第14話 霊草マカザリ・アガヤ
交易野営地に戻ったヴィノは焚き火の前で半繭状態のリースを横にすると、焚き火で炙ったナイフで器用に繭を焼き剥がしている。
リースの顔に生気はなく、その原因を早急に見つけ出そうと手を動かし、その間に森での顛末をマッシュに淡々と語り始めた。
「そっ、それじゃ…カーズの兄貴たちを見殺しにしてきたのかよ!! ヒデーじゃねぇかよ。あんまりだぜぇ!!」
「生き残る為だ。仕方がなかった」
「ふざけんな! 何が仕方がなかっただ。ああぁ。仲間を見捨ててそれで済まそうとしてんじゃねぇぞ!! ヴィノ!! お前俺達のクランの仲間がそれで納得すると思うなよ。この手だってそうだ。オメェーこんな治療が治療なわけねぇだろうが。後で絶対後悔するからな!!」
大木に磔にされていたマッシュだったが、強引に抜け出そうと腕を引っ張ったせいで掌が縦半分に裂けてしまっていた。
普通なら余りの痛みに途中で根を上げ諦めるはずだが、どうやらこのマッシュは相当痛みに耐性を思っているようだ。
だが両肩の脱臼を治す事は出来ずにいたようで、リースを抱えて戻った来たヴィノに助けを求めてきた為、仕方なく焼いた刃を押し当てて止血だけはしといた。
その際に当然絶叫を上げたが、無視して続けた。上手く焼き繫げて血は止まり後は知ったこっちゃないといった感じで、そのままほっとく事にした。
脂汗を流しながらマッシュの罵倒が続く中、むしろ今度は抜け出せないように脱臼だけではなく、四肢の腱を1,2本切断しておいた方がいいと思いながら、右から左へと聞き流していく。
「クソっ」
リースの繭を剥がし終え、傷の確認をしようとローブを捲し上げた時、右腹部上部に血のだまりと同時に甲冑蜂蜘蛛の麻痺針が刺さったままの状態を発見した。しかも最悪な事に針に薬嚢が付いたままだった。
この薬嚢で、リースの身体に毒が耐えす挿入され続けている状態だ。
「よく聞けこの野郎ぉ!! 俺達『鋼の旅団』は仲間同士の絆は家族の血よりも濃い絆でばれてっがぁ―…」
よく回るマッシュの口を鷲掴み乱暴に顔に引き寄せた。
「よくしゃべる舌だな。俺を殺そうとしておいて被害者面して吠るんじゃねぇ。それに家族よりも深い絆だと言ってるなら、だったら今すぐお前一人であの二人を助けに行けってみろ、運が良ければ二人のうち一人はまだ
さらに突き飛ばすように離すと、こと切れたように蹲ってマッシュは顔を伏せた。動かず固まっているとヴィノは乱暴にマッシュの腕を掴み、ゴキリっ、と鈍い音と一緒に両肩の脱臼を治してみせた。
汗でベットリと張り付いた襟元を掴み顔を上げさせると、蒼白い表情で怯えるマッシュの眼を睨みつけながら口を開く。
「ふん…お前らの絆とやらはその程度か…これでわかっただろう。詭弁を語った所で所詮は他人同士の集まりだ。他人の為に自分の命を掛けるのはよほどの馬鹿かお人よしなんだよ」
冒険者なら甲冑蜂蜘蛛の恐ろしは十分知っている。知っていいるかららこそマッシュは二の足を踏んでいるのだ。悔しそうに奥歯を噛み締め伏せるマッシュを横目に、ヴィノはリースに視線を戻した。
「助から…ねえよなコレは…」
麻酔針が刺さっている場所が悪かった。普通なら甲冑蜂蜘蛛は背後から獲物を襲う為、大抵は背部や腰部に針が刺さる。しかし今回はリースの肝臓部に突き刺さってしまっていた。
無理に抜こうものならその瞬間、肝臓から大出血して死んでしまう。このまま針で止血しておこうにも、薬嚢から絶えず毒が注入され続けている。とても朝まで持つとは思えない。
後にも先にもリースを助ける手段が無いのだ。
「ぁ、ぁぁ…ヴィ…ノ…」
ヴィノを服を掴み、リースは掠れるような声を捻り出した。毒の影響で身体が小刻みに震え出し呼吸が浅く速くなる。
「何だ?」
「あ、ソイツを…こっ…殺し…て…」
「残念だがそれは聞き入れられないな。俺を殺そうとした奴だ。俺の獲物だ。俺が始末する」
無常にも彼女の願いを拒否したが、リースの表情が僅かに緩んだように見えた。
ヴィノは気にせずに血圧維持の為リースの両脚を高く上げる。その隙にヴィノの返事を聞いたマッシュは千鳥足りで走り出した。
ここの残っていたら本当に殺されると感じ取り、わき目も降らずに慌てて逃げ出し夜の街道の先へと消えて行った。
交易野営地にヴィノとリースが残されどのくらい経ったのだろう。時間の経過と共にリースの様態は悪化していった。
眼の焦点は合わず、唇は白く乾ききっり、全身から血の気を失った彼女の肌は雪のように白くなっている。
意識混濁を疑わせるように、うわ言のように何かを呟き始めた。
ヴィノはもはやどうすことも出来ずに、ジッとリースの顔を見つめてその最後の時を待っていた。
―!?―
突然何かを探すように手を動かしヴィノの腕を掴む。
「…リューダ…ほら、…上の棚に…ロイが…菓子パンを隠してるわ…お父さんにはないしょよ…お兄ちゃん………今度の猟には…一緒に行く約束よ………インクを盗ってゴメン…ね…おか…さん…おかあさん………手をなしちゃ…やだよ………」
既に光を失ったリースの瞳には真上に広がる星々は映っていない、代わりにうわ言のように記憶を遡り在りし日の記憶を観えているいるようだ。
記憶の奥に眠っていた家族の記憶、今リースはゆっくりと家族の思い出を走馬灯のように観ているのだろう。
「おい、俺の声は聞こえてるか? 一応聞いておく。楽になりたいなら今すぐ楽にするぞ」
それはヴィノにとって最大限の慈悲だった。このまま家族との思い出と一緒に死ぬのも良し、だが、少しでも自我が残っているなら最後ぐらいは自分で決めさせて上げたいと。
「どうする? 俺の声がわかるなら。どうするかお前が決めろ」
ヴィノの声に反応するかのように、リースの瞳に僅かに光が宿る。腰のスピアダガーに手を置いて、いつでも大丈夫なように準備はできている。あとはその返事だけだ。ヴィノの心に確信にも似た承諾が生まれていた。
人は最後は楽になる方を選ぶ、今までもそうだった。コレからもそうであるよに違いない。
だがリースの答えは―
「…ぁ…楽になりたくない………わたしは………生きたい…生きたいのよ…死にたく…ない…」
懇願するかのように、諦めきれない証のように、一筋の涙がリースの眼から零れた。
リースの言葉から発せられる生に対する執着心。確かに彼女は生きる事を望んでいる。
最後まで諦めず生きよいうとするリースの姿が、ヴィノの苦い記憶と重なった。ヴィノの肩に顔を埋めて込み上げる嗚咽を必死に抑えながら、懇願する少女との記憶が蘇ってくる。
―ヴィノ…殺して…ぅぅ…お願いだから…アイツらを殺してよ…お願いだから…ぅぅ…お願いします…お願いします…―
―約束したのに…なんで…なんで守ってくれなかったの…なんでよ…―
憎たらしい程にヴィノの腕を握りしめ続けるあの小さな手の感覚。
あれから他人と深く関わる事を拒否してしきたヴィノの心は迷っていた。グロリア・カンニバル・ロードの記憶が駆け巡り、自然と握りしめる手に力が入る。過去は過去と受け入れたはずだ。過去を変える事は何人にも出来ない。故に謝罪も償いも意味はない。
だが、それでも生きたいと望む者を見捨てた過去と、今同じように生を望む者を前にして。
「なんて女だ…」
リースの渇望の声にヴィノは握っていたスピアダガーを離すと腰袋のからあるモノを取り出した。
小指の先程の大きさで仄かに蒼白く光る鉱石のような塊、それはあの村の枯井戸で見つけた『霊草マカザリ・アガヤ』の種だ。
神代の時代にダークエルフの賢者が作ったと言われる霊草の一種で、苗自体が一瞬でも陽の光を浴びると石化して砕けてしまう。
その栽培は長い事不明だったが、錬金術士達の長い年月の末に栽培方法が確率した事で一躍有名となった。
特に注目されたのはその効能だ。どんな致命傷の傷も、瀕死の異常状態でも、解呪不能の呪いでも完全に治癒してしまう事だ。人知を超えた特異点。それゆえに万病の神薬とも言われた時代もあった。
ただし、少しでも製造方法を間違えると恐ろしい結果を招くことになり、大陸各国と教会が直ぐに禁止薬草として認定し、栽培流通と所持使用を禁止した。犯した場合は即斬首という厳しい法までもが布かれた。
しかし、その効能故に密売は後を絶たなかった。あの村も密売製造所の1つであった。闇市ではマカザリ・アガヤの種は宝石と同じ価値をもち、ヴィノが持ってる種の大きさ1つで都市の中心街に屋敷が建つ程の価値を持っている。
「それなら、最後まで足掻いてみせろよ」
ヴィノはマカザリ・アガヤの種を1つ口に含むと、そのままリースと唇を重ねた。種の外果皮を奥歯で砕くと、中の白い内果皮を舌でリースに移す。少しでも空気に触れると効果を無くしてしまうため確実に飲み込むまで口を離してはいけない。
「うぅぐ」
リースの喉が上下に動き、無事に飲み込んだ。それを確認したヴィノは急いで腹部に刺さった甲冑蜂蜘蛛の針を引き抜いた。
抜くと同時に傷口がその場で塞がり始める。傷口の外から組織が再生されてくるかのように新しい肉と皮膚が重なりあいながら穴がみるみる内に小さく、やがて完全に塞がった。
血の気の失っていた顔から生気が戻り、呼吸も落ち着き始めてきた。危機は脱したと思われたその時。
「さっ、寒い…寒いわ…」
リースは悪寒を訴えるとブルブルと震え出した。マカザリ・アガヤの副作用の1つ急性低体温症を起こした。マカザリ・アガヤは使用した場合二分の一の確率で副作用が起こる。主に急性期症状と慢性期症状の2つだが、どれか1つでも発症するれば他の副作用症状は発生しない。
慢性期症状は服薬後10日~1か月以内に五感障害が起こる。味覚・嗅覚・触覚・視覚・聴覚その全てが著しく低下する事だ。幸い3日~7日程ので完治すると言われている。
だが問題は急性期症状の方だ。急性期症状に『寒性痙攣』という症状がある。体温が急激に低下して真夏でも雪山で裸になっているかのように体温が低下する症状だ。
直ぐに外部から熱を与えなければ命に係わってくる。発症後6時間で低体温はピークを迎える為、その間体温維持に務めなくてならない。
焚き火に薪をくべて、あの3人の荷物から毛布を引っ張り出して掛けておく。トライポットに吊るしたクッカーのお湯で薬膳茶を淹れると、リースの上体を起こしゆっくりと飲ませてみる。
火傷しそうな熱いお茶をゴクゴクと一気に飲み込んだが、それは気休めにしかならなかった。それ程身体が熱を欲しているいう事だ。
「寒い…まだ寒いわ…」
身体を支えてるヴィノの腕からでもリースの冷えを感じ取る事ができる。お茶はもう無くなってしまい、予備の水も残りわずかだ。体温を維持させる選択肢が段々少なくなってきている。
残る手段はー
「おい、不本意かもしれないが…間違っても殴るなよ」
ヴィノはリースの上着と肌着を脱がし始めた。リースの白い肌が晒されると彼女は恥ずかしそうに胸部と局部を手で隠す。これからの行為に頭では理解できても、羞恥心で顔が真っ赤になる。
「ちょっ…ちょっとでも変な気起こしたら殺すからね」
「怪我人に手を出す気はない。それにこんな状況で変な気は起こさねぇよ」
安心させる為ではなく、ただ本心を伝えるとリースの介抱中無防備になる為、野営地周辺にあらかじめ魔獣避けの薬を先に撒く事にした。
「ちょっ、そっ…そこは隠せ!! ブラブラさせんなぁ!!」
ヴィノが服を脱ぎ終わった時、運悪く丁度リースの視線の先がヴィノの股間の位置と重なってしまった。慌ててリースの方が視線を逸らすが、ヴィノは頭の上に疑問符を浮かべ首を傾げている。
「なんかお前、変に元気あるな?」
「………おっお願いだから…下着は履くか、せめて布一枚は着けてよ」
しおらしく涙を滲ませるリースの姿にヴィノはため息を溢した。
「わかった。わかった。布一枚間に入れておく。これでいいだろう」
毛布に入ると二人は薄い布切れ一枚間に挟んで身体を密着させる。背中越しに伝わってくるヴィノの体温が、リースの冷たい皮膚を徐々に温くさせ始めた。
薄り布切れ越しにヴィノの鼓動を背中に感じながら、リースは恥ずかしさで飛び出したい感情を必死に抑え込む。
「絶対に何もしないでよ」
「ああ」
「変な事もしないでよ」
「ああ」
「私にいかがわしい事したら、魔術師ギルドが黙ってないからね」
「ああ」
「匂いも嗅いじゃダメだからね」
「それは無理だ」
「ふ、触れるのもダメだから」
「…それも無理だ。それと、さり気なく逃げるな」
少しずつ身体を離してくるリースの後から、ヴィノの腕が伸び身体を引き戻すとギュっと抱きしめた。
「ひぃっ…」
「リース」
「な、な、なに…かしら?」
「静かに寝ろ」
「こんな状況で寝れるわけないでしょう、ていうか何でアンタはそう平気でいられんのよ。頭馬鹿なんじゃないのかな…だっだいたい男女二人がはっ、裸で同じ…同じ…同じ…お、な…じ………」
言葉よりも思考が先に想像してしまった為、赤面したまま口をパクパクさせながら次の言葉を紡ぐ事が出来なくなってしまった。
「リース」
「はひぃ!?」
変に声が裏返る。
「…五月蠅いから落す」
返事を待たず、ヴィノの腕がリースの首に巻きつき一気に締め上げる。首からの血流が滞り脳が酸欠で失神するのに約20秒程掛かる。その間リースが手を叩き暴れるのを残った腕と両足で押さえつけ無事に絞め落とす事が出来た。
けが人に対して少々手荒な行為だとは思ったが、このまま朝までリースの雑談に付き合う気は毛頭なかった。
白目を剥いて失神したリースを確認すると、ヴィノも瞼を閉じ浅い眠りに入った。
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