第23話 新人教育その① 人間扱いは人間になってから言え

 コリンの依頼当日、ヴィノは街から外れた平原で1人佇んいた。遠く街の方から前中鐘(午前10時)を告げる鐘音が聞こえてくる。


 徐々に強まる陽の光がヴィノの黒い服と軽革鎧を照りつけてくるが、汗1つかかず気にする様子もなかった。


 なぜヴィノが1人でここに居るのかというと、ヴィノとコリンは指定時刻よりも前に到着して待っていたのだが、新人3名が指定時間の前鐘(午前8時)がなっても指定場所に一向に姿を見せなかったので、コリンが確認に行ってしまっているからだ。


 何か連絡の手違いがあったのかと思いきや、遠くの方からコリンに急かされるように連れてこられた若い新人3名の姿を確認すると、その考えを拭い去った。


 気怠そうな顔をした新人3名がヴィノ前に並んだ。全員悪びれる様子もなくまるで値踏みとするよにヴィノを一瞥すると、軽く舌打ちや溜息を漏らした。


 その態度に流石のコリンが注意に入った。


「貴方達、その態度は何ですか!! まずは今回講師を務めるヴィノ氏に何か言う事があるでしょう。事前に集合時間は告げていたはずです。一体何をやっているんですか。特にエルザっ!!、何ですかその顔は、寝ぼけてないでいい加減目を覚ましなさい」


「ふぁ~~~あぁぁ…わたくし朝が弱いって言ったじゃありませんか。それにまだ顔だって洗ってないですわ」


 大きな欠伸を恥ずかしげもなく見せると、寝癖のたった銀髪を手でかしながら話す少女の名は、エリザベート・クロニケル・ザファール。通称エルザと呼ばれる子爵令嬢だ。今は理由ワケありで家を出てギルドの寄宿舎で生活している。


「エルザと自分は昨日クエストがあって、夜が遅かった。いつもクエスト後は休みにしている。だから本来なら今日は休み。だらか身体がまだ起きないのも仕方がない事。それに時間に遅れるのは淑女のたしなみ。だから問題ない」


 エルザの隣で棒読みのようなセリフを吐く少女はカーリー・ファナル。小麦肌の黒髪で3人の中で唯一身だしなみを整えている。身支度はしっかりしているが、黒瞳が見下したかのように視線を飛ばしている。


 勝手に値踏みをすませ、ヴィノを下に見てコイツなら大丈夫だと判断したのだろう。だが、その舐めた判断は後半ですぐ修正するはめになる。


「ハイ、ハイ、ハイ。どうでもいいけどさ。ボク達って結構忙しいんだよね。これでも将来を期待視しされてる有望株ホープだからね。貴重な時間がもったいないからチャッチャッと終わらせちゃってよ、夜に予定が入ってるから。それとボクはあまり汗をかくのは嫌いなんだ。そこんところ宜しくたのよ」


 最後にキザったらしい言葉を並べるながらボサボサ金髪の蒼瞳の青年は、リコル・ベクターだ。すらりと伸びる手足に整った美し顔立ちをした好青年に見えるが、乱れたシワだらけのシャツの襟元から真新しいキスマークが記されている。


 どう見てもつい先ほどまでお楽しみの真っ最中だったのは明白だ。その甘いマスクを使って捕まえた獲物と行為の最中にコリンに無理やり連れて来られたのだろう。そんなリコルの姿に他の2人は『またか…』と呆れた視線を送っていた。


「今回、お前たちに実戦を教える事になった。統合ギルド所属『スカウト猟兵』のヴィノだ。階級はD級の銅だ。俺が教えるのは実戦だ。最初に言っておくが俺は魔法が専門外だ。訓練中は魔法の使用は禁止とする。他に質問はあるか?」


 訓練生の態度を気にもしない風に淡々と言葉を告げる。質問がないなら早速訓練を始めいようとした時、エルザが手を挙げた。


「実戦って一体なにをするんですの?」


「それはこれからお前たちが体験して分かる事だ」


「どうして統合ギルドが来るのですの? こちらはそれ程人材不足ではなくてよ」


「依頼があって受けた。それだけだ。そっちの事情は知らん諦めろ」


 今度はリコルが手を上げた。


「ぶっちゃけ言うけどさ、実戦って言ってもボクってこれでもクエスト経験はあるんだぜ。他の2人はどうか知らないけどさ、ボクはもうダンジョンも経験しているし、今更実戦って言われても気が乗らないね。だからボクだけ別メニューで頼むよ」


「却下だ。他に質問は?」


「あのさぁ!!」


 ヴィノの即答にリコルがなおも食い下がる。


「ハッキリ言わないと分かんないかなおじさん。ボクらにとってこんな事時間の無駄なんだよ。冒険者ギルドから学ぶ事なんて何もないんだよ。どうせ教えるんならなさ『隻腕のテトラ』のような剣術にしてれないかな。それが出来ないならこんなお遊びな時間を無駄に過ごすより、強力な高位魔法を取得する方が先決なのさ。言葉通じましたか?おじさん」


「口が過ぎるわよリコルっ!! 彼は貴方より―ッ」


 余りの行き過ぎた言動にコリンが注意に入った。しかし、ヴィノはそれを制止した。そのままリコルに近づき鼻先が触れるか触れない程の顔を近づける。


「誰が意見を言えと言った。俺は質問を聞いてるんだよ。坊や」


 最後の『坊や』の言葉に合わせて、ギロリッと鋭い視線を向ける。その冷たく深い瞳に射貫かれたリコルは内心たじろぎ言葉に詰まった。


 この程度の軽い威圧に気圧されるなど、先が思いやられるなと呆れるヴィノをよそに、それから質問は無かった。


「他に質問がないなら始めるぞ。まず最初にこの宣誓書を各自一緒に読み上げ、終わったら自分の名前を署名するんだ」


 3人がヴィノから受け取った宣誓書の内容に目を通す。


「ぷっ、何ですのこの宣誓書。騎士みたいですわ」


「今時騎士もこんな宣誓しない」


「おじさん。これ何かの小説のパクリか?」


「いいから早く宣誓して署名なさいッ!!」


 軽く失笑が起こるが、コリンが一括させると各々その宣誓書を読み上げ始めた。


「「「今回の教育訓練にあたることは私の選択であり、それを認識し、この教育訓練に伴うすべての事に挑み、今まで以上に活躍するように努力すること。そして他人によって設定された制限を超える事を目標とし、個人を犠牲にし献身的に取り組むことで体力、精神的スキル、そして高い自尊心を得る事を名誉とします。私は大小を問わず、すべての障害を克服するため、決して諦めません。放棄することは失敗する事、それを克服すること、適応するすこと、そして教育訓練を完全に完了するために必要な事は何でもすること、全ての仲間達の模範なる為の行動を迅速かつ静かに行う事をここに誓います」」」


 3人が宣誓と署名を済ませコリンに渡し終えると、訓練中が魔法使用禁止の為魔杖とローブの他に各自が帯刀してる長剣を預けた。


「それじゃ後は任せるわ。時々様子は見に来るから、この子達を頼んだわ」


 そう言葉を残すと、コリンは街へと帰っていった。


「それで教育訓練って一体何をやりますの?」


「では早速始めるぞ。今からお前たちは人ではない、人以下の蛆虫だ。蛆虫としてその場で這いつくばれ」


 その言葉に全員困惑を浮かべる。理解しようにも理解できないのだ。突然蛆虫になれと言われ理解できる方がどうかしている。


「はぁ? 何言ってんだおじさん。初っ端から頭イカレたのかよ。やれやれどうすんだコレ」


「蛆虫は人の言葉を話さん」


 肩をすくめるリコルの顎をヴィノの掌底が打ち込まれた。後に仰け反りそのまま後頭部を勢いよく地面に打ち付けた。


 あまりの出来事に隣の2人は言葉を失って呆然としていると、今度はその2人の膝に重いローキックを撃ち込み崩した。手加減はしたつもりでも鉄芯入りのブーツで蹴られればまともに立つことは困難だ。


「蛆虫が立つな」


 2人が痛みに悶絶している間に、彼女たちの両足を動かせないようにロープで固く結び付ける。


 ヴィノの異常行動にたまらずエルザ達が声を上げる。


「ちょっ、ちょっと何ですのこれ、おやめないさい。何で足を縛りますの? こんな事して一体何のつもりですの?」


「足触るな!! 変態ッ!! キショイ!! 死ねッ!!」


 涙声で抵抗するも無駄に終わった。ロープで下半身を巻かれた2人の姿は芋虫そのものだった。


 さらに仰向けで伸びてるリコルの足も結ぶ付けると、脇腹を蹴って起してみせる。


「よし、準備はいいな。蛆虫のお前たちを俺は責任を持って人間にする。今後お前たちがどんなに泣き叫ぼうと俺が認めない限り人間にはならない。言い換えれば俺が認めさせすればお前たちは人間として解放される。早く人間になりたければ俺の命令に絶対服従だ。理解したな」


「ふざけるな! ボク達は人間だ。しかも貴族だぞ。貴族にこんな事をして許されると思ってるのかッ!!」


「そうですわ。こんな暴挙許さるませんわ!! 今すぐこの紐を解きなさい。そして今すぐわたくしに謝罪しなさい!!」


「野蛮人死ね。そして謝れ!!」


 抗議と暴言が昇るがヴィノはそれを気にする様子もないまま腰のダガーナイフを貫いた。


 切っ先から鈍い光を放つそのナイフに一同の視線が向く。


「…ちょっ………待って待って…そのナイフで何する気だ…? よせ、待て…放せ!! 離せ!! はなっわあああああああ!!!」


「いややぁぁぁぁぁぁぁぁ!! お止めなさいいいいいいぃぃぃッ!! 誰かぁぁ誰か止めててぇぇぇぇぇ!!」


「いやぁ!! お母様ぁぁ!! 助けてぇ!! 誰かぁ助けてぇぇぇ!!」


 辺りに3人の悲鳴が響き渡る。そしてリコル、エルザ、カーリーは着ていた全ての服を切り裂れて真っ裸にされた。


 生まれたままの状態の3人の傍に無残に裂かれた服の残骸が漂い。いつのまにか悲鳴はすすり泣きに変わっていた。


「蛆虫が人間の服なんて着るか。それに命令拒否の場合は連帯責任で全員にペナルティーを与える。いいな。泣いてる時間が惜しい。まずはそのまま北に向かって匍匐前進だ。始めろ」


 開始の号令後も泣き声は止まず、誰一人動く者はいなかった。


「俺は始めろと言ったぞ。お前らのその態度は命令拒否と捉えていいんだな? 次のペナルティーはキツイぞ。それでもいいのか? さっさと始めろ!! この蛆虫共がぁ!!」


 ヴィノの威喝にエルザとカーリーが声をしゃくり上げながら匍匐を始める。しかしリコルは未だ動こうとしない。まだリコルは反発精神を抱いていた。


 選民思想の高い貴族が裸で地ベタを這いずる事は彼のプライドが許さないのだろう。しかいそれではいつまでたっても終わる事はないし、ヴィノも終わられる気はなかった。反発者は徹底的に叩き伏せ、自分の立場を認識させるまでだ。


 徐々に2人との距離が開き始めると、再び悲鳴が上がった。エルザとカーリーだ。


「「嫌やややぁぁぁぁぁぁ!! やめてぇぇぇっ!!!!  痛い!! 痛い!!痛いいぃぃ!!」」


 2人はヴィノに足を持ち上げられ、あられもない恰好のままリコルよりも後へと引き摺られていく。しかも、裸の肌が地面の小石等の突起物で擦れ、痛みで悲鳴を上げている。


「いいか仲間を置いていくな。仲間と1メートル以上離れたら、3メートル引き摺り戻す。オラっジタバタすんじゃねぇ!!」


 リコルの後方へと戻さたエルザとカーリーは、痛みと恥ずかしと惨めさを噛み締め込み上げる感情に大粒の涙を流し始めた。


「もう嫌…かえりたいですわ…」


「ううっ、ううっ…何で…こんな…」


「蛆虫が何処に帰る? 帰りたいなら人間になれ、人間になれば帰れるぞ。だから早く人間になるしかない。ほら早く進め」


 すでにヴィノの言葉に反発する気力も無くしていた。すれた腕の痛みを必死に我慢しながら匍匐前進を始まる。足が結ばれて動かせず腕だけの匍匐は進むのにも時間が掛かった。


 2人がコリンと並んだ時ヴィノはコリンの頭を硬いブーツの底で踏みつける。低い悲鳴を上げコリンだが、彼の反抗心は未だ健在で、踏みつけるブーツを押し上げてヴィノを睨みつけた。


「何だその目は、まだ睨む元気があるなら早く動け、お前が動かない限りあの二匹は何度も戻されるぞ。お前のせいでな、お前のそのくだらない意地が二匹の頑張りを無駄にしてるんだ。下手な意地を張れば他がとばっちりを受けるぞ。早く動けこの蛆虫野郎が」


「…コリン…いきますわよ…今はこの男の言う事に従いましょう…」


「腕痛い…いいから動け」


 2人に諭されながらようやくコリンが動き始めた。


「そうだ蛆虫。そうやって張って進め」


 ようやく3人が揃って匍匐前進を始めた。それは他の者が見たら本当に異様な光景だろう、真っ裸の男女3人が両足を縛られて地面を張って進んでいるのだから。


 開始30分を過ぎた頃に1人が嘔吐すると、それに合わせるように残りの2人も吐き始めその吐しゃ物の上を張って進んで行く。それから3時間匍匐は続き、照りつける日差しに3人の背中が真っ赤に焼かれ、擦りつける腹と腕には生傷が増えていった。


 正直にいってこの3人はよく頑張った。並みの15、6歳の子が炎天下の地面を3時間這いつくばって動いているのだ。一見すると簡単そうに見えるが、一度でも経験した者はこの恐ろしさを嫌と言う程その身に染み込んでいるだろう。


 身体中の筋肉が痙攣を始め、頭からの指令を身体が拒絶したかのように言う事を利かなくなる。


 腕の感覚も無くなり嘔吐と汗で急激に水分を失った身体が猛烈に渇きを訴えてくる。加えて背部と首の負荷に眩暈と覚え、さらに脱水による頭痛が思考判断を鈍らせる。


 もはや3人に正常な判断などできるわけもなく、生物が生きる上で優先するべき事を求めるしか出来なかった。


 それは『水分』だ。


 彼らは今自分達に直面している命の危機を回避するために、回らない思考回路を必死に巡らせ答えを探していた。


 そのすぐ近くでは見せつけるかのようにヴィノが美味しそうに水筒の水をゴクゴクと飲んでいる。


「たのむ、その水を…水をくれ…下さい…おねがいします…」


「みず………み、…ず…」


「ああ…ぁぁぁ…」


 既に死に体の身体から3人は必死に言葉をふり絞り懇願する。その姿を見たヴィノはうすら笑いを浮かべ3人を見下ろしながら言い放った。


「なんだお前ら、厚かましくも蛆虫の分際でそんなに俺の水が飲みたいのか?」


 返す返事はなく、かわりに頷きで返して来た。


「じゃあここに来い。そして『自分は下等で醜く弱い蛆虫です』と言え、そうすれば俺の水を分けてやる」


 その言葉を聞いた3人の瞳は括目して残った力をふり絞りヴィノの足元へと這いずって来た。

 もはや意地やプライドなど要らぬ、痛みさえ忘れ自身が生きたいと強く望む事に躊躇ちゅうちょはない。躊躇うことなく3人は言われた通りの言葉を唱えてみせた。


 そしてご主人様を慕う子犬ような瞳でご褒美を待った。


「はっはっは、そんなに飲みたいか。惨めだなぁ~お前らは、ほらよ」


 ジョロジョロジョロ、ジョロジョロジョロ、ジョロジョロジョロ


 それをどう表現すればいいのだろうか。3人の頭に掛けられたのは冷たく透明な水ではなく、生暖かく淡黄色な汚水だった。


「俺の水だ・・。遠慮するなよ。さあ飲め」


 その場の3人は微動だにしなかった。よほどのショックだったのか3人の思考はそこで考えるのを止め、無意識に視界が反転し思考が乖離を始め意識を失った。


「3時間か、最初にしては及第点だな」


 汚水に顔を埋め、こと切れたかのように横たわる3人の前でヴィノは平然とした口調で呟いた。

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