

 立ち上がったエビルはその場から立ち去る――ことなく敵を見据えて木刀を構える。

 戦闘態勢に入ったエビルを見て黒男は口を開く。


「あ、終わったか。それで? 師匠とやらの遺言を無視して俺と戦うのか?」


「そうだ。待っていてくれたのはありがたかったし、師匠は逃げろと言ったけど僕は君を倒すために戦う。不出来な弟子だ、バカな奴だと言われるかもしれないけどね」


「へぇ、まあこちらとしては好都合だ。ようやく見つかった探し物を見逃すわけにいかねえからなあ。なあ搾りカス、随分とイキってるお前の実力見せてみな」

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