第4話 初めての相手


 アランバート城下町で偶然出会ったレミに手を引かれ、その護衛のヤコンと共にエビルは早めに歩いている。

 道中では牛肉の串焼きなどの美味しそうな食べ物を売っている店がいくつもあった。それらをスルーして向かうのは村長から頼まれた焼き菓子、モエキを売っている露店だ。


 先頭を歩いていたレミが「ここよ」と告げて止まる。いきなりだったがエビルとヤコンはなんとか続けて止まることが出来た。

 立ち止まったのは赤と桃色のチェック模様の外装が特徴的な露店。女性向けと明言されてはいないものの、店の外装の配色は明らかに意識して作られている。


「いらっしゃい。あらレミ様にヤコンさん、それに……」


 客と見なされたからか露店内にいるおっとりとした女性が話し出す。

 レミとヤコンの二人はたまに来るので顔を覚えていたようだが、初対面のエビルを見つめて知りもしない名前を思い出そうとしている。


「エビルです。あの、モヤキ二十個入りを一つください」


「ああエビルさんだったわね、お久し振り」


「一応言いますけど初対面です」


「あらあら、そうだったわ。初対面でしたね私達」


「相変わらずマイペースっぽいわね……」


 慣れているであろうレミやヤコンも呆れた様子だ。大丈夫なのかと心配するエビルは改めてモヤキを眺めた。

 焼かれた薄茶の生地は一見硬そうに見える。村長の話では柔らかいらしいが見た目からはそう思えない。菓子は初見なので甘そうにも美味しそうにも感じなかった。


「はい二十個入りです。お値段は二百カシェね」


 一口サイズのモヤキが二十個入れられた円柱状の缶を手渡される。エビルは腰に紐で固定している袋から紙幣を取り出そうとするが、その前にレミが割って入って紙幣を渡してしまう。

 百カシェ二枚を受け取った女店主はにこやかに「まいどー」と告げる。


「ちょっ、ちょっとレミ、なんで君が払うのさ」


「さっき盗賊捕まえるの手助けしてくれたお礼よ」


「そんなこと……別にさっきのはそんな狙いがあったわけじゃないのに」


 エビルはついさっき会ったばかりの人間に払わせることに罪悪感を感じる。拒否するがレミの瞳からは一歩も引かない意思が込められている。


「ついさっき起きた問題はエビルがいなければ解決出来なかったわ。エビルが足止めしてくれなきゃきっと国の外に逃げてた」


「エビル君、こうなったレミ様は強情だよ」


「強情って何よ。まあとにかく人の好意なんだから受け取ってよ!」


「……分かった。ありがとう、素直に受け取るよ」


 人の好意と言われては受け入れるしかない。エビルにとって得しかない提案であるし、レミ本人がそう言うのだからこれで良いはずだと思う。

 エビルはモヤキの缶を袋に収納して礼を告げる。


 その後、浮いたお金でエビル達は食べ歩きをしていた。


 余ったなら全て村長に返すべきなのにと口にするエビルに対し、本来こうして奢られる予定じゃなかったんだからいいじゃないとレミが悪魔のように囁いたのだ。

 元々観光に訪れたわけではないのだがら早く帰るべきなのだが、初めての町ということで浮かれ気分のエビルはレミの言葉に流されてしまう。


 いい匂いのするタレに漬けられた焼き鳥。香ばしい匂いの焼き兎。ここらでは滅多に採れない魚介類の塩焼き。モヤキのような多くの焼き菓子。町のどこを歩き回っても漂ってくる火独特の何かを焦がす匂いがして、また火を扱っている場所が多いことで全体的に温かい。気のせいか石畳ですら足に熱を伝えてくる。


 焼き菓子に使うはずだった二百カシェ全てを使い切った後、エビル達は歴史ある建物など観光地を見て回る。エビルとレミの二人は時間も忘れて城下町内を満喫し、一歩引いたところからヤコンが見守っていた。


 遅くなってくれば空も色を変化させておおよその時間をエビル達に知らせてくれる。

 さすがに遊びすぎたと反省したエビルは帰ることを告げ、案内してくれた二人が見送ってくれることになった。


 夕刻、アランバート城下町の入口へと戻って来たエビルは二人と向かい合う。


「レミ、ヤコンさん、本当にお世話になりました」


 朱色に染まった空の下、エビルは二人に軽く頭を下げる。


「いいのいいの、アタシが好きで案内したんだし。本当なら明日も案内したいけどずっといるわけじゃないもんね。あーあー、もっと一緒に行きたい場所あったのになあ」


「仕方ないですよレミ様。その代わり、またエビル君が来てくれたときに案内してあげればいいじゃないですか」


「それもそうね。エビル、絶対またアランバートに来てよ! そしたらアタシがエスコートしてあげるからさ!」


「うん、村長に頼んでみる。僕もまたここに来てレミと会いたいから」


 エビルは今まで友達といえる存在がいなかった。

 親しいといえば親代わりの村長や、剣術を教えてくれるソルなどの大人達。だが友達と言っていいのかエビルには分からない。同年代なら分かりやすく一緒に遊んだりすれば友達だと胸を張って言えるのだが。


 過疎的な村では人口も多くなく成人している大人がほとんどを占めている。

 同年代の少年少女が全くいないわけではないが少ない。この十六年程で関わってみて友達と呼べるほど仲良くはなれなかった。精々が薪拾いなど仕事の話をする程度だった。


 しかしレミは違う。純粋に、関わった今日が楽しかったと思える。エビルに初めて出来た友達といっても過言ではない。


「うん、アタシも会いたい。なんかね、エビルって本当に友達みたいで一緒にいると楽しくって。……アタシって友達いないから、ずっと今日みたいに対等な相手と出かけたいって思っていたの」


「そうなの? 活発だし意外……もしかして、秘術使いだから?」


「そうよ。みんなアタシに対しては様付けで呼んだり、妙に礼儀正しい態度とか敬語だったり、話すことなんて世間話じゃなくて経済とかそんなんだしさ。姉様ねえさまは普通に話してくれるけど、対等な友達ってのがアタシにはいないのよ。だから、エビルみたいに普通に接してくれるのってすっごく新鮮だったの」


 最初は悲しそうな表情だったが、レミの表情は次第に楽しそうな笑顔になる。

 赤い短髪。筋肉のついた女性にしてはやや太めの手足。男と見間違えるような容姿でも微笑む姿が可愛らしいとエビルは思った。少々頬がやや赤くなり胸が高鳴ったのを感じる。


「あのさ。一緒にお店回って、料理食べて、遊んで……もう僕達って友達じゃないかな。僕はそう思ってたんだけど、レミは違う?」


 レミの瞳が大きく見開かれ、そのまま固まってしまった。

 硬直しているレミを前にしてエビルは心配そうに表情を変え、もしかして迷惑だったかななどと声を掛ける。


「……ふふ、あはははは! うん……もうアタシ達は友達だよね!」


「僕も同年代の友人はいなかったんだ。レミが一人目だよ」


「そっかあ……お互い初めての相手ってことね。なんか嬉しいかも」


 頬を紅潮させたレミが照れた様子を見せる。


「じゃあエビル、またこの国に来てくれるの待ってるからね。覚悟しといてよー、一日じゃ回れないくらい良いところなんだからさ」


「うん、次もよろしく頼むよ」


 レミは自分の薄い胸を叩いて「任せといて!」と自信満々に口にする。

 続いて微笑ましいものを優しく見守るような顔をしたヤコンが口を開く。


「エビル君、最近は色々物騒な世の中だから気をつけて」


「ご親切にご心配ありがとうございます。それじゃあ二人共、またいつか」


 こうしてエビルとレミ達は一旦別れることになった。

 薄く赤みを帯びている道をエビルは南にある森の方へと、レミ達は王城の方へと向かって真っすぐに歩いて行った。




 * * *




 帰りは順調だったといえる。

 向かう際にキングコングを倒しているエビルは自信をつけており、森の魔物達を軽くあしらってみせた。町に行けた感動と、初めて出来た友人のことを早く話したいと思い歩みを急がせた。


 約束は守りたい。またアランバートへ行ってみたいと村長に頼もうとエビルは思う。そうすればまたレミやヤコンに会えるから。


「……なんだろう」


 村に近付いているのに胸がざわつく。どこか落ち着かないエビルは走って焦るように村へと辿り着いた。

 そうして息を切らせたエビルは視界に映る景色に目を見開く。


 エビルが住み慣れた故郷の村は――燃えていた。

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