第22話 コリン・クローネからの依頼

 リースがリューの服を自分のモノで汚してしまった丁度その頃、 魔術師ギルドの一室にヴィノが通されていた。


 入室と同時に首のチョーカーは外され、やれやれといった感じでヴィノは首元を手で摩っている。


 両隣にした付添人は退室を命じられ、部屋の中にはヴィノと立派な机を挟んでコリン・クローネと相対している。椅子に座る彼女左肩には猫程の大きさなオウムが止まっていて、まるで使い魔のような印象を受ける。


「手厚い歓迎だったな。魔法使いじゃない俺にこのチョーカーは無意味じゃないか」


「念の為よ。それより昨晩はよく眠れたかしら。来賓室とまではいかなくても、それなりの部屋を用意したつもりなのよ」


「部屋に問題はない、だがもう少し優秀な見張りをつけろ」


「驚いたわ。あれでも中堅なのよ。やっぱり本職の『斥候スカウト』には劣るわね」


「俺は『斥候スカウト』じゃない『スカウト猟兵』だ」


「あら、御免なさいね」


 コリンはゆっくり口角を上げる。昨晩ヴィノの部屋に『透明化』と『隠蔽』スキルを持つ2名に監視を命じていた。1人は入り口を監視できる位置に、もう1人は外周辺で監視していた。


「堪え性のない奴が『隠蔽』を使っても無駄だ。監視の本質を理解してないし、内と外で監視していても、相手任せで気を張ってなどいなかった。あんなのは無駄だ隙だらけで見張っていたら逆に気になって仕方ない。だが3人目は優秀だったな」


 その言葉にコリンの細眉が筈かに動いた。


「…3人目? 貴方の監視に2名しか配置してなかったわよ」


「虚偽と言うつもりはない、夜中から朝方にかけて3度部屋に入って来た奴だ。音もなく部屋に入ってきては、ベットに作った俺の身代わり人形を確認して出ていった。最初は死霊リッチと思ったがよく視ると人だとわかった。だが確かにそこに居るはずなのに不思議と実態が掴めないかった。アレは暗殺者アサシンか何かか? 本当に不気味な奴だったが優秀なのは間違いない」


 ヴィノの話を聞いてる内にコリンの顔色が険しくなる。彼女の中で何か決心がついた感じだ。

 話し終えるとコリンは口元で交互に指を合わせ思案する。今までになく真剣な表情で俯く彼女に対して、肩に乗せてるオウムが不思議そうに首を掲げている。


「ヴィノ、貴方に仕事を依頼したいわ。もちろんそれなりの報酬は支払うわ」


「ギルドを通さない依頼はお断りだ」


「そう言わないで。これは指名依頼なのよ貴方とっても悪い話ではないわ。まずは簡単なうちの新人教育をしてもらいたいわ」


「断る。俺は魔術士じゃないし、そんなのはそっちでやればいいだろう」


「そうもいかないのよ。あなた『隻眼のテトラ』て知ってるからしら? 最近巷で人気が出てきてる冒険小説なのだけど、主人公の冒険者テトラが魔人と戦い隻眼となって敗北するのよ、そこで剣だけではダメだと悟り魔術を覚え魔法剣士として魔人を倒し冒険を続けていく物語よ」


「それが何の関係がある?」


 その話はヴィノも聞いた事があったが、あまり興味がなくあくまで名前位は知っている程度だった。内容も酒場で他の冒険者が酒の肴に話している程度しか知らない。だいたい剣がダメだから魔法を覚えるなんてそんな簡単な事ではない、本人の素質以前に魔素や魔力を持たない人間が簡単に魔術を使う事など三文小説の中だけの話だ。


「まさか、ここ魔術師ギルドに他の戦士職の連中が魔法を教えろと来てるのか? そんなのは門前払いにすればいいだろう」


「逆よ、逆…身内の恥を晒すようで恥ずかしいのだけど、新人の子達の間に例の小説が出回っていて、ある特定の新人のグループが相当ハマってしまって問題になってるのよ」


 こめかみを押さえながら溜息を溢すコリンに、ヴィノは関心なく「だから」と告げる。


「その問題のグループが『貴族』出身のなのよね。ほらあの子達って魔術学院なんて行かずに優秀な専従術師を家庭教師に雇って魔法を教わるのが習わしなのよ。ギルドこっちもそれで大分ご贔屓にしてもらっていて、あまり手荒な事が難しいのよね」


「要するに魔術師ギルドに加入している貴族出身で世間知らずの新人ガキ共が、今人気の冒険小説の主人公に自身を重ねていきり立っているから、俺が現実がそんな甘くねえって事を教えてやれと」


 その通りと言わんばかりに満面の笑みを浮かべてコリンが手を叩く。


「正解よッ!! 冴えてるわね」


「断る」


 パチパチと叩く手が止まり、お互い真顔で視線をぶつけあう。一瞬で部屋の中が険悪な空気に包まれる。張り詰めた空気の中で肩のオウムが羽をパタパタと動かしてみる。それはまるで少しでも嫌な空気を飛ばそうとするかのようだ。


「一応理由を聞いてもいいかしら?」


「理由は2つだ。1つ俺は戦士じゃい、剣術なんて本職の奴に任せるかギルドに行けば銀貨5枚で教えてくれる。もう1つは俺にメリットがない。金に困ってなどいないし、ギルドを通さない依頼はそれだけリスクが高い。それを考慮して俺はこの依頼を断ると決めた」


「そう、…でもこれを聞いて貴方は断るかしら?」


 顔を崩しまた笑みを浮かべてながら椅子の背に寄りかかる。


「最初から戦士なんて求めちゃいないわ。貴方に教えてもらいたいのは甘い夢に浸っているあの子たちに『本当の実戦現実』を経験してもらいたいのよ。それこそ心の内に眠る本能が目覚める程の地獄を教えてあげたいの。貴方なら出来るわよね、何て言ったって地獄を見たんでしょう? それと…これは報酬とは別の形にはなるのだけど、こちらのギルド内で女性を何人か紹介してもいいわよ。勿論若い適齢期の子よ。随分と結婚相談所に通ってるそうね。なかなかお目当ての子は見つからないみたいだけど、ご同業関係だとその後の婚姻率は高いのをご存じかしら?」


「俺を調べたのか?」


「少しよ。結構な経歴ねでも10年前以降はどこにいたのかしら? そっちも調べてみましょうか」


「そっちじゃない。過去は過去だ。好きなだけ調べればいい。俺が婚活で悩んでいるの事を知っているなら、むしろ紹介をしてくるのは有難いことだ。それは俺にとってとても有益だな。さっそく依頼の詳細を詰めようじゃないか」


「へぇ!? あっ…そ、そうねっ…詳細を説明するわ」


 食いつきが予想外過ぎて戸惑ってしまった。てっきり過去を詮索した事に噛みついてきたらリースの件を上げ強制的に承諾させようと目論んでいた。


 しかしそんな事など全く気にしないといった感じで流され、軽い揶揄のつもりでいった婚活の世話が何故か大層興味を引き付けてしまった。そんなに魅力的な事を言ったつもりは無いはずなんだがと首を傾げて見せる。


 やや呆気に取られはしたが新人教育の打合せは終わり早速明日から3名の教育訓練を行う事になった。事前にヴィノからは3名以上は不可だと人数制限をかけられてしまった。


 ヴィノからは幾つかの要望が出されたが特に強く言われたのが、訓練生の『生殺与奪権』と『途中放棄禁止』の2つだ。


 たかが新人教育に大袈裟と思い安易に承諾してしまった事を後にコリンは後悔するはめになった。




 ◇◇◇◇◇


「随分と面白い男だった。体内魔素は確認できなかったが、君の鑑定眼ではどうだ?」


 肩にとまるオウムが流暢な人語話し出す。このオウムはギルド長の使い魔の1つで、ヴィノを鑑定する為にギルド長のエカシ・ラ・パッシュラがコリンに寄越したのだ。


「はい、確認できました。彼の身体に魔素は微々たるものです。それこそ普通の人間程度以下といっても過言ではありません。しかし―」


「普通の人間が君の『暗殺二重身アサシン・ドッペル』を見抜くとは以外だったか?」


「はい、恐らく彼は部屋に侵入した私の『二重身ドッペル』を『見る』のではなく『感じ』取っていたのでしょう? スキルも魔法もなしに…只者ではありません」


 底知れぬヴィノの感覚察知能力に、生温い汗がコリンの頬を伝う。


「実力は申し分ない。あとは人間性だ。初見の印象は人の生死に然程興味を感じない様子だった。まあ、詳しくは明日分かる事だ。コリン、当分の間は君の好きにしてみるといい」


「ありがとうございます。マスター」


 コリンの感謝の言葉を聞くと、オウムは翼を広げ飛び立ち部屋の壁をすり抜けて行った。


 部屋に一人になったコリンは机の引き出しを引いて幾枚かの書類を取り出した。明日ヴィノの新人教育を受ける候補者の選定を行う。


 時間は然程掛からなった。貴族出身者で鼻持ちならない新人。選民思想が強い新人、仕事を舐めきっている新人。候補者は決まった。


 後は訓練後の甘い報酬をチラつかせて宣言書に署名捺印を押させてしまえば此方のモノ、生意気な新人達に有無を言わせる事無くヴィノの訓練に参加させ新人の更生と彼の人間性の確認させすれば良いと、コリンの口角は緩み始めていた。

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