第24話 新人教育その② 鞭の後に飴があると思うなよ
「…ちょっと…初日で使えなくされると困るのよね」
夕刻過ぎに様子を見に来たコリンは、その惨状を見て溜息を溢した。たったの数時間前まで憎たらしかった3人が見るも無残な姿で地面に倒れている。しかも3人とも全裸でだ。
その姿を見ただけでこれまでの悪態を忘れ、何故か哀れすら感じられた。
何があったのか想像できないが、想像が出来ない程の苦行を受けた事はわかる。確かにこの3人の扱いは任せたが、最近の新人は少し厳しくしただけでギルドを抜けたり、実家の権力を使ってギルドにクレームを入れてきたりする。流石に初日からやり過ぎて問題になるのは不味いと思った。
「問題ない。これは自分の限界を知る為の訓練だ。限界を知らない奴はどもまでも無茶をする。知った奴は無茶をしない。だから安心しろ」
「そう…とこで、それはなにをしてるのかしら?」
仰向けで気絶している3人の口元に、ヴィノが丸めたタオルを絞り汁を垂らしている。
「丁度そこにドンロース苔を見つけた。それを濾して飲ませている。
「ぺに…しりん?」
「ただの薬だ。こういう時に一番よく効く薬だ」
「
「必要ない。実戦じゃ
一瞥してカーリーの口元に垂らすと、口を魚のようにパクパクさせながら水分を求めた。気絶していても水分を欲するように訴える姿はなんとも言い難い姿だ。
「まだコイツ等は本当の渇きをしらない。小便に忌避感を感じている内はまだ大丈夫だ。本当に渇いた人間は平気で泥水を飲み。他人の小便さえ舐る」
単調口調で返事を返しながらヴィノは黙々と作業を続けている。
「そう。………ところで貴方の事でちょっと面白い記録を見つけたわ。バタヴィア城と言えばわかるかしら?」
その言葉にヴィノの手が止まった。
「8年前、生存者の多くが口を
コリンの言葉を背中で聞いていたヴィノの顔に影がかかる。記憶に深く刻まれたあの光景が蘇っり匂いさえ感じられるほどだ。霧が張るように当時の記憶が嫌でも脳裏に映し出される。止まない冷雨、足元を凍らすほどの泥を纏い、空腹で眠気さえ無くなった兵士達が肩寄せ合う城内。
死体と傷病兵が入り混じった地面に倒れたヴィノの手を握り、必死に名を叫ぶ女性の顔を思い出す。
その女性は『レオナ・フィフナス・ブラート』と名乗った若い女性だった。ヴィノを始めその場の多くの兵士、亜人、難民、傷病者達の希望の光となった女性だった。
彼女を守りたかった。助けたかった。自分の命を差し出してさえ彼女だけはと思ったその願いさえ、現実は無残にも打ち砕いた。
「―………仕方なかった」
小さく溜息を溢し、ゆっくりと振り向き黒い双眼にコリンを映すと、静かに口を動かした。
「アレは戦争じゃない地獄だ。そう地獄そのものだった。
それは始めて感情を乗せた吐露が詰まった言葉だった。
「言っただろう過去は過去だ。俺の過去を調べたいなら好きに調べろ。俺は依頼通りこのガキ共に本当の戦場を経験させる」
「そうそこよ。その戦場を経験させるにはどうするのか、私が一番きになってる所なのよね。訓練で動けても実戦で的になる戦力は必要ないからね」
ポンッと手を叩き、とんがり帽子が上下する。興味津々な瞳でヴィノの回答をまった。即戦力を補う方法を是非とも知りたいと。
「紛争地帯に放り込めば一番早い。だたそれじゃ死ぬリスクが高い。死んじまったら無駄になる。じゃあどすればいいか、簡単だ。戦場よりも辛い訓練をするだけだ。訓練で出来ない事は実戦でも出来ない。むしろ戦場の方が天国と思える程の訓練を与えてやればいい。それと戦場の一番の敵は自分自身と自然だ。まずは自然を受け入れられる精神力を鍛える。鍛えて鋼のような一本の柱にする。自分自身の背骨を支える柱だ。そうすればどんな過酷な状況でも自分を保つことができる」
「問題はこの子達がそれを受け入れられるかどうかよ? 受け入れる前に心が折れてしまっては元も子もないわ」
「そんな簡単に心が折れるわけねぇだろう。本人が折れたと思っただけで実際は折れてねぇさ、人間の精神力はそんな軟じゃねえ。実際歩くのもやっとな傷病者が奇声を上げながら敵に切りかかる光景を何度も見てきた。人間の精神力は誰にも計れねのさ」
「本当にこの子達が耐えられると思う?」
「耐えられる。少なくとも俺は耐えられた」
「はぁ~ッ…貴方と比べてもね…いいわ、今はその言葉を信じましょう。何か必要な物があるなら言ってちょうだい。用意するわ」
コリンの申し出にしばらく思案顔をした後ヴィノは要求した。
「…それじゃひとつ作ってもらいたいものがある。10メートル程の沼地を作ってくれ。首までつかる位深い沼地だ」
「そんな深い沼地作ってどうするの?」
「知らないのか。
◇◇◇◇◇
夜の戸堀が降りた頃、小川のせせらぎに響く虫の音を遮るように怒声が響いた。
「起きろぉ!! いつまで休む気だ蛆虫共ぉ!! オラ!! 目覚ませぇ!!」
罵声の後に桶の水を乱暴にぶっ掛けられた3人は一気に覚醒した。そしてこれが夢ではなく現実だと気づくと酷く落胆した。
「………もう…かえらせて下さい…」
冷水に身を震わせながらエリザは呟いた。残りの2人も内心で同意した。日中延々と日差しに焼かれた肌は赤く腫れ、這いずった部分は皮がスルリと剥けてジンジンと全身が痛みを訴えてくる。
休むことなく北上を続けて気絶した3人は、そのまま近場の小川に移されていた。そこでヴィノは
「言ったはずさ、人間になれば帰れるぞ。早く蛆虫から人になってみろ」
「人間よ…お前が勝手に虫にした…みんな人よ…エリザも…リコルも…」
声を震わせるカーリーだったが、その顔に容赦なく水を掛ける。
「ほう。水欲しさに自分を蛆虫と認めただろう。自分で吐いた言葉はもう消せねぇぞ。本当の渇きもしらねぇ奴が簡単に人の尊厳と誇りすら棄てた挙句、厚かましくもまだ自分は人間だとほざくとは、どんだけ面の皮が厚いんだ。はら、お前たちが欲しがった水だぞ。どうだ旨いだろう?」
「ヤメロ…冷たい」
「冷たい、冷たいですわ…ゲポッ、もうやめて下さいまし…」
「やめろ、ボゥホッ 死んじまうだろう…ひ、人殺し…ひと…ゲホっ…ごろし…」
「蛆虫が人間の言葉を喋るな。気持ち悪い」
外気温が低くなった環境化で、裸の3人に容赦なく冷水を浴びせ続けた。水圧を上げ身体中にこびりついていた土埃が流され若干綺麗になっていく。
「今回は特別だ。綺麗に洗ってやるぜ。ほらよ」
更にホースの口を窄め、水圧を高くすると必死に手で覆う顔に乱暴に当てながら、目や鼻口周りへと水を飛ばしていく。水圧から逃げるように顔を動かすと、追い打ちをかけるように今度は耳裏や陽に焼けた背部へと入念に当てていく。
「「「ヒィぎぎぎぎぎぃいぃ!!!!」」」
悲鳴を上げ悶絶する3人が芋虫のようにその場で捩り踊る。焼けた肌に冷水はさぞ応えるだろう。
ひと通り綺麗にすると、今度は3人の下半身側に鞴を移動すると、日中垂れ流した排泄物で汚れた股に狙いを付ける。
そして―
「なっ、何しますの? そんな…ちょっと、何処触ってますのよ…おやめなさい、やめてぇぇぇあああああ!! イヤアアアアァァァァァ!!」
「ああ゛あ゛ぁ!! お母さまぁ!! お母さまぁ!! イヤアアアアアアアアア!!!!」
「ウガギャアアアアアアアア!!!! オオオオオオォォォォッ!!!!」
高圧水流が容赦なく股の汚れを落していく、更にヴィノがケツの間を無理やり広げ露わになった陰部に目掛け水圧を強め綺麗にしていく。
悲鳴を上げていた3人は歯を食いしばってその凌辱行為に耐えるしかなかった。抵抗すればその分水圧を強くされ余計な苦痛を味わう事になる事にようやく気づいたからだ。
―数分後―
「よし綺麗になったな。これで次に進められるな」
「…もう…お嫁に…行けないですわ…こんな…ううぅ」
「ぐすんッ…アンタなんて…ド変態よ…ふうぅ」
「これは…夢だ…夢なんだ、ボクは…本当はマリーの部屋で寝ていた…ボクは…夢から醒めるんだ…早く…ボクは…」
3人の顔には大事な何かを失った喪失感と悲壮感が漂っていた。
ヴィノの教育は一切の妥協なく行われる。人の本性をさらけ出すには肉体的にも精神的にも追い詰める必要があるからだ。人は極限まで追い詰められて始めて自分の本性をさらけ出す。その本性に自分が気づき受け入れられなければ、戦場という極限状況化で自分を保つ事は不可能である事をヴィノは知っているからだ。
どんな屈強な騎士でも、冒険者であったとしても一度でも極限状態まで追い詰められ自分自身の本性に呑まれた者は、簡単に壊れてしまう。だからこそその身を持って経験させるしかない。これだけはどんな書物や言葉で説明しても身に着ける事は不可能だから。
「よし、それじゃお前たちに最初の課題を出す。このままここで夜を過ごし明日まで生きる事。明日お前達が生きていたら蛆虫から豚に昇格させてやる。以上だ」
3人の頭に疑問符が浮かんだ。それの一体何が課題なんだ? 要は朝まで休めと言ってる事だろうと。もしそうなら何て簡単な課題なのだ、むしろ課題ですらないだろうと。各々が思ったに違いない。
「…そんなの楽勝ですわ。余裕で生きてられますわよ」
「あした…ブタか…ようやく家畜…」
「腹が減ってるけど、取り敢えず…寝れるなら良かった。もう蛆虫は嫌だ…」
しかし、3人はまだ気づいて居なかったのだ。裸でいる事で地面に熱を持って行かれ、濡れた身体から急速に体温を奪われ続けている事に誰も気づいていなかった。陽は沈み夜風に乗って冷気が漂い始めてきた、もう直ぐ気が付くだろう。この環境に代替熱源が存在しない事に。
「それじゃ、せいぜい足掻けよ。蛆虫共」
ヴィノの教育に飴など存在しない。常に理不尽という鞭に打たれ続けなければならない。疲労困憊した3人はやっと休息出来ると安堵の顔を浮かべているが、そんな3人の背後にゆっくりと確実に死が近づいていた。
低体温症と言う『死』が―
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