第3話 出会い
アランバート城下町はエビルが住んでいた村とは大違いだった。
住宅や店舗は木材より頑丈な
目を輝かせ周囲を見渡しながらエビルは石畳の通路を歩く。
住宅と同じ煉瓦で作られている露店に売られている鳥の串焼きや、均等に四角くカットされた豚肉の串焼きは眺めているだけで小腹が空いてしまう。涎が溢れそうになるが我慢して飲み込む。
寄り道して食べ物を買いたい気持ちはあるが、村長から預かった金銭は目的の焼き菓子の分のみ。他の物を一つも買う余裕がない。
笑顔で購入する客を羨ましそうに眺めていると通路の先が騒がしくなってきた。
「んっ、なんだろう……」
視線をそちらに向けてみれば周囲の人々が道を開け始めて、広くなった石畳の通路を素早く走る男二人の姿を捉える。
青いバンダナ、上下も青い服のかなり目立つ男二人は、太めのナイフを振り回しながら周囲の人々を威嚇して走っている。
「どけどけー! 殺されたくなければどけー!」
エビルは臆さずにナイフを振り回すその男達の前に立ちはだかる。
森で会った魔物に比べれば迫力は欠けていた。エビルにとって師匠以外で初めての対人戦となるが恐怖など感じない。負けるはずがないという自信から腰の木刀を取り出して構える。
「なっ!? どけー!」
青服男の一人が加速して、行く手を塞ぐエビルにナイフを振りかぶる。
単調な突きだ。キングコングより遅いその突きに合わせてエビルは木刀を振るう。ナイフの側面に木刀を当てて斜め下へと軌道を変え、青服男の体勢すら崩す。その隙を見逃さずにエビルはよろけた相手を思いっきり殴り飛ばした。
殴り飛ばされた青服男はもう一人を巻き添えに倒れ込む。しかしもう一人の青服男はほぼノーダメージなためにすぐ立ち上がる。
「テメエ、よくも弟を殴ってくれたな。俺達盗賊団ブルーズの一員に手を出してタダで済むと思うなよ! サクッとぶっ殺してやるぜ!」
青服男がバンダナ下にある目を鋭く光らせる。
ナイフを持った青服男と、木刀を構えるエビルの二人は見つめ合って互いの動きを警戒する。そして痺れを切らした青服男がナイフを振りかぶり――
「てりゃああああああああ!」
後方から走って来ていた少女に背中を殴られて吹き飛ばされた。
目を丸くしたエビルは構えを解いて、殴り飛ばされた青服男を見た。少女の華奢な腕に殴られたとは思えないほど飛ばされて完全に気絶している。
「ふぅー悪者成敗! アタシに見つかったのが運の尽き、なんてね!」
拳を放った少女はエビルと近い歳だろう外見だ。朱色の無袖上衣を見ても体の凹凸がはっきりしていない。炎の如き赤髪は首元より上の短髪であまり女性の特徴を感じさせない。女性らしさというなら太もも中心までしか丈がないミニスカートくらいだろう。力がなさそうな細い腕をしているのに、大人の男を吹き飛ばし気絶させるような一撃を出せるとは予想外すぎる。
逆向きで首に巻いて逆立っている黒のスカーフ。その先端を弾いた少女はエビルに気付く。
「ねえ君、大丈夫だった? 怪我とかない?」
「僕はなんとか。えっと……」
どう会話するかエビルが悩んでいると「レミ様ー!」という声が遠くから聞こえてくる。そう叫んだのは前方から小走りで向かって来ている青年だ。
胸の辺りに燃え盛る炎の刻印がある軽鎧を身につけており、金髪で目鼻立ちのいい青年は老婆と手を繋いでいる。優しくリードする形で走る彼のおかげで老婆は走りに付いてこれていた。
「レミ様、どうしていきなり走って行かれてしまうんですか! 護衛対象が危険に突っ込まないでくださいとあれほど……まあ、無事でよかったですが」
青年は一定距離まで近付くと老婆の手を離して、エビルと一緒にいる少女レミへと駆け寄った。そしてすぐエビルの存在に気付いた青年は「彼は?」と問いかける。
「え? ああ、彼は……ごめん名前教えて」
「エビル・アグレムです」
「そう、彼はエビルよ。ブルーズの二人を足止めしてくれてたの」
「彼が? そうか、それは国に仕える兵士として礼を言わなければ。エビル君、俺はヤコン。危ないだろうに立ち向かってくれてありがとう。おかげで卑劣な盗人を捕らえることが出来るよ」
先程の青服男を怖がって道を開けていた者達が徐々に動き始める。
すぐに人の流通が元通りになった。その中でヤコンに連れて来られた老婆は不安そうにヤコンを見つめている。
「いえ、当然のことをしたまでですから。えっとその、さっきからお婆さんが見てるんですけど大丈夫ですか?」
「えっああ、すみませんフガミさん。盗賊はこの通りですし少々お待ちを」
ヤコンは青服男の一人に近付いて服の中へと手を入れる。ごそごそと何かを探している様子で、十秒ほどして「あった」と取り出した物は――入れ歯だった。
入れ歯を手に持ったヤコンは老婆の元へ向かって手渡す。
「盗まれた入れ歯です。どうぞ」
老婆は会釈してから入れ歯を受け取って口にはめ込んだ。
「ふがふが……ありがとうねぇ兵士さん。今度お礼にお菓子を持っていくわぁ」
「ははは、それはどうも。近頃物騒なので気をつけてくださいね」
頷いた老婆は帰路へ着き、あっという間に人混みへと消えた。
入れ歯を盗られた老婆と話し終えたヤコンは再びエビル達の方へ戻って来る。
「さっきのお婆さん嬉しそうだったわね。もしお菓子持って来たんならアタシにも持って来てよ」
「はい、そうしますよ。じゃああの盗賊二人を連行しましょう。レミ様も一緒にお帰りください」
「アタシはいいわよ。一人でぶらついてるから」
「ダメに決まっているでしょう。はぁ、仕方ない。あの盗賊達は他の兵士を呼ぶので、来るまで起きないか見張っていましょう。もちろんレミ様も一緒にですよ」
嫌そうな顔でレミは「ええー」と呟くが直後、エビルの方を一瞥して僅かに笑みを浮かべる。
「じゃあエビルも付き合うってことで」
黙って話を聞いているうち、予想外に巻き込まれることになったのでエビルは「へ?」と間抜けな声を漏らす。一度断ろうかと思ったが急いでもいないし、目当てである焼き菓子の店へレミ達がこの後案内してくれるかもしれない。拒否する理由が見当たらないのでエビルは結局付き合うことにする。
上下青い服という盗賊のわりに悪目立ちしていた二人を、駆けつけた兵士達が連行していくのをエビルは大人しく待っていた。
およそ連行する兵士が来くまでの二十分もの間、盗賊二人は一度も目を覚まさなかった。
暇なエビルは待っている間で国の歴史をレミに、アランバートの剣術をヤコンに詳しく教えてもらっていた。
大昔から火を大事に生きてきた一族がアランバート。
彼ら彼女らが住む集落がやがて国となり、発展していくなかで争いが起きないようにと設置されたのが聖火。外から争いの種が持ち込まれることはあっても、平和の象徴ゆえか国が出来てから反乱などが起きたことはない。
外からやって来る災いに負けないよう力強く生きる。
それが国のキャッチコピーといってもいい。それに影響されてか、アランバートの兵士の剣術は攻撃を全て受けてから打ち負かす力の剣となっている。
「なんだか、ありがとうございます。国や剣術のことを教えてもらって」
盗賊二人が連行されていくのを見送りながらエビルは礼を言う。
「いいのよ別に。むしろ退屈でしょこんな話」
「レミ様、あなたの立場的にそんなことを言うのは……」
話を聞いている間、いや出会ってからずっとエビルは気になっていることがある。
ヤコンがレミのことを様付けで呼ぶことについてだ。会話からヤコンが兵士なのは間違いないだろうが、その立場の人間が敬称を用いるとなればかなり身分が高いことになる。
疑問に思ったことを訊こうと「あの……」とエビルは口を開くが、言い切る前にレミに遮られた。
「エビルさ、アタシと話すときは敬語なくていいよ。なんか堅苦しいし壁があるみたいで嫌じゃない」
「え、あ、ごめんなさ――」
「敬語とって」
「ごめん……えっと、レミ。ならどうしてヤコンさんは様付けで呼んだりするのさ。君って身分が高かったりするんじゃないの?」
問われたレミは「あー」とか「えーと」とか煮え切らない態度だった。
訊かれたくないことだったのかと思ったエビルは話題を転換しようとする。だがその前にヤコンが正体を答えてしまう。
「レミ様は火の秘術使いなんだよ。だからほとんど国から出られないし、普段いる城から外出の際には俺なんかが護衛につくんだ」
「……火の秘術? あの、秘術って?」
「知らないのか。まあ秘術については研究もあまり進んでいないし、地域によっては知らないのも無理ないかな。この世界には風、林、火、山という四つの特別な力がある。その特別な力を秘術といって、世界で各属性一人、扱える者の肉体には生後から既に不思議な紋章が存在しているんだ。つまりレミ様は世界に四人しかいない秘術使いの一人ってわけさ」
説明されている間、レミの表情は元気が感じられない暗いものであった。
先程までと明らかに違う彼女を一瞥し、エビルは普通に話しかける。
「じゃあ凄いじゃないかレミ。秘術ってやつが使えるんでしょ?」
「ふふっ、そんな大層なもんじゃ……ってエビル、アンタ敬語は」
何かにレミは驚愕して目を大きく見開いていた。
「え? だって自分で止めろって言ってたじゃないか。もしかして僕もレミ様とか呼んだ方がよかったかな」
「あ、いやいいのよ全然! でもちょっと意外っていうか……。アタシが秘術使いって知ったらこれまでみんな敬ってきて、堅苦しい態度になってさ。エビルがそうならないのに驚いちゃったのよ。なんか友達みたいだし」
「そう言ってくれると嬉しい、かな」
友達みたいと告げられたことで僅かに照れたエビルは頬を指で掻く。
秘術使いは世界で四人。その内の一人というなら珍しく狙われる可能性も高い。一般人からすればとんでもなく希少な人間なので敬称をつけて畏まってもおかしくない。これまでレミに対等な態度で話してくれる相手がほぼいなかったのだと、詳しく知らないエビルでも容易に想像がついた。
対等に話す相手の少なさからの勘違いだろうが、もし本当に友達になれたならエビルも嬉しいと思っている。
「そうだ、こんな機会滅多にないだろうしさ、火の秘術ってやつ見せてくれない?」
エビルに「秘術を?」と訊き返すレミは困り顔だ。
僅かな照れを隠すために話題転換したエビルは予想外の反応に内心軽く驚いた。強引に頼むつもりはなかったので発言を撤回しようとしたところ、隣にいるヤコンが口を先に出してくる。
「すまないがエビル君、軽々と一般人に見せては秘術の価値が下がってしまう。女王様や大臣達の許可なき者には見せられないんだ。本当にすまないね」
「いえ、決まりなら仕方ないですよ。僕の考えが浅はかだっただけです」
「……そういえばエビル君。この町の出身じゃない旅人なんだろうけど、何か目的があって訪れたのかな」
「ああはい、実はある焼き菓子を買いにここまで来たんですけど。確か名前はモエキです。モエキって知ってますか?」
モエキ。それが村長に頼まれたおつかいの焼き菓子。
コクのある甘さと型崩れしない程度の硬さを持ち、しっとりとしていて軽い食感の焼き菓子だと事前に村長から解説されている。
「それ知ってるわ、アタシもたまに食べるから。あれ甘くて美味しいから女性人気の高いお菓子なのよね。店も知ってるから案内しようか?」
「本当に? ならお願いするよ。僕はまだまだ知らないことだらけだし」
ありがたい申し出なので断る理由はない。むしろ盗賊二人の連行まで待っていたのはそれを頼みやすくするためである。村長がしっかり店の名前や場所も教えてくれれば必要なかったのだが。
「それじゃ案内してあげるわ! さ、早く行きましょ!」
レミは笑顔でエビルの手を掴むとリードして歩き出す。強引さに驚きつつも早歩きに近い彼女の速度になんとか付いていった。
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