第11話 フォレストウルフ
それは一瞬の隙だった。形勢不利な状況化のリースに訪れた幸運だった。吸い込んだトレントの干根の煙の量が少々だった事と、マッシュの行為が思いのほか時間が掛かった事の2つが運よく重なったのだ。
マッシュの行為が終わった後、体内のトレントの毒素が抜け身体を何とか動かせる事に気づいたリースは、ジッと反撃と離脱の隙を伺っていた。満足した顔のマッシュがズボンを上げ離れて行くと、後に待っていたカーズがリースの足を掴んで広げた。
「何だよ下履いてねぇのかよ。お前意外と痴女なんだな。ほら、痴女は痴女らしく股を開けよ」
笑みを浮かべながらリースの秘部をまさぐり始めると、下着を履いていない事を揶揄しだした。マーダーベアーの件で下着を汚して替えの下着を切らせてしまっただけだと、思わずカーズを睨みつけそうになるのを必死に堪えた。
「お前…
リースの白い太ももにかぶり着くと、舌で舐めながら顔を上げてくる。内股から鼠径部、脇腹へと気持ち悪いその舌の感触に鳥肌が立つ。今しかないと思いリースは気づかれないように近場の石を手に掴んだ。
そしてカーズが乳房の脇を甘噛みした所で隠し持っていた石で思いっきり頭部に打撃を加えた。
「ぐぅっあ!!」
さらに間髪入れずカーズの膨らんだ股間目掛けて蹴りを打ちこむと、後は一目散に奥の森へと逃げ込んだ。
近くで見張っていたエドは気づいた時には既にリースは闇の森へと姿を消していた。
「おい、カーズ!! 何やってんだ。逃げちまったじゃねぇかよ。早く追うぞ!!」
「くぞ…あのアマぁ!! ざけやがって!!」
股間を抑え痛みで悶絶していたが、すぐに怒りに血を昇らせ意識を保つ。そしてランタンをもってリースの後を追い始めた。
その怒声を上げる二人の姿を森の奥から8つの瞳が眺めているのを気づいていなった。
雄牛程の大きさの体躯に黒い毛並で現れたのは『闇の狩人』と言われるフォレストウルフだった。
先程まで3人がいた場所で4匹はその鼻でクンクンと嗅ぎ彼らの臭いを記憶する。カーズ達は夜の森を甘く見過ぎていた。ここには人間の捕食者が多数生息している森なのだ。
リースの事で頭が一杯な彼らに対して、自分たちの餌場に張り込んだ馬鹿な獲物達に、フォレストウルフの群れが一斉に駆けだした。
マヌケな事に獲物の1つはフルプレートを乱暴に扱っていて、森中に金属音を響かせていた。これで探せない奴は余程の死にぞこないか、狩りもしらない子供くらいだ。
狙いを定めたウルフ達は、
◇◇◇◇
その場から逃げる事に意識を集中しながら無我夢中に足を動かし続けていた。もうすでに自分がどこにいるのかさえわからず、夜の森の中を颯爽と走り続けていた。
呼吸が荒く乱れ肺が痛もうと、背後から聞こえていた追っ手の気配が無くなってもリースは止まる事なく森の奥へ奥へと走り続け、徐々に生い茂る木々が足取りを鈍らせようとしてきても走り続けた。
まるで茨の茂みに入るように、破れたローブの端に木の枝が絡みつき少しずつ衣服を刻まれていき、遂にはリースの肌を浅い切り傷を幾重にも付けていった。
「あっ!?」
木の根に足を取られ派手に前屈姿勢で転ぶと、ようやくリースは停まった。
仰向けで息を切らせ自分の呼吸の数よりも速い鼓動が胸を打つ、徐々に呼吸を整えだすとリースはようやく今生きている事に安堵し涙を溢した。と、当時に惨めと悔しさが合わさりガクガクと恐怖に震えた。
「うっ…うぐっ、ひっぐ…」
その場で
口腔内に残る悪臭漂う残留物を吐き出すと、震える指を喉奥に入れた。刺激と同時に先程受けたマッシュの行為がフラッシュバックのように蘇る。
何とかそれに耐えながら激しく咳き込むと喉を込み上げてきた内容物と一緒に汚汁を吐き出した。
全部吐いた所で幾分気持ちが楽になると、今度は周りに意識が向き始める。
「ここ………一体どこなの?」
周りを見ても黒一色の世界が広がり、前に手をかざしても何も見えない状態だった。これは非常に不味い状況に置かれていると認識した。
魔法を使おうにも杖は野営地に置いてきてしまった。杖が無くても魔法は発動できるが効率が悪く威力も小さい。だから魔術師は杖を触媒に使って魔法効率を補っている。
杖が無くては使える魔法は限られてくる。まず優先順位を決めてから、この暗闇の中どうするかを考える。
「明かり系の魔法は無理ね、効率が悪いし直ぐに魔力枯渇になるわ。といっても『索敵』や『気配察知』なんて持ってないし…」
考えた末に、リースは低級魔眼を使う事にした。これなら身体の負担は小さいし魔力量を自分で調整できるが、長時間の使用は脳に影響を及ぼす為時間的制限がある。
「長くは使えないわね」
緊急時なら仕方がないと使用を決めた。
右目だけに魔力を流すと、今まで黒一色だった世界に白い輪郭線が浮き出て、若干ではるが周囲の魔素の色が着色されていく。
地面も起伏の凹凸までハッキリと見えるわけではないが、歩く程度には何とか問題無い程度まで視界を確保する事ができた。
「心もとないけど、見えないよりはマシね」
軽い頭痛を感じ始めると、リースは破れたローブの切り口を両手で併せて歩み始めた。せめて小川か街道に運よくでれたらいいが、それが無理なら陽が昇るまで安全な場所を見つけられたらと探し始めた。
◇◇◇◇
「クソ!! 見失ったぞ。あのクソアマどこいった!!」
「落ち着けカーズ。こんな真っ暗な森の中そんな遠くになんか行けねぇよ。きっと何処か身を隠せる場所を見つけて隠れてるに違いない。落ち着いてゆっくり探せば見つけられる」
「クソ、俺のムスコが疼きやがる。あのアマ、見つけたら夜通し犯して続けてやるぜ」
いつもの平穏な顔など微塵もないくらいにしかめっ面のカーズとは対照的に、エドは持っている戦斧の先で慎重に露払いをしながら進んでいる。
「あったぞ」
ほどなくしてエドは枝に付いたローブの切れ端を見つけた。それに続けて不自然に折れた枝や、木の根を擦った後も見つかり、リースの痕跡を辿り易くなった。
確実にリースの後を追っていると確信を得た所で、カーズはランタンを腰に吊るすと、ショートソードを抜いた。
「エド、俺が先に行く。まってろ愛しのバージンちゃん、今後はしっかりと可愛がってやるからな。裸じゃ寒いだろう、すぐに俺のぬくもりで温めてあげるからね」
不敵な笑みを浮かべ小言を述べるていると、背後で何かの気配を感じた。振り返るとエドも何かを感じた様で、戦斧をギュッと握り構えていた。
「カーズ。どうやら俺達は深く入り込みすぎたみたいだぜ。一旦戻った方がいい気がするぜ」
エドの提案にカーズは苦虫を噛み締めたみたいに顔をしかめる。
「クソっ!! あと少しだっていうのにあのクソアマがぁ!! 仕方ねぇ、野営地まで戻るぞ今事はマッシュの奴が上手くアイツを仕留めるだろうから、朝になったら追跡を開っ―」
強い衝撃音が背中を叩いて、マッシュは前方によろめいた。酷い獣臭が鼻に漂い振り向きざまに反射的にショートソードでふり払った。
ランタンの明かりに照らせて、背後にいたエドがやや薄く見えた。心もとない光源の先は漆黒の闇が漂い、カーズは背筋に嫌な汗を滲み出した。
幾つもの視線を感じていると張り詰めた空気が漂い始め、僅かな物音に武器を乱暴に振り回した。
「落ち着けカーズ。下手に振り回すな俺に当たるだろう。二人で固まって動けば問題ない。ゆっくり戻るぞ」
気休めにも成らない言葉を掛けられてもカーズの緊張は解けなかった。むしろ変に意識が集中してしまし。僅かな風で揺れる枝葉の音にさえ過度に反応してしまっている。
一歩ずつ歩みながらショートソードで先を掃いながら振り回している。刃先虚しく空を切りるだけで手応えは皆無だ。舌打ちを鳴らした時、直ぐ横から飛び出してきたフォレストウルフの大口がカーズの動かしていた右腕を噛みちぎり、再び向こうの闇へと消えていった。
鈍痛を感じて腕を確認したカーズは驚愕した。肘から下が無くなり綺麗な弧を描くような出血をしていた。
「えっ? あっ…ぁ」
自分の腕が無くなったと認識した瞬間、痺れるような痛みは激痛へと変わり悲鳴は絶叫へと変わった。
「ひっいいいがぁ!!!! あああ゛あ゛あ゛ぁあ゛ぁぁぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ああああっっアアァァぁあああアっア゛あ゛アアアアァァァァ!!!!!!」
「しっかりしろカーズぅ!! 血だぁ!! 血を早く止めるんだぁ!! 早く止血しろォ!!」
「チキショウォオオ!! 腕がぁ!! 俺の腕がぁぁああ!!」
蹲るカーズの傍で、鈍く何かを砕く咀嚼音が響いてきた。自分の腕がすぐ隣で食われているなんて想像したくない。
食事に夢中になっているその隙に、止血を済ませ血の気が引いたカーズをエドが何とか担ぎ上げる。
「戻るぞ。腕は諦めろ。今は助かる事だけっ…クソ…」
二人の征く手を遮るように、闇の中からフォレストウルフ達が現れた。手負いの獲物とそれを庇う獲物。2匹よりも1匹なら確実に狩る事が出来ると判断したウルフ達が姿を晒してきた。
数は前に2匹、後に2匹。さらに見えないがまだ闇の中に何匹かはいる。エドはヘルムの奥で口元を引き攣らせた。
戦斧を握り直すと、覚悟を決めた。
「掛かって来いよ。簡単にご馳走にありつけると思うなよ。駄犬どもがぁ!!」
ウルフ達に人語は理解できないが、エドの気迫で何かを感じたったようだ。唸りを轟かせジワジワと距離を詰め始める。
ゆっくりと互いの間合いを詰めた所で、エドの戦斧が動きウルフ達が一斉に展開した。
前方のフォレストウルフの口元が戦斧で薙ぎ掃われると、背後の一匹がエドの脛に噛み付いた。
フルプレートの鎧で食い千切られずにいるが、隣のカーズはそうではない。カーズもショートソードを振って何とか応戦しているが、視覚から現れたウルフに押し倒された。
「小癪な犬どもがぁ!!」
ウルフが脛に噛みついたままエドは怒声を上げて、カーズに乗ったウルフを蹴り上げられると、衝撃で2匹とも吹き飛ばされた。
まさに重装盾の本領発揮といった感じだったが、エドはこの時噛まれていた足のが折れている事に気づいた。
これでは走る事もままならない。エドは大きく深呼吸すると覚悟を決めた。
「来いよ犬っコロぉ!! 勝負と行こうじゃねぇか!!」
視線を飛ばす先の闇の中から3体のフォレストウルフが姿を表した。最初の1匹は戦斧で倒されたが、残りの3体を相手にエドの勝算は厳しかった。
ウルフ達も馬鹿ではない、あの戦斧が厄介な事は十分認識している。欲しいのは蹲るって弱っている獲物だけ取れればいい。
そばにいる仲間を疲れさせ隙を作って捕ればいい。それなら残りの2匹であのデカブツを時間を掛けて弱らせればいい判断した。
夜明けまで時間はたっぷりあり、時間が掛かれば掛かる程フォレストウルフが優位になっていく。
そう、フォレストウルフ達の狩りはまだ始まったばかりなのだ。
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