第12話 ワイドアングルヴィジョンとベースライン
僅かな月明かりの下、ヴィノは独特な歩法で木々の間を流れるような進んで行く。
どんなに気を付けていても、生き物が移動すれば森に波紋が生まれる。
ヴィノは昔先生達から森の中で活動する時の『ワイドアングルヴィジョン』と『ベースライン』について教えてもらった。人の存在は自然界の中では異物であって、本人がどんなに存在を隠そうとしても野生動物には全部見抜かれてしまう。
―ヴィノ。俺達ハ森デハ『イレギュラー』ナ存在ダ。ダカラ森ノ中ニ居ル時ハ常ニ『ワイドアングルヴィジョン』ヲ乱スナ、ソシテ『ベースライン』ヲ保テ―
そこでヴィノは最初に『ワイドアングルヴィジョン』について教わった。まだヴィノが先生達と生活を始めた頃、彼らに手を引かれ森に連れて来られた。
それ程深くはなく陽の光が注がれる森の中で一人にされると、その場で腰を降ろし事前に教わった通りに呼吸を整え眼を閉じ意識を内側に向けていく。そして静かな湖畔に映る綺麗な月を想像し、その綺麗な湖畔の月を細部まで想像できたら、今度は意識を自分の五感へと映す。
肌に当たる風や鼻に香匂い、
身体の内外の感覚が繋がった瞬間、そこに湖畔を乱す存在が現れた。それは一匹の鷹だ。鷹が視界に現れた事で湖畔に映る月に波紋が生まれた。すぐにそれはヴィノの周りでも起き出した。鷹が空で旋回しだすと異変に気づいた小鳥たちが逃げ出し、枝葉の揺れが乱れだした。 今まであった均衡が乱れヴィノの内心も不快な程乱れだす。
後に先生はこれを『ベースライン』が乱れると説明した。
常に『ワイドアングルヴィジョン』を使っている野生生物達にとって『ベースライン』を乱す事がいかにリスクが高い事なのかを教わったヴィノは普段からこの2つを意識していた。
だから例え夜の森の中であっても、ベースラインの乱れを見つだすのは他人が思っている以上に簡単だった。だから人の罵声と捕食者の唸り声が森中に轟かせていてば、それは見つけてくれと言っていると同じだ。
少し小高い丘で身を低くしてその状況をヴィノは眺めていた。カーズとエドの二人がフォレストウルフの群れに襲われている。
カーズの顔に血の気は無く、必死に抵抗しているが剣筋が雑になっている。あれではただ振り回しているに近い。すぐにバテて終わりだ。隣のエドはフルプレートアーマーのお陰でフォレストウルフの牙と爪から何とか耐えて奮闘している状況だ。
二人とも懸命に抗っているが分が悪かった。ここはフォレストウルフの狩場でウルフ達の連携は高い、この4匹は優秀といってもいいだろう。一匹が注意を引いてもう一匹が死角から足を優先的に攻撃して機動力を奪う。
運よく交わせても隣のカーズを庇いなながらでは、いずれ集中力を削られ注意力が低下する。そうすれば後は畳みかけられて終わる。
群れでの長所は各自がリスクを分散でき、時間を掛けて狩りが出来る事。この群自体が戦術に長けた一匹の獣のようでもある。
「頑張っているが、そう長くは持たないな。助けるだけ無駄か…」
関心を見せつつヴィノの心は冷めていた。これ以上ここにいても時間の無駄と考え始めた。
状況を打開する方法は1つ、足手まといのカーズを囮にしてエドが逃げればいいだけだ。
だが、エドにその選択肢はない。ならば結果は
「義憤に駆られて仲間と心中か、くだらない。自分の命が優先だろう、世の中は
どのみち俺を殺そうとした奴らを助ける義理など無い。と思うと、ヴィノはその場を離れようとした瞬間。
カーズとエドがいる更にその先で、眩い閃光が一瞬だけ見えた。誰かが魔法を使ったに違いない。この状況で考えられるのはリースしかいない。
ヴィノは閃光が走った方へ直走した。閃光は一瞬だったが、距離はだいたい700~800歩程だろう。歩数を数えながら身体を木々の側面に移し警戒しながら目的地を目指した。人生の半分以上を森で生活してきた事で、足場の悪い夜の森を走るのに何の問題はなかった。
やがて、向かい風に乗ってリースの匂いが漂ってきた。ここでようやく予想は確信に変わったが同時に別の匂いも漂ってきた。鼻の奥が粘るような軽い刺激臭が漂ってくる。
目的地手間まで来た所でヴィノは足を止めた。視界に映ったその光景を見た瞬間、軽く舌打ちを鳴らした。
「
そこには今まさに
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