第10話 魅入られし者

 焚き火を囲んで夕食を食べてる間、リースの気分は沈んでいた。ヴィノは見張りに出ていていないが、カーズ達は楽しく雑談をしながら夕飯を食べている。


「どうしたんだリース? さっきから全然食べてないじゃないか」


「ええ、大丈夫よ。心配しないで、少し食欲がないだけよ」


 心配したカーズが話しかけてくるが、リースはまともに取り合おうとはしなかった。


 このまま自分の胸の中で閉まってしまおうかとも考えはしたが、事が事だけに見過ごすわけにはいかず。かと言って一人で抱え込むにしては重すぎた。


 せめて相談できる相手を見つけようと、思いつくのは例のトラブルメーカーのヴィノしか思いつかない。


 カーズ達はヴィノの事をパーティー内にいる嫌な奴の位置付けにしている。例の事を相談して何か力になってもらえたらと考えるが、果たして彼が素直に協力してくれるとは考えにくい。

 

 話だけ聞いて『俺には関係ない。そっちで好きにすればいい』と相手にされない可能性が高かった。


 結局良案が浮かばぬまま夕食を終えてしまった。最後のヴィノが食べ終わり片づけを済ますと、各々が寝床に着いた。ヴィノは野営地から少し離れた場所で休息に入った。今夜の見張りの順番はリース、ヴィノ、マッシュ、エド、カーズで決まりリースは一人焚き火の前で見張りに就いた。


「リース、ちょっといいか」


 突然後から声を掛けられてリースは驚き振り向いた。そこにはカーズが立っていた。警戒するリースをよそに、カーズは持ってきた薪を焚き火にくべると、リースの向かいに腰を降ろした。


 焚き火を間に挟み対峙する二人。カーズは少しバツの悪そうな顔をして視線を泳がせている。

 それだけでリースは彼が何を聞きたいか予想がついていた。話さないならそれで構わないが、ここは敢えて話しやすいように会話を振る事にした。


「どうかしたのカーズ」


「ああ、さっき寝る前に荷物を確認したら、ちょっと大事なモノが見当たらないだ」


「そう、それは大変ね。何が見当たらないのかしら?」


「とても大事なモノなんだ。それに留紐が切れていてね、俺がここで荷物を降ろした時はそんな事にはなってなかったんだ。なあリース。俺の荷物をテントに運んだ時、何かしなかったか?」


 リースの鼓動が速くなり、緊張で腹と背中に嫌な汗が滲み出始めても顔色だけは平然と創り持たせていていた。

 ここで変に言い訳をするのは得策ではないと判断しすると、リースは落ち着いた口調語り始めた。


「そうね。荷物をテントに入れた時偶然にも留紐が切れてしまったのよ。テント内に荷物が散乱してしまったけど、安心してちゃんと元の背嚢に戻しといたから…コレ以外はね」


 ロープの裏ポケットから白い麻袋を取り出して見せた。その瞬間カーズの目の色が変わった。

 ジッとその袋を凝視して視線を逸らそうとしない。


「それが何かわかっているのか? リース」


「逆に聞くけど、貴方はコレの恐ろしさがどれ程なのか知ってるのかしら? コレを持ってベルドの町に入ったら私たち全員即斬首よ。わかってるの」


 リースの警告にカーズは何処か他人事のように笑って見せた。


「俺達だけならそりゃあ無理な話さ。そんな事は百も承知さ。だけどちゃんと安全なルートがある。何度も成功してるし今までもバレてない。だから安心していいさ。君が持っているその量で一体いくらの金貨になると思う。軽く5千枚はくだらないぞ。俺達冒険者の平均年収が金貨何枚か知ってるだろう。金貨30枚だ。30枚と5千枚だ。これで危険な冒険者を引退できる。君だって魔法研究に没頭できる。なあ、俺達に損がないってあの時言っただろう」


「ちょっと待って…あの時って、まさかあの村で村長と話してたのって…」


「そうさ、あの村も安全ルートのひとつだったのさ。まあ今朝まで俺は知らなかったけどな。なあリース、俺達の仲間になれなんて言わない。だが今回だけは目をつぶってくれ、なあ。それだけで良いんだよ。そうすれば君は千枚近くの金貨が手に入るんだぞ。頼むよリース」

 

 悪魔の囁きのような言葉がリースに向けられた。金の魅力は時として人を惑わし堕落する。カーズは完全に闇に堕ちた。リース自身にも人並程度の欲はある。好きな魔法研究没頭し、真理を追究する日々を夢に持っている。その欲と夢にカーズの言葉は抗う事無く直に届いた。


 理性と欲望の狭間でリースの気持ちは揺れていた。


 そして― 


 しばらく焚き火の火を見つめていたリースは決心した。


「………カーズ、私の答えは出たわ」


 そして手に持っていた例のモノを焚き火の中へ放り込んだ。紅蓮の炎が蒼く燃え上がる。


 金貨5千枚以上する焚き火は直ぐに勢いを無くし、パチパチと爆ぜながら小さな炎に戻った。


 カーズの表情が冷たく沈んだ顔色へと変わっていく。


「残念だよリース。こちら側かと思ったのに、今君は目の前に出された夢と大金を棄てたんだ。まあそれは君の決断だから別に俺がどうこう言うべきことじゃねぇんだけどな」


 指先で頭を搔きながら、口調が段々と荒くなる。理性が感情に負けたカーズがその本性をさらけ出し始めた。


「だがな、落し前は付けてもらうぞ。それは俺達のモノだったんだ。そうだな~まず最初はその身体で払ってもらおうか」


 眼光鋭く強圧的な口調に、身の危険を感じたリースは杖を掴み詠唱を始めようとした。しかし、掴んだはずの杖が何故か手から滑り落ちた。


「えっ…!?」


「そろそろ効いてきたか。さっき俺が焚き火に入れた薪はトレントの干根だ。まだ身体が痺れてるだけだが、もうすぐ呂律が回って詠唱すら出来なくなるぞ」


 トレントの干根は別名『煙酩えんめい』と呼ばれ、野戦治療で使う麻酔薬のひとつだ。トレントの干根の煙を嗅がせ麻痺状態にした後、外科処置を行うがその際術者は抗毒薬を飲んで麻痺状態を防ぐ。


 事前にカーズは抗毒薬を服用していた為麻痺を防いでいたようだが、リースはトレントの干根の煙を知らずに吸い込んでしまった事で、麻痺状態に陥ってしまった。


 慌ててその場を離れようとするリースだが時既に遅かった。足が持たれて横に倒れると、次第に口に違和感を感じ舌の感覚が失われていく。


「さてと、まず最初は俺だ、当然リーダーなんだから。二番手は二人で決めろ」


 カーズがリースの後に視線を送ると、背後からエドとマッシュが現れた。


「交渉決裂か、賭けは俺の勝ちだぞマッシュ。だから次は俺だな」


「ちぇっ、負けちゃったか。でもいいさ。オイラとしたら姐さんを好きに出来るなら安いもんさ」


「あ…う…ア゛ぁぁ………あぅ………ああぅぅァ……」


「どこえ行く気なんだ。オメェーは俺達の相手をすんだよ。ほら、こっちに来るんだよ!!」


 獣のような唸り声を出しならがら、藻掻き始めるリースの髪をエドが掴み上げると、奥の森へと引きずっていく。


「へへっ、姐さん。最後はオイラがたっぷり気持ちよくしてやるからね。安心して下さいよ。まだ理性が残ってたらの話っスけどね」


「おい、カーズ。アイツはどうすんだ。勿論ここで殺るんだろ」


「そうだったな。もう一つの仕事を片付けるとするか。おい、マッシュ。俺達はこれからお楽しみだ。ヴィノはお前が殺れ。ただの盗賊シーフ崩れの雑魚だ。簡単だろう」


「へ~い。まあアイツは気に入らないし。殺るなら殺るっすよ。その代わり最初の口はオイラに譲って下さいよ。一番手を汚すんだから姐さんの口の最初を貰って良いすよね? 直ぐ終わりますからお願いしますよカーズの兄貴」


「チッ、だっら早く済ませてこっちに混ざってこいよ。こんな良い身体お前も早く堪能したいだろう。コッチは待たねぇからな、遅れたら二週目始めてるかなら」


「ひっひりゃりぃのヴィノりぃのヴィノ…らっ…らるれてたすけて


 涙を流し必死に捻り出した声だったが、それは囁くほど小さく言葉にすらなっていなかった。

 必死に藻掻こうとするが、段々と手足に力が入らず虚しく空を舞うだけで、成すすべもなく引きずられていく。


 交易野営地を離れ、森の奥へと連れ込まれると乱暴に地面に降ろされる。マッシュが短剣でリースのローブを首元から縦に裂き、薄い肌着に手を掛け強引に引き裂いた。

 

「ひゅ~、姐さんやっぱデカイ胸っすね」


 露わになったリースの胸を鷲掴み、マッシュは高揚感たっぷりの笑みを見せつつ揉み始めた。


「しかもこんなに柔らかくて揉み応えのある胸なんて、気持ちい良いじゃないすっか。こりゃ最後までが楽しみっスっよ」


「おいマッシュ。遊んでんじゃねえぞ。早く口で済ませて済んだらアイツを殺ってこいよ。俺やカーズを待たすんじゃぇぞ」


「へっへい…すいません。そんじゃとっとと始めましょうか姐さん」


 カチャカチャとズボンのベルトと留め具を外すと、リースの目の前にマッシュの反り返ったモノが出現した。


「ひぅ…ひゃぁ…ひゃめれぇくらさぁひぃ」


 怯えた瞳で懇願するが、それは余計にマッシュを興奮させた。マッシュはリースの髪を乱暴に掴み、自分のモノをリースの口に無理やり押し当てる。

 必死に口を閉じて抵抗するが、抵抗虚しく手で強引にこじ開けられるとノド奥まで一気に挿入させられた。


「うぅ…オエ…ゴォッ…うグゥ…グプッ …ゲッ…ア゛ァっ…ボッゥ…」


 繰り返される挿入と込み上げてくる嘔吐感に息が苦しくなる。口いっぱいに広がる臭く、唾液の混ざった粘着液がさらに嗚咽を酷くしてくる。


 苦しさに耐えかねリースが顔を逸らそうとするも、マッシュの抑え込んでいる手が強く抜け出す事が出来ない。リースが抵抗しているとわかったマッシュは更に挿入を早く乱暴に動かし始めた。


「あははは。姐さんの口の中ってサイコーだぜ!! 狭くて温っかくて気持ちイイすよ。姐さん魔術師なんて辞めてコッチで食っていけるッスよ。ハハハハハっ、本っ当気持ちイイすよ!!」


「うぅ…ゴォッ…ア゛ァっ…ボッゥ…オエ…うグゥ…グプッ …ゲッ…」


 漆黒の森の中でリースの届かない慟哭と不快な粘着音だけが虚しく響き続けていった。


◇◇◇◇


 一人野営地に戻ってきたマッシュは焚き火の傍に誰かがいるのが見えた。近づくとそれはヴィノでマッシュに顔を向けていた。相変わらず黒いマントで身を包み最初は黒い塊にしか見えなかった。


「どこに行っていたんだ」


「そっちこそもう起きたのかよ。まあオイラが起こす手間が省けて良かったけど」


 そう言いながら内心毒づいた。寝込みを襲えば簡単に殺れたはずだと思っていたが、予定変更になってしまった。早くカーズの所に戻って続きを楽しみたいと考えながら、マッシュは焚き火を挟んでヴィノの向かい側に腰を降ろした。


「随分と嬉しそうだな。何かあったのか?」


「はぁ? うるせぇな、お前には関係ねぇだろうが」


「そうだな。ところでリースを知らないか。見張りの番の彼女がいないんだ。何か知ってるか?」


「姐さんに何の用だい。まさか口説くのか、やめとけやめとけ。お前じゃ話になんねぇよ」


 マッシュは平静を装いながら答えた。今リースの事に注意がいってしまうのは不味いと思い、何とか話題を逸らす事に思案を巡らせる。


「お前には関係ないだろう。知ってるのか、知らないのか。どっちなんだ?」


「おい、喧嘩売ってんのかテメーは!! 大金が入ったからって調子乗ってんじゃねぇぞ!!」


 ヴィノはマッシュの虚勢を無視しして焚き火に指差した。


「それとおかしな事があってな。この焚き火の中に何故かトレントの干根が入っていた」


 ヴィノの予想外の言葉にマッシュが一瞬ドキリとした。焚き火にくべたトレントの干根はリースを運ぶ前に自分が全部焚き火から出したはずだ。それが残っている筈がない。


「おい!! フカした事いってんじゃぇぞ。どこにそんな証拠があるっていうんだよ」


「トレントの干根を嗅いだ者ならわかるが、煙に若干独特な甘い香りがある。一度でも嗅いだ事があればわかる。これはトレントの干根だ。それに―」


 さらにヴィノは地面に指を向ける。


「お前とカーズとエド3人の足跡が何か重りモノを引き摺っていった跡が残っている。奥の森へと続いていて、お前がその方向から戻ってきた。これはどういう意味だ」


 ヴィノの追及にマッシュの額に汗が滲み出る。もう駄目だ、今ここで殺すかしかないと決めたマッシュは腰の短剣に手を掛けた瞬間、右目に強烈な激痛が走った。


 マッシュが短剣を抜くより先に、ヴェノは火の付いた薪をマッシュの右目に押し当てたのだ。


「うぎゃあああぁぁぁぁぁぁ!!」


 痛みに昏倒するマッシュの背後に素早く回りこむと、右腕を締め上げ更に力を加えて肩を脱臼させた。


「ア゛ア゛ガガぁぁ!!」


 更に悲鳴を上げるマッシュを気にも止めずに、左腕も同じように締め上げると肩を脱臼させた。


 完全に戦意喪失したマッシュを引き摺ると、大木に外れた両腕をナイフを突き刺してはりつけにした。


 焚き火でスピアダガーの刃が紅蓮の刃に変化すると、ヴィノは始めて笑み見せた。


「さてと、これでゆっくり話ができるな。俺はな俺を殺す相手に一切容赦なんてしない。だが、質問に素直に話す従順な奴は多少手心を加えるつもりだ。叫んだっていいぜ。ここには俺とお前しかしない、誰にも聞こえないし、届くこともない。悪党の叫び声ならなおさらだ」


「やっ、やめてくれ。誤解だ…おっ…オイラは殺そうとなんてしてねぇよ」


 マッシュは自分がヤバイ奴を相手にしてしまった事を後悔した。後悔するには遅すぎた。自分が思っていた以上にこの男はイカれていた。人を殺しすぎて狂った人間の眼で自分を見ている。

 コイツは人じゃない。悪魔に魅入られた男だと。


「質問の前に、俺を殺そうとした落し前だ。とりあえず鳴け」


 ジュュュュっ!! と音をたてながら紅蓮に焼けた刃をマッシュの太ももに突き刺していく。ゆっくと刃先を進めながら、肉の焼ける臭いが鼻を焦がす。

 傷口が直ぐに焼いて塞がってしてしまうため、出血がない代わりに激痛が身体を駆け巡る。


 悲鳴を上げて気が狂いそうになるマッシュの身体が、打ち上げられた魚のように跳ね上がった。


「よし、それじゃ最初の質問だ。リースはどこにいる?」


 その時、遥か後の森のから悲鳴が上がった。明らかな男性の断末魔の様な悲鳴だ。


 その異変を察知したヴィノは全身の感覚を鋭く尖らせ、周囲全域に意識を向ける。


「………どうやら招かねざる相手が来たようだな。ここで待ってろ、直ぐに戻ってくる」


 そう言うとヴィノはフードを被りグローブの紐を締め直すと、身体に装備した武器類を確認し悲鳴が上がった方へ走り出した。


「さて、狩りの時間だ」

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