第13話 ヴィノの取捨選択
その魔物は普段は森の奥深くに生息していた。人一番臆病で姿を晒さない性格だったため目撃情報は少なかった。
しかし運悪く遭遇して生還できた人間は皆口々に『森の悪魔』と呼んだ。その容姿から何時しか『絡め取る悪魔』と呼ばれるようになった。
それがこの
そして8本の身体の4倍程長い脚が器用に獲物を掴み取る構造をしている。
質の悪い事にこの
おそらくリースは下手に動いて地面に潜んでいた
8本脚でリースの身体を器用に拘束しながら糸を巻きつけ繭にしている光景を、小高い丘の上で眺めているヴィノはジッと観察していた。
そして腰の付けた革ポーチからスクロールを取り出すと留紐を解いて投げつけた。甲冑蜂蜘蛛の手前にスクロールが落ちると同時に魔法陣の中から勢いよく煙が噴出しだした。
突然の事に慌てた甲冑蜂蜘蛛だったが、すぐに周りを警戒し襲撃者を探し出す。
しかし、この時既に煙に紛れたヴィノが
なぜ上手くいったのか、それは最初にリースが放ったあの閃光だった。おそらく咄嗟にリースが使った時、甲冑蜂蜘蛛の視覚を潰していたのだ。そのお陰でヴィノがすぐ近くの丘にいたのにも関わらす、8個の眼球全てが彼を捕らえる事が出来ずにしたのだ。
その事に気が付いたヴィノは弾幕を張り嗅覚を鈍らせると、その隙にリースを救助することに成功した。
(上手くいったが、あとはどれだけアイツを騙せるかだな)
犬の20倍の聴覚を持ち、筈かな空気の振動を脚に生えている産毛がセンサーの様に感知して獲物の場所を見つけ出す。
視覚と嗅覚を潰された
迂闊に動けば自分の居場所を晒す頃になる。ヴィノは甲冑蜂蜘蛛から約20歩程離れた場所にいた。息を殺しジッとその時を待っていた。
やがて、脚の一本がヴィノの呼吸の振動を捕らえると、素早く顔を向ける。
その瞬間、ヴィノはリースを抱きかかえたまま脱兎の如き俊足で逃走を開始した。
人一人抱えたままの走行は
―!?―
だが、追跡を始めた
聴覚と触覚だけではヴィノの動きを捕らえる事が出来ても、生い茂る森の木々がまるで佇み網の如き枝葉を張り巡らされ天然の障害物に変わる。いつもなら気にとめない環境が
逆にヴィノにとっては、足場は悪く半繭状態のリースを抱きかかえながらの脱出は、分が悪いように思える。しかし視覚と嗅覚を潰された甲冑蜂蜘蛛に対して地の利を生かし障害物を駆使して上手く自分を優位に運んでいた。
「どうだ、だんだん頭に血が昇ってきただろう。まだ諦めるなよ。もう少し付き合ってもらうぜ」
「Bubuoooooooouaahaoooohazaza!!!!」
しびれを切らした
「まだだ。まだ我慢しな。おっと―」
すぐ顔の脇を脚爪が掠める。少しずつではあるが甲冑蜂蜘蛛の視力と嗅覚を回復してきていた。八つの瞳にはうっするらとぼやけるようなヴィノの輪郭が映り始めているが、今はまだヴィノの回避行動が上をいっているため捕まる事はない。
だが、確実に
ヴィノの腕に抱かれるリースは繭の切れ目から顔半分を出しているが、未だ毒が抜け切れていないようだ。半目で焦点が合わず口元からは涎を垂らしている。
甲冑蜂蜘蛛の麻痺毒はそれ程強くないはずなのに、リースの顔からは血の気が引き何かのショック状態に陥っていることが見てわかる。
「おい、生きてのか死んでるのかどっちなんだ?」
ヴィノの問いかけに息を荒くする事でなんとか返事を返すリース。その様子で何とか意識がある事は確認できた。
「それならもう少し辛抱しろ。重りを抱いて走るのもキツくなってきた。それに鬼ごっこもあきてきたら、少しペースを上げるから揺れて舌噛んでも殴るなよ」
ヴィノが急旋回して背後から伸びた脚を間一髪で交わした。
「まだだ。そう簡単に餌にあり付けると思うなよ」
「Bubuoooooooouaahaoooohazaza!!!!」
再び唸り声を上げると
「Bubuoooooooouaahaoooohazaza!!!!」
悔しそうにバタバタと藻掻く脚が空を掻く。
「ご愁傷様だな」
この隙に甲冑蜂蜘蛛との間を空け、目的の場所を目指して走り続ける。やがて視界の先に目的物を見つけると、背後から殺気を飛ばし迫ってくる
今度は多少のダメージは厭わないと言った感じで捨て身で突進してくる甲冑蜂蜘蛛の行動にタイミングを併せるようにカウントダウンを開始する。
5………4………3………2………1………0
「うおぉ、何だぁ!?」
突然、自分達の目の前に現れたヴィノに、エドを始めフォレストウルフ達が停まった。
エドを追い抜いた所で振り返り、リースを抱いた状態でヴィノはエドの顔に視線を送る。
「後は任せた。じゃあな」
そして再び走り出す。
「えっ、おっおい。ちょっと待て? 何でお前がここにいるんだ。じゃなくて、おいちょっと待て手伝え!! 戻って来い!!」
エドが引き留めようとした瞬間、フォレストウルフ達が一斉にその場を離れた事に気が付いた。
だが、その気づきの遅れがエドとカーズにとって命取りとなった。
「Bubuoooooooouaahaoooohazaza!!!!」
「うおぉ…」
「ガァっ…」
背後から強い力で押し倒されたエドとカーズは最初何が起こったのか理解できなった。だが背中に乗っている黒い存在を確認した瞬間思わず悲鳴を上げた。
「うはああああぁぁぁぁ
「ヤメロォ!! 離せぇ!! 離せぇ!! 誰か助けてくれ!! ヴィノ!! ヴィノォォォォ!!」
「Bubuoooooooouaahaoooohazaza!!!!」
やっと捕まえた獲物を逃がすまいと、8本の脚全てを使って2人を拘束すると、順番に麻痺針を打ちこんでいく。
「がああぁあ。ヤメロ!! ヴィノ!! ヴィノ!!」
何度も背中と腰に太い針を打ち込まれたエドとカーズの背中と腰には、10円玉程の針穴が無数に空けられた。
全身に毒が周り始め身体の自由が利かなくなり、次第に意識までもが鈍くなっていく。カーズはもう既に意識を無くし虫の息になっている。まだエドは必死に逃げようと藻掻くが毒が回った身体を動かせずにいた。さらに
やがて完全に動かなくなった事を確信すると、運動の後には腹が減った
強靭な顎でエドの頭蓋骨を砕き始めると、血臭と辺りに鈍い砕骨音が響き渡る。
「ちっ………くしょ………う………」
自分の頭蓋骨が砕かれる音を聞きながら、エドはヴィノが去っていっていた方向を恨めしそうに見つめていた。
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