第30話 新人研修その⑥ これで終わると思うなよ
その後の事を語るには余りに凄惨な為、オブラートに包む事にしよう。ヴィノに反抗した3人が返り討ちにあうと、待っていたのは連帯責任だった。既に殴る蹴るは当たり前になり、沼地を乱暴に引きずり回される姿には同情を禁じ得ない。
そんな3人ではあたったが、ヴィノがいくら家畜として命令しても、自分たちが人間である事を否定しなった為、その都度沼地を這いずりまわされた。
陽が傾き始めた頃には精根尽き果てた3人が淵に打ち上げらえていた。泥の塊の姿で皆白目を向いて気絶していた。
そんな彼らの側で白い靄のような塊が出現すると、聞き覚えのある声が響いてきた。
「昨日も言ったけど壊されると困るのよ。こんな子達でも伸びしろがあるのよ。使い物にならくなったら、処分するにも困るんだからね」
隠蔽の魔法を解いて現れたのは、とんがり帽子を被ったコリン・クローネだった。呆れ顔で不機嫌そうな口調と合わせながら溜息も溢す。
ある程度厳しくするのは仕方がないと思っていたが、正直彼の度を超える指導に口を挟まずにはいられなくなった。
「コイツ等に何を期待するのかは勝手だ。何を言われても俺は受けた依頼を完遂するだけだ」
「伸びしろは人それぞれよ」
「時間は有限だ。限られた時間の中で俺はコイツ等のスキルを目標基準値まで引き上げないとならない。基準に達しない3人の新人と、基準に達した1人の新人がいたら、俺は間違いな後者の新人を選ぶ。無駄にいても死ぬだけだ」
「…時間がない中でやりくりしてもらってるのはわかってるわ。でももう少し優しくできないのかしら。この子達だって少し褒めれば頑張れるはずよ」
「優すれば凄惨な現実を体験しても耐えられるなら構わないぞ。今まで褒められて来た温室育ちで世間知らずのクソガギ共が実戦でまともに動けるわけねぇだろうが。訓練で出来ない事が実戦で出来るわけないだろ」
淵に並ぶ3人から視線を反らし、ヴィノはコリンに顔を向ける。
「それに実戦で倫理や道徳や経典何てもんはクソの役にも立ちゃしねぇよ。逆にそんなもに囚われている奴から死んでいく。倫理や道徳や訳の分からん先人が残した経典を覚えるよりも、一つでも多くの身を守る技術を覚えた方が得なんだよ。実戦の原理原則は『どんなに卑怯で汚く惨めな手段を使ってでも生き残れ』だ。生き残った者こそが勝利者で正しいんだ」
「それは貴方の行動哲学かしら?」
「経験則だ」
「今までにないタイプね。フフッ、やっぱり貴方を選んで正解だったわ。その経験は確かに貴重ね、あのグロリア・カンニバル・ロードではさぞっ―」
「余計なお喋りをする気はない。アンタは依頼主であって友達じゃない、それを忘れるなよ。馴れ馴れしく俺の中に入ってくるな。俺は依頼以外の事をする気はないぞ」
「どうして、貴方は…そうまでして人を拒むの?」
「そうする必要があるからだ。信じるにもリスクがある。逆に聞くが何故相手に気を許さないといけない。相手が裏切らないとなぜわかる? こいつらと同じで温室育ちのお人よしなのか? それとも魔術師だから
「それは…」
考えてもみなかったと、そんな顔でコリンは顎にそっと指を掛けた。今まで自分はどうやって人を選別してきたか? 選別ではなく区別といった方が正しいだろう。善人と悪人、会って数秒で信頼できた人もいれば、瞬間で警戒と疑いをもった人もいた。
それでもギルドの仲間、依頼主、パーティーメンバに酒場や友人その他大勢の同胞たちを疑った事など今までなかった。でもそれは何故だったのか? 思考が深くなる前に頭からふり払った。答えがわからないのではない、答えを言語化するのに時間が掛かると思ったからだ。
今はそんな考えに囚われてる暇はない。
「…それで、コレはいつ終わるのかしら?」
「コイツ等に聞け、コイツ等が人間になれれば終わる」
「なら早くして」
「コイツ等次第だ。だが、もう終わるだろう。コイツ等も大体わかって来たからな」
「どういう意味?」
「すぐにわかる。オイ、起きろ家畜共!!」
横たわる3人の腹を蹴って起す。軽い咽込みを上げ意識を取り戻した3人は少し怯えた顔だったが、眼だけはヴィノを睨みつけていた。
コリンは魔法で気配遮断を使用して3人の後に立つ。そのまま様子を伺るようだ。
「俺が朝質問した事を覚えてるか? 人と家畜の違いはなんだ? あれだけ時間をやったんだ、答えてみろ」
ひと風が森を抜ける間僅かな静寂が生まれた。先に口を開いたのはリコルだった。
「…ボクたちは、人間だ。誰が何て言うとボクたちは人間なんだ」
「お前は馬鹿な家畜か? その理由を聞いてんだよ」
「必要ない。答えなんて関係ない。自分たちが人間だって言ってるんだから人間なのよ」
「そうですわ。どんなに…貴方から痛めつけれても、どんなに言葉で否定されても…わたくし達は人間ですわ。貴方がいくらわたく達を否定しようとも、わたくし達は人間なんですわ」
数時間前とは思えない程3人の顔に気迫が感じられる。意地や自棄ではなく、その瞳には揺るぎない決意と意思が宿っていた。
だが、そんな事でヴィノは納得などしなかった。順番に平手打ちを食わせると、再度理由を訪ねた。しかし、3人の答えは変わらずまたも同じように平手打ちが3人の頬に打ち込まれる。
幾つもの乾いた音が森に鳴り響く。顔を背けたくなる光景にコリンは後でじっと眺めていた。
「お前たちは家畜だ。いいな俺が家畜だと言っているんだから家畜なんだよ」
「ボクは…家畜じゃない…」
パシンッ!!
「家畜だ」
「違う。家畜じゃない。家畜何て認めるもんか」
パシンッ!!
「黙れ、家畜だ」
「何度叩いたって…わたくし達は認めませんわ。叩くなら叩きなさい。わたくしは人間ですもの。それが事実ですわ」
パシンッ!!
叩かれすぎて顔が大きく腫れ上がっても、痛みに涙がながれても、3人は歯を食いしばって否定した。
力で挑んでも力量も実力も全く通じない相手に対抗できるのは、自分の意志で否定する気持ちしかなかった。
ただ否定する。それだけでしか抗う事ができないからだ。
「手が疲れたな。もういいコレで最後だ」
ヴィノは腰鞘から山刀を抜くと、3人の前に突き出した。黒く微色に光る切っ先が突き出される。
「いいかコレが最後だ。殺処分になりたくなければ家畜だと言え。じゃないとこの場で殺処分だ」
言葉にためらいが無く、殺気を宿した双眼が3人を見据える。その余りの気迫にその場でしゃがみ込むと、股の間から生温かい感覚が伝わってくる。
今までに感じた事がない悪寒が背筋を走り抜け、ガタガタと奥歯が震える。それは生まれて初めて感じた「死」の存在だった。
自分たちの目の前に迫る「死」の恐怖に思考が止まり始め、生存本能が生きる事へと最優先になる。
ここで家畜と認めなければ本当に殺される。認めさえすれば自分は生きる事が出来る。打算的になった思考が生への渇望を満たそうとする。
だが、その先は…
たとえ生き残れてもその後の人生は生きると言えるのか? ここで認めてしまったら人として何かが終わってしまうような気がする。
何かが終わる。それを感じた瞬間、拒絶が生まれた。絶対に認めてはだめだ。認めてしまったら自分は自分ではなくなってしまうと。潜在意識の中にあるもう一人の
自分が必死に抵抗を始める。
その時、3人は始めて「自尊心」を感じた。
「…ぁ…ころすなら…殺せよ…そうすれば、ボク達が…正しかった証拠だ」
「自分が何者なのかは自分が決める…お前じゃない」
「わたくが人間と認めているのよ…それ以上の証拠がどこにあると言うのよ。わたくしは自分の意思を持って宣言していますわ、家畜がこんなこと出来るわけないですわ。コレこそが疑いようのない証拠ですわ」
覚悟を決めた顔でリコル、カーリー、エルザの3人は真っすぐにヴィノを見つめる。これでいい。この決断に後悔なんてしない。3人の顔に微塵の迷いすらない。
「それが、答えでいいんだな…よし」
殺気を醸しだしたまま、ヴィノはゆっくりと山刀を上に上げた。
殺気がさらに増し3人は強く目をつむる。終わりだ。これで本当に終わるのだと思っているとおかしなことに何も起こらない。
恐る恐る目を開くと、山刀を鞘に戻し腕組をするヴィノの姿があった。気のせいかその顔にはどこかホッとしたような感じにも見える。
「やっと自分を見つけたか。人と家畜の違いは極限状態の中でも、自己と自我を保っていられるかどうかだ。どんな理不尽な暴力の中でも、曲げず、折れず、砕かれない精神力を維持する事は、今後お前たちが生き残るうえで一番不可欠な要素だ。自分の意思を貫き、諦めないものが戦場で明日を迎えられる。それを決して忘れるなよ」
急に真面な話を始まり、3人は口をポカンっと開けて微動だにしない。
「現時刻をもって全員合格。新人研修を終了とする。以上」
「…おっ…終わってたのか…?」
「へぇ? へっ、へぇぇ?」
「ほんとう…ですの…ほっ、本当に…終わりましたの? 嘘じゃありませんわよね…?」
「お前たちの教官が終わりと言ったんだ。それを終わったと言うんだろう。それ以外に何だと言うんだ?」
「「「いいいやああああぁぁぁぁぁっったあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!!」」」
3人それぞれが腕を高く上げてガッツポーズをする。全身から歓喜の衝動が沸き上がり、割れんばかりの声で叫びあげる。
素っ裸でも気にすることなく、泥まみれの肌を合わせなお互いに肩を組み合い解放感に涙が溢れだしていた。
そんな3人のすぐ側でひとり拍手喝采を送るコリンの姿があった。
「おめでとうみんな。冒険者として一皮剥けましたね。これで少しは上の者を敬ってもらいだっ―――んっ、どうしたのみんな?」
「「「コリンさんだぁぁぁぁぁ!!!!!」」」
「えっ、えっ、ええぇぇ!? ちょっ、ちょっと待っエ 待ってえ!?」
コリンの姿を確認した3人がそのまま彼女に向かって突進してくる。さすがに泥まみれで全裸の男女に迫られてきたら、当然踵を返して逃げ出した。
「「「待ぁっっってぇぇぇぇ!!」」」
「いやぁぁぁぁ!!」
必死に追い掛ける3人と全力で逃げる1人の
「コリンさん、ボク頑張ったよ!!」
「頑張った。ほんとに頑張った。死んでないのが不思議。、何度も死にかけた。本当に死にかけた」
「コリンさん。わたくしこれまで諸先輩方に無礼な態度をとって申し訳ございませんでしたわ。これからは心を入れ替えますから、もうこんな罰はやめて下さいまし」
「わかった。わかったから、離れなさい。ちょっ、ちょっと誰よッ!! どさくさに紛れて胸揉んでるのわぁ!! リコルぅぅ!! お前かぁ!!」
「頑張った。うううっ、ボク頑張ったんです。うううぅ」
「やかましいわぁ!!」
パシンッ!!
「…おい。せっかく盛り上がってる所悪いが。まだ終わってねぇからな」
「「「へえっ…!?」」」
ヴィノの言葉に3人が振り向いた。真っ青になった顔に絶望の影が掛かる。
―今なんて言った?―
―終わってない?―
―どうして?―
―さっき終わったって言ったよね?―
―言ったよね?―
皆の思考が混乱していく中でヴィノが続ける。
「最初に言っただろう。これは研修訓練だと。お前たちを人間にするのが『研修』で、『訓練』はこれから始まるんだよ。これで終わったと思うなよ」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
思考停止した3人は奈落の底に落ちるような感覚に襲われ、視界が歪みその場に崩れ落ちると可笑しなくらいの笑い声や奇声を上げる。そしてこれまで張り詰めていた何かの線が切れたよう倒れた。
「アレを観てればね…本当に同情するわ…」
服の泥を叩きながら、コリンは小さく呟いた。
その後、この状況を鑑みたコリンが3人の精神安定が必要だと提言した事で協議が始まった。
このまま続けたいヴィノに対して、コリンは訓練をするなその前に治療と休養を入れる事を譲らなかった。
何度か問答の末に、3日間の休息が決まった。結局ヴィノがいくら言った所で依頼主の要望を曲げる事は得策でないと判断した結果だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
3人をコリンに任せてヴィノは先に街に戻って来た。急ではあるが3日も空いた時間を無駄にするのは勿体ない。
夜の帳はおり、所々で屋台の美味い匂いが漂ってきた。腹が寂しい声を上げる前に簡単な依頼でも見つけようかと、冒険者ギルドの扉を開けて中に入った。
「………」
ギルド内の様子がおかしい。いつもは疎らながらも冒険者同士の会話が聞こえてくるはずなのに、まるで通夜のように静まり返っていた。しかも近くにいる冒険者達から張り詰めた空気が感じられる。
いつもの雰囲気とはだいぶ違って、この建物内が異様な緊張に包まれていた。
「あっ、ヴィノさん」
「何かあったのか?」
近くにいた受付嬢のリリーに声掛けると、向こうもヴィノに用があるようで奥の方へ手招きされた。
「丁度良かったです。あの…ヴィノさんに頼みたい事があるんです」
「仕事か? 内容は?」
「人探しです」
「依頼主は?」
少し間をあけてから、リリーは言葉を続けた。
「…私です」
「ギルドの指名依頼か?」
「いいえ、違います…私の個人依頼です…」
「他の冒険者に頼め」
「…みなさん、受けてくれないんです…」
ヴィノの手を取り、潤ませた瞳でヴィノの顔を見据える。
「助けて下さい…お願いします…」
縋るような顔のリリーを見つめるヴィノ。ただならぬ事があるのは間違いない。それはもしかしてこのギルド内に漂っている重暗い空気と関係があるのかもしれない。
厄介ごとにわざわざ関わる必要はないのかもしれないが、それでもこのギルド内で唯一の味方に近い人間が助けを求めているのを、黙って見ている気はなかった。
「何があった?」
その一言でリリーは確信できた。こらえていた瞳から涙が溢れると、そのままヴィノの胸に顔を埋め一言感謝を告げてから依頼内容を説明した。
「………三日で終わらせる」
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